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魔法銃士の少年は美少女アイドルとともに竜の歌の夢を見る  作者: 三ツ矢 鼎
第一部 魔法学園編
3/88

魔法症候群発症

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 翌朝の土曜日、目覚めると朔也は息をするのも絶え絶えだった。身体は熱く、自分のものではないかのように重かった。ベッドの中で苦しんでいると母の世津子が部屋に入って来た朔也の容態を知ると、すぐに病院に連れて行った。検査の後、診察を受けた。


「真山さん、インフルエンザは陰性でした。血液検査の値も正常でしたので、ただの風邪かと思います。解熱剤を注射しておきますね。」


 そういうと医者は自ら朔也の左腕に注射を行った。

 朔也は自室に帰ると薬をスポーツ飲料で流し込み、(まぶた)を閉じた。

 

 浅い眠りの中で朔也は様々な夢を見た。幼い頃迷子になった夢、飼っていたコーギーが亡くなった日の夢、海水浴で(おぼ)れかけた夢、とうとう夢の中でも視界が真っ暗になり声だけになった。


(……産まれた!)

(力を与えよう……お前が望むなら。望め、我を望め!)


 それは歓喜であり、それはやがて強い欲求へと変わった。朔也は頭の中に響くその声に答えず、やがて深い眠りに落ちていった。


 目が覚めると身体が軽く、熱も引いていたようだった。朔也は眼鏡をかけスマートフォンを見ると日曜日の十時であった。丸一日眠っていたことになる。起き上がろうとして、閉じた左手に違和感があった。手のひらを開くとそこには無色透明の珠があった。大きさは直径三センチほどで手のひらにすっぽり収まっている。ガラス玉のように透き通ったそれとこれまでの症状が何を示すか朔也は知っていた。


魔法症候群(マジックシンドローム)……」


 魔法症候群。それは通称、魔法風邪と言われる病だ。魔法症候群はウィルス、細菌での感染が認められないにも関わらず、各地で定期的に感染者が発生する。十代の少年少女のみが風邪とよく似た症状を起こした後、霊珠と呼ばれる玉を生み出すと言われていた。そして、魔法が使えるようになるのだ。

 朔也は反射的にそれを手放した。霊珠は床に落ちて硬い音をたてたが、ヒビ一つ入らなかった。


「朔也、起きたの? 体調はどう?」


 音を聞いて世津子が部屋に入ってきた。世津子の視線が引き()った表情の朔也から床に落ちた霊珠に注がれる。


「朔也、それは霊珠? あなたもしかして魔法風邪だったの……?」


世津子の声を聞いて父、拓郎も朔也の部屋へとやってくる。


「すぐに守護庁に連絡だ……なんてことだ」

 

 世津子と拓郎も驚愕の表情で朔也を見つめる。

朔也は観念したように目を閉じた。魔法症候群感染者への処遇(しょぐう)は速やかに守護庁の魔法保健課によって隔離される。強制的に全寮制の魔法使い養成所に転校させられることになるのだ。何より魔法使いとなった感染者はとある責務に従事しなければならない。そのため一般的に人々はこの感染症を何よりも恐れていた。


「まさか、お前まで感染するなんて」


 拓郎が朔也を抱きしめた。朔也は驚いて目を開いた。


「……お前、まで?」

「そうだ。父さんも五十年前に魔法風邪に(かか)ってな。母さんとは学園で知り合ったんだ」


 世津子も頬を軽く染めながら朔也の手を握った。


「二人とも同じユニットでね。朔也も魔法使いになるなんて、こんなに誇らしいことはないわ」


 朔也は唖然(あぜん)とした。そんな話はこれまで聞いたことがなかった。


「それじゃあ、二人はミズチと戦っていたの?」


 (みずち)。それはこの国に現れる怪物だった。鱗に覆われた爬虫類に似た姿で、首は長く、鋭いかぎ爪を持ち、皮膜に包まれた翼をもつ。蛟は人を襲い、その血をすする。人造兵器では倒すことができない。特殊な能力を持つ魔法使いたちだけが蛟を倒すことができるのだ。


「そうよ。これでも昔は結構有名だったんだけどね。駆逐数ではダントツだったんだから」


 拓郎は落ちた球を懐かし気に拾い上げ、そっと朔也に手渡した。


「我々のユニットは優秀だったんだよ。魔法や蛟に関する情報の一部は緘口令(かんこうれい)を敷かれていたから話したことはなかったが」


 朔也の頭にいくつもの疑問がよぎる。そもそも何年前に魔法風邪に罹ったと言ったのか思い出した。


「さっき五十年前に罹ったって言ったよね? 今二人っていくつなの?」

「戸籍だと六十過ぎてるな」


 事も無げに拓郎が答えた。朔也は両親の顔を交互に見たがどう見ても四十前後にしか見えない。


「いいか、これから学園で教わることになると思うが感染すると年齢をとらなくなる」


 はあと間抜けな声を朔也が出した。


「期間は魔力を失うその日まで。それまでお前は御子神学園(みこがみがくえん)で蛟と戦うんだ」


 御子神学園。魔法学校と呼ばれるその場所の名前を初めて聞いた。


「さあ、朔也。身支度と荷造りを済ませなさいお前は選ばれたんだ。新たな力でみんなを守ることができる。恥じることは何もない」


 拓郎は守護庁に連絡を入れ、朔也は世津子と共にテーブルで朝食を食べた。そこで、拓郎が告げた。


「区の魔法課に連絡してきたよ。やっぱりこの区でも感染者が他に一人見つかっているみたいだ。もう少ししたら迎えが来るから、用意してきなさい」


 二階にある自室に上がった朔也はノロノロとスポルティングバッグに着替えやゲームを入れていく。そして何より大切なホワイトフェザーのグッズ――DVDやカレンダーなど――を厳選してしまった。最後に部屋をぐるりと見渡した。


