学内探索
「食堂は南棟の一階だ。購買部も同じ階にある……大浴場は二階。色付きになると個室が与えられてシャワーがつくようになるらしいけど。まぁ、ちょっと面倒だけど仕方ないね」
南棟は寮から少し歩いたところにあった。その通り道にもあの不思議な枝垂れ桜が咲いていた。
「真山はあの花が好きなのかい?」
遠野の言葉で自分が花に見入っていたことに気付いた。
「あれはただの桜じゃない。扶桑だ」
「え? 扶桑って存在するの?」
穏やかだった遠野に寂し気な色が浮かぶ。それから朔也の視線に気づいたように温厚な表情に戻った。
「この学園、元は王宮の一部だったって言われてるんだ。だから色んな物に様々な魔法がかかっている。真山も気を付けた方が良いよ」
南棟は老舗の旅館のような佇まいだった。料亭を思わせるホールからはいい香りが漂ってきている。メニューは豪勢な学食という感じだった。
「俺はA定食にするけど、真山はどれにする? 全部無料だし、おかわりも自由だよ」
「じゃあ、僕も同じやつで」
遠野が発券機でボタンを二回押すと小さなブザーが落ちてきた。
「これが鳴ったらブースに取りに行くんだ。ケンとジョーはどこにいるかな? ああ、窓際にいるな」
遠野と朔也を見つけた天地兄弟が軽く手を振った。食堂内はほどほど混んでおり、ほとんどが私服かジャージ姿だった。四人席を取っていた天地兄弟が二人のためにちょっと座りなおした。
「何にしたんだ? A定食か。今日は唐揚げだったな。初日なんだからもっとガッツリ食べておけばいいのに」
かつ丼をかきこみながらケン――あるいはジョー――はブザーに小さく書かれた文字を目ざとく読んだ。
「まぁ、そのうち、ステーキフェアとか寿司屋の出張とかも来たりするらしいから、期待しておくといい。たまにスイーツフェアもやったりするね。そうすると女子の目が変わるから、その日は大人しくしておく方が賢明だ」
ラーメンをすすっているジョー――あるいはケン――は朔也に忠告した。その時軽やかな電子音がブザーから鳴った。朔也は遠野と共に定食のブースへと向かった。
「はい、A定食二つね。あら、新入りさん?」
五十代くらいのおばさんがトレーを受け取った朔也に目を留めた。
「はい、さっき到着したばかりです」
「そう。これからお役目のために勉強は大変でしょうけど、しっかり食べて頑張ってね」
朔也は軽く頭を下げて、トレーを持ってテーブルに戻った。
「おお、唐揚げ定食うまそうだな。もう一食食べとくか? ジョー」
「ケン、やめておこうぜ。聖銃士辞めた後今井先生みたいにはなりたくないからね。俺たちの就職先が相撲取りしかなくなっちゃうだろう」
「二人とも今井先生を知っているの?」
ああとジョーが頷いた。
「朔也も受けただろう? バイタルチェックの時な。双子がいっぺんに魔法風邪に罹ったのがレアケースだったらしくてやたら興奮してたよ。『魔法症候群の権威』だって自称してたけど、どうなんだろう?」
朔也は野沢から教わったことを双子に教えた。
「へぇ、じゃああの人もう四十年以上研究してて、聖銃士だった頃から医者の資格まで持ってたのか? とんでもないな」
「それに朔也の両親の同期ってことは朔也の親って二人とも聖銃士だったの?」
うんと朔也は恥ずかしそうに小さく頷いた。
「それじゃあ、御子神学園のこととか蛟のこととか知ってたのか?」
「いや、全然。今日初めて知ったばっかりだよ。緘口令が敷かれてたって二人は言ってた」
なんだとケンがつまらなそうに背もたれに身を預けて、椅子後ろの二本の脚でゆらゆら揺れた。
「俺が子供を産んだら間違いなく話しちまうけどな。まぁいいや。先の楽しみにしておこう。明日は朔也の制服と模擬銃の支給だな。講義も恐らく一緒だろうから気張っていこうぜ」
「そうだ。早めに風呂にも入っておかなきゃだな。食べ終わったら案内するよ」
