ルームメイト
「いやぁ、真山……なんだっけ?」
ケンはそう言ってジョーを見た。
「朔也だよ」
「そうだ、朔也……名前呼びでいいよな? 俺たちはラッキーだぜ。退屈な授業も受けることもないし、歳もとることもない。食堂の飯は食い放題。年季明けは政府が仕事を手配してくれる。これこそ天職ってやつだぜ」
「それに色がついたらユニットを組んで、蛟を倒せば政府から給金が支給される。マジでツイてるぜ、俺たち」
朔也は楽観的な双子を見て、驚いたように尋ねた。
「蛟との戦いで死ぬことだってあるって聞いたよ。二人は怖くないの?」
二人は首を傾げた。
「普通に生きていたって病気やら事故で死ぬし、突然蛟に殺されることだってあるんだぜ。それに授業の話ではどうやら俺たちの身体は変わっちまったらしい」
「変わった?」
朔也が自分の身体をしげしげ見たが変わったところは見当たらない。
「物は試し。ほら」
カッターを取り出し、ジョーは自分の手のひらに傷をつけた。すーっと赤い線が走り、血が流れていく。少し待ってからその血を手近にあったティッシュで拭くと既に血が止まり、傷も消えていた。
「な?」
「それって何かのパーティーグッズとかじゃなくて?」
朔也が尋ねると、ケンとジョーが顔を見合わせて笑った。
「俺たちは聖銃士になったんだぜ。そんなちゃちなことしないよ。ほら本物だぜ。確かめてみろよ」
ジョーがカッターの刃をしまい、朔也に放って寄越した。朔也はカッターの刃を出し入れし、左の人差し指に切り傷を作った。ちくりとした痛みが走る。血の雫がぷくりと膨らんだのと同時に痛みがすっと引くのを感じた。朔也にケンがティッシュを一枚渡した。そこには傷が無かった。
「これでわかったか? 俺たちはもう聖銃士なんだ……ただあんまり治癒力を過信するなよ。軽い傷くらいしか治せないみたいだからな」
ケンがカッターを朔也から取り上げながら、真剣に言った。
「……なんだかもう既に試したことがあるみたいな言い方だね」
「ご明察。我々二人は既に火傷、打撲、骨折までは試した。その結果骨折までは自力では治せないという結果を得た」
ジョーがため息をついた。
「治癒魔法が得意な白の聖銃士である朝霧の手を煩わせることになったわけだ……しかし、裏を返せば治癒魔法さえ覚えられればかなりの怪我でも生き抜くことができる。だから安心したまえよ、朔也君。我々は既に人間を超えたのだ」
ケンとジョーはこれで朔也が安心したと思ったらしいが、逆効果だった。
(それってもっと危険なことが起こるってことなんじゃないか?)
嫌な予感が朔也の脳裏をよぎる。そんなことには微塵も気づかない双子は陽気に朔也に話しかける。
「まぁ、なんにせよ仲良くやろうぜ、朔也!」
「ただ隣の部屋の長谷部には気を付けろよ。入って半年になるらしいんだが、何かと絡んでくるんだ。全く戦闘訓練が始まるのが待ち遠しいよ。そしたら合法的に一発食らわせてやれるんだがなぁ」
「私闘に聖石銃を使用したら、謹慎だからね。通称懲罰房って言われるベッドしかない部屋に一定期間閉じ込められるんだ。勿論通信機器も聖石銃も取り上げ。噂では聖石銃で誤って人間を殺しちまった場合、監禁される部屋もあるらしいぜ。歳も取らないまま、ただ刑期が明けるのを待つだけの人生なんてあり得ないよな」
ジョーが深いため息をついた。
「危険人物に対して『さっさと霊珠を破壊しろ』なんて声もあるらしいけど、霊珠を壊すと所有者の方にも障害が出るらしい。それがどんなものかは分からないけど、監禁されるよりも辛いことなんだろうな。つまりは霊珠を大切にってことだ……おっと飯の時間だ。食堂に行こうぜ」
バタバタと慌ただしくケンとジョーが部屋を出ていった。嵐のような双子に翻弄されて、朔也は荷物を置く暇もなかった。立ち尽くしている朔也に遠野が声をかける。
「ベッドは窓側を使ったら良いよ。天地が席を取っておいてくれるだろうから急がなくても大丈夫だ。騒がしい奴らだけど、慣れれば楽しいもんだよ。それに色がつく前までにはあまり危険な授業はないから安心して」
遠野が柔らかな口調で朔也に説明した。
「ありがとう、遠野。まだ状況が呑み込めてなくて」
「誰だってそうだ……双子は例外だけど。ゆっくり慣れれば良いよ。それじゃあ食堂に行こうか。とりあえず霊珠だけは常に持ち歩いた方が良いよ。ケンも言ってたけど、それは何よりも大切なものだから」
遠野はドアに体を預けて、朔也が荷物を置くのを眺めた。朔也が用意するのを待って、遠野はそっとドアを閉めた。
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