(もうこの部屋にも戻ることはないかもしれないんだな……ライブにも行けなくなる)


 先ほどの話からすると魔力が消えるまでに数十年かかるということになる。別に今の生活に執着していたわけではなかった。けれど、いざ立ち去るとなると、やはり未練は残る。霊珠はほのかに温かく、朔也は叩き割りたい衝動に駆られた。


「朔也、用意はできたか? 職員の方がお見えだ」


 朔也は階段を下りていくと、リビングには壮年の白髪を茶色に染めた女性職員と三十歳くらいのスポーツ刈りにした男性職員がいた。


「初めまして。守護庁から参りました魔法保健課の野沢と坂上です」


 どうやら女性の方が野沢、男性の方が坂上というらしい。二人はそれぞれ名刺を朔也に手渡した。


「これ以降、コーディネーターとして真山さんの生活をサポートさせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します」

「よろしくお願いします……ところでコーディネーターって何をするんですか?」


 野沢が当然の質問とばかりに深く頷いた。


「そうですね……ご両親と面会したい場合はこちらで手配します。その他に外出される際などにはご連絡ください。公共交通機関の利用は避けるために送迎させて頂きます」


その言葉を引き継ぐように坂上が話し始めた。


「SNSや友人などに『魔法風邪に感染した』と話すことも控えてください。これはご家族や真山さん自身のプライバシー保護と安全上の理由からです。これからは真山さんが文字通りの『守護者(ヒーロー)』になります。マスコミの対応や機密保持(きみつほじ)のためにも自覚を持った行動をお願いします。また真山さんの身体能力やバイタル情報は研究のために利用されますが、その点についてもご了承ください」


 そこで野沢から朔也にすっと一枚の書類が差し出された。


「誓約書になります。先ほどご両親にはサインを頂きました。ご理解いただけましたら、真山さんもサインをお願いします」


 朔也は縋るように両親を見つめると拓郎がこくりと一つ頷いた。


(これが感染者になるということなのか……)

 

 朔也は震える手でペンを持ち誓約書にサインをした。


「ご理解、ご協力ありがとうございます。それでは研究所にて検査を受けていただきます。お荷物を持ってご乗車ください」


 朔也は荷物席にスポルティングバッグを放り込み、ショルダーバッグだけ持って乗車した。窓を開けて拓郎と世津子を見ると、二人の目は(うる)んでいた。


「いいか、朔也。蛟に負けるんじゃないぞ。絶対に生き残れ」

「母さんたち、ずっと朔也が帰ってくるのを待ってるからね」


 両親の言葉に朔也はずっと堪えていたものが込み上げてくるのを感じた。


「……行ってきます。必ず帰ります」


 絞り出すように朔也が返事をすると、野沢が申し訳なさそうに声をかけた。


「すみません。そろそろ研究所に向かわねばなりません。また後程こちらからもご連絡差し上げます」


 そう言って野沢が頭を下げると助手席に乗りこんだ。運転席の坂上も軽く一礼して車を発進させた。


「はぁ、いやー。何で休日に感染者が発生したんすかねぇ? 俺、今日デートの予定だったんですけど」


 家を出て数分も経たないうちに、急に坂上が喋りだした。先ほどまでの公務員らしい言葉遣いをかなぐり捨てた完全な私語だった。


「デートならまた日を移せばいいじゃない。こっちは孫の演奏会だったんだから……それに相手が山縣さんだったらやめときなさい。あの子企画課の元木くんとも付き合ってるから」


 野沢が坂上の愚痴を一蹴(いっしゅう)した。それからくるりと真山の方を振り返ると手を出した。


「真山君、携帯電話持ってるんでしょ? 渡してください」


 朔也はポケットに入れたスマートフォンを野沢に渡した。


「ありがとう。これが新しい携帯よ。最新型だから」


 そう言って朔也に二十センチ四方の箱を投げてよこした。開けると黒い時計のような端末が入っていた。


「防水だし出来るだけ外さないで頂戴ね。ネット使いたい場合はカード型のディスプレイを使って……PCも学園に支給しておきますからね」


 朔也は時計を取り出して装着し、その下に真っ黒な薄いカードが入っていた。


「これがカードケース……はい、無くさないようにね。学園の学生証にもなっているから」


 野沢がぽいっと透明なカードケースを投げた。朔也はカードをケースにしまい、首にかけた。


「あの……何で、急にそんな態度に変わったんですか?」

「だって取り繕ったって仕方ないでしょう? これから何十年っていう付き合いになるんだし」


 野沢が窓を開けて電子タバコに吸った。煙が飛行機雲のように流れていく。


「いやねぇ、感染者って思春期のガキ……おっとお子さんが多いでしょう?『守護者になった』って勘違いしちゃう子が結構多いんですわ。まぁ通過儀礼みたいなもんっすよ。その中では真山君は結構おとなしい方だね。両親も感染者だったせいかな?」


 バックミラー越しに坂上と目が合う。鏡の中の坂上が薄く笑う。


「これから君の周囲の目も環境もがらっと変わる。お役所仕事だけじゃなくて、外部との摩擦を極力小さくするのが俺らの仕事。まぁ仲良くやっていこうや」

「そういうこと……研究所が見えてきたわ」



お読みいただきありがとうございます。


次回「久留主研究所」をどうぞよろしくお願いいたします。

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