遠野と朔也が食べ終わったのを見て、四人は席を立った。
風呂もホテル並みの豪華さだった。浴場は広く、ジャグジーにサウナも完備されていた。
「極楽、極楽。明日から授業が始まるから今のうちにしっかり疲れをとっておけよ」
浴場に身を沈めて、ケンはそう言った。
「すごい広いお風呂だけど、学生っていったい何人くらいいるの?」
「無職おっと無色は十人くらい、他の色付きは各色十人前後くらいじゃないか」
「じゃあ、百人もいない学生のためにこんな豪華な施設が存在しているのか?」
当然だろとジョーが風呂に入ってきた。
「お国のために隔離されているんだぜ。これくらいの厚遇でなきゃやってられねぇよ。メールや電話も検閲が入るし、何でもかんでもネットで買うくらいしかできないんだから。勿論それもチェックされる」
「そんなに厳しいのか……」
「ヒーローになるっていうのも簡単じゃないってことさ……そんなにがっかりするなよ。後で遊戯室と体育館に連れていってやるからさ。多少の息抜きにはなるぜ。それにしても朔也、痩せすぎじゃね?」
風呂から上がった四人でまず遊戯室へと向かった。
「まぁ、ここでは小さなゲーセンみたいなもんだな。一応そこそこ新しい筐体が入ってる。新台が入ったりすると結構人気でなかなか順番が回ってこない。朔也はゲーム得意か?」
「RPGなら多少はするけど……」
「そうか。今度あのVRゲーム一緒にやろうぜ。シューティングゲームなんだけど、すっげぇ臨場感なんだ」
朔也はその気持ちはありがたかったが、実戦でもゲームでも銃をぶっ放すのはできたら勘弁してもらいたいと考えた。
「まぁ、あとはダーツとカラオケくらいだな。あと体育館スペースではいくつか小さなクラブがあって活動してるよ。バスケとバレーとバドミントンくらいだな」
「俺たちはフットサルやってるぜ。朔也は何か運動してたか?」
「いや、特には」
「そうか……残念な知らせをしなくてはいかん、朔也。俺たちもフットサルクラブの発色した先輩から聞いた話なんだが、歳をとらなくなった俺たちはもう筋トレをしても無駄らしい」
「へ?」
「つまり身体機能は向上しないらしい。いや、練習すれば技術は身に着く。だが、筋力をつけることは無理なんだ」
朔也はひょろひょろの自分の身体を見た。このスペックの身体でこれから蛟と戦わなければならないのか。またしても朔也は絶望的な気分になった。
「いや、落ち込むな、朔也。体力は治癒魔法で回復できる。反射神経も動体視力もなんとかなるって聞いたから」
「それに身体が軽いと飛行訓練の時有利らしいぞ」
双子たちは朔也を取り囲んで急いでフォローを入れ始めた。遠野の言う通り気のいい兄弟のようだ。
「とりあえず、今日のところは休ませてやろうよ。大変だったろうから」
遠野の言葉で朔也はなんとか寮に帰ることができた。双子たちはもう少し遊んでから帰るということで、遠野と二人で自室に戻ってきた。
「明日もいろいろ忙しいと思うから、ゆっくり休めよ。それじゃあ」
遠野はそう言って二人のベッドの間にある間仕切りを閉めた。ささやかな一人のスペースをようやく手に入れた朔也はベッドに身を投げ出した。怒涛の一日だったと朔也は振り返った。ポケットから霊珠を取り出す。透明なそれどんな原理か照明の光をまるでプリズムのような虹色に変えた。霊珠を弄びながら、朔也には自分が魔法使いになったという実感がまるでない。
(こんなガラス玉一つで人生が変わっちゃうんだな……)
そこまで考えたところで、急に眠気が襲ってきた。朔也は目を瞑って祈った。これが夢でありますようにと。
お読みいただきありがとうございます。
次回『双子の天敵』をどうぞよろしくお願いいたします。
※プロローグ改変しました。またふーみん様から頂戴したイラストも掲載しております。