御子神学園
車に乗り込むと野沢が時計を見てはぁとため息をついた。
「孫の発表会とっくに終わっちゃってるわ。坂上君とりあえず学園に行きましょう」
「了解っす」
坂上が公用車を発進させる。朔也は疲れたようにシートに身を預けた。その様子をバックミラーで見た坂上が朔也に声をかける。
「お疲れ、真山君。でもこの程度で音を上げてたらこの先行き詰まるよ」
「あの今井先生が言ってた『特別枠』って何ですか?」
ああと野沢が答える。
「魔法症候群が発症して、彼女も魔法使いになったんだけど、彼女は天才でね。学園に身を置きながら医学部の博士号を取得して、戦闘に加わらず魔法症候群の謎の解明に身を捧げているの。まぁ、話が長いことを除けば魔法症候群についてあれほどの権威はいないでしょうね」
確かにそれは特別だと朔也も思った。戦わない聖銃士も頭脳も本人の言う通り特別枠だったのだろう。朔也にはそんな能力も頭脳も何もない。自分が蛟と戦うなんてことは想像がつかなかった。車はどんどん山へ登っていく。
「この辺りは全部国有地になっているんで。コンビニとかもないっすよ」
「誰も寄り付かない場所……それが御子神学園よ」
曲がりくねった山道の先に学園はあった。古い西大陸の建築様式を取り入れた木製の大きな建物である。森の中にそびえ立つ歴史あるその外観に朔也は若干気圧された。
「お、何か気配でも感じるか?――って魔法使えるようになっても超能力者とは違うんだよな。玄関前に停めるぞ」
坂上がアプローチを通り、玄関の前に停車した。野沢が降りたので、朔也もあわててそれに続いた。トランクを開けてバッグを担ぎ、朔也は改めて校舎を見渡した。外装はよく見ると所々壊れそうなほどに痛んでいる。知らない人間が見たら廃校と言われても信じるだろう。
(こんなところで数十年も暮らすのか……)
朔也は暗澹たる気持ちになった。その気配を察したのか野沢が軽く笑った。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。中に入ってみればわかるから」
車を停めてきた坂上と合流した。三人は研究所と同じように巧妙に隠されたセンサーにカードをかざし、とうとう朔也は御子神学園に一歩足を踏み入れた。
「え?」
朔也は思わず驚きで声が漏れた。校舎の中は新雪のように白い白壁には汚れ一つ無く、玄関ホールにはシャンデリアが飾られ、床はワックスで磨かれた重厚な檜のフローリングになっていた。
「なんか外観と違って豪華で、高級ホテルに来た気分なんですけど……」
朔也はそろりそろりと二人の後を歩く。
「そりゃそうだろ。感染者……おっと保因者の皆様は命を懸けて国民を守って下さるヒーローっていう体裁なんだぜ。住環境が悪いってストでも起こされたらヤバいだろう」
坂上が明るく笑い飛ばした。
「制限がかけられる代わりに快適な環境で過ごせるように政府も配慮しているってことよ。寮監の先生にご挨拶しに行くわよ」
野沢が率先して、廊下を歩く。学生の姿は見えない。野沢は職員室と思しき部屋のノッカーを叩いた。床材と同じく高価で重厚な扉だった。
「こんにちは、雨森先生。ご連絡していた新規の学生をお連れしました。真山朔也君です」
室内には七つの机が置かれており、座っていたのは雨森と呼ばれた背の高い男性だった。
「こんにちは、野沢魔法課課長と坂上さん。そしてようこそ、真山君。私は雨森と言います。玻璃の学生たちの住む天虹寮、寮の寮監をしています」
雨森は二十代後半のスポーツマンらしい好青年と言った印象だった。朔也は雨森の差し出された右手を握り、よろしくお願いしますと小さな声で挨拶した。
「怖がることはないよ。私も昔は聖銃士だったんだ。この学園についての説明は?」
「いいえ、特には。まだ研究所で検査が終わったところなので」
そうかと言って部屋に置かれたソファーに腰掛けるように促した。三人掛けのソファーには野沢と坂上が座り、一人掛けのソファーに朔也が腰掛けた。雨森は普段使いの事務椅子を持ってきてソファーと直角に座った。
「ここ御子神学園ではまだ霊珠に色のついていない学生を玻璃の聖銃士と呼ぶ。霊珠は君がこの学園で様々な魔法を学習するうちに適性に応じて、発色する。その色は六色。赤、青、黄、緑、白、黒だ。その六色の聖銃士でユニットを組み、蛟と戦うことになる。現状、君はまず天虹寮で暮らし、聖石銃の扱い、射撃訓練、治癒魔法、飛行訓練などを仲間と共に学んでもらうことになる……ここまでは大丈夫かな?」
朔也にとっては初めて聞く情報ばかりで多少混乱していたが、小さく頷いた。
「よし、それじゃあ部屋に案内しよう。野沢課長、坂上さん、ありがとうございました」
いいえと野沢が笑って手を振った。孫の演奏会を見れずに、不機嫌にタバコをふかしていた姿とは大違いである。坂上も軽く頭を下げた。
「それじゃあ、真山君。健闘を祈る」
「何か困ったことがあったら名刺にある連絡先に電話してね」
守護庁の二人は廊下に出るとそう言い残して、玄関へと向かっていった。
「真山君、こっちが寮になる。荷物はそれだけでいいのかな?」
朔也ははいと返事をしてスポルティングバッグを担ぎなおした。
お読みいただきありがとうございます。
次回「天虹寮」をどうぞよろしくお願いいたします。