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七話

「僕は君を……片桐さんのことを気持ち悪いって思わない」


「なん……っ!」


「!?」


おそらく、なんで? と言うつもりだったんだろう。


僕に近付こうとしていた片桐さん。

だけど起き上がる瞬間、立ち上がることは出来なかった片桐さんはバランスを崩す。


「……ギリギリセーフってとこかな」


彼女は一瞬のことで驚き、咄嗟に手を伸ばそうとするも片桐さんに触れることはできなかった。


僕はというと、人より反射神経が少しだけ良かったお陰か、倒れてくる片桐さんの身体を無事に受け止めることが出来た。


自慢出来るほどのものではないと思っていたけど、今回は自分の力が役に立って本当に良かったと思った。


「ありがとう」


「どういたしまして。それより大丈夫?もしかしてどこか体調でも優れない?」


僕は片桐さんをお姫様抱っこし、ベッドのほうへと片桐さんをゆっくりとおろした。軽々と持ち上がるその身体は重さを一切感じることはなかった。


僕は思わず「食事を取ってるの?」と質問してしまいそうになったが、寸前のところで聞くことをやめた。


「体調が悪いから病院にいるのだけれど、貴方にはそれがわからない?」


「ごめん、そういう意味で聞いたわけじゃないんだ。僕と会って、身体のどこか悪い部分を悪化させてしまったんじゃないかって心配になって」


片桐さんは普通に会話をしていた。たどたどしい様子もなく、まるで普通の人みたいに。だから気付かなかったんだ。


でも、違和感は感じていた。だって、僕たちが片桐さんの病室に入ってから今まで片桐さんは一度もベッドから出ることはなかったから。


話しているときは、むくりと上半身だけは起き上がっていた。身体を起こすだけなら可能のようだ。その様子を見る限り、片桐さんの不調は下半身に問題があると考えていいだろう。


「これが私の代償みたいなものだから」


「代償って何の?」


「それよりも、さっきのこと」


「え?」


「……」


羅鎖宮がこの人を気持ち悪くないって言ったことだと思う。


彼女は僕に思い出してという気持ちを込めて伝えてくれた。


でも、何故だろう? 彼女が少しだけ唇を尖らせているのは。世間一般だとそれは拗ねるや怒りの感情なはずなのに。彼女は一体何に対して怒っているというのか。


しかも、片桐さんにはあきらかに話を逸らされてしまった。


聞いてはいけないことだったのかな? だったら、詮索するのはやめよう。この件は、片桐さんが話したいと思ったときに改めて聞くことにしよう。


「もしかして、同情だって思ってる? 片桐さんがそう思うのも仕方のないことかもしれないね。だって、僕たちはまだ出会って間もないし」


「そんなこと思ってない。貴方って、どちらかといえばネガティブ思考でしょ? それ、やめたほうがいいわ。私はそんなこと思ってもないのに、貴方に言われた途端に同情かもって考えが過ぎるから」


「ごめん。でも、僕の悪いところを見つけてくれてありがとう。片桐さんが言ってくれたお陰で、自分の愚かさに気付くことが出来たよ」


「愚かさなんて、大げさよ」


「そんなことはないよ。僕は未熟。だからこそ、彼女を未だに助けることが出来ないのだから」


僕は彼女のほうをチラリと見る。彼女は「羅鎖宮のせいじゃない」と言いたげの目で僕の顔をジッと見つめていた。


僕が立派な魔法使いなら、彼女の呪いを解くことだって、彼女の病を治すことだって出来たのに。


そもそも、そんなことができるなら最初からやってる。それが出来ないから、僕は彼女とこうして旅をしているわけだし。


「それと、やっぱり僕は片桐さんを嫌いになることはないよ」


彼女のことを話し終えるも、僕は言葉を続けた。


「それは……どうして?」


「僕には片桐さんを嫌う理由がないから。もし、片桐さんが悠のことを月に飲み込むっていうなら話は別だけどね」


「も、もしも、飲み込んだりしたら?」


片桐さんは気になったのか、聞き返してきた。


僕の表情が怖いのか、片桐さんはゴクリと唾を呑む。それは僕にも聞こえるくらい大きな音。


「君の想像に任せるけど、どうしても聞きたいなら教えるよ」


「貴方は悠ちゃんにだけ優しいみたいね」


「そう? 片桐さんがもしそう見えるんだとしたら、本当にそうかもしれないね。ちなみに君の腕の傷だけど……」


「な、なに?」


僕に見られて、片桐さんはバッ!と腕を隠した。


今更隠したって意味はないだろうに。先程、自ら傷を見せてきた本人の反応とは思えない。


「この姿の君を見て、他人が片桐さんのことを嫌いになるって本気で思ってる?」


「なっ……普通はこれを見たら不快でしょ!?」


普通ってなんだろう。まるで僕が普通じゃないように聞こえる言い方だ。


これは僕の想像だけど、おそらく片桐さんは他人に自分の傷を見られた経験があるんだろう。


その際、片桐さんが病むような言葉をかけられたに違いない。そうだとするなら今の反応にも合点がいく。


けれど、どんな理由があろうとも助けてのサインを出している相手を決して苦しめてはいけない。


「悠、片桐さんの傷を見てどう思った?」


「……」


僕は彼女に投げかける。

片桐さんが僕の意見だけじゃ納得いってないような、そんな顔をしたから。


痛そうって思った。彼女は答えた。


「痛そうだってさ」


「それだけ?」


「……」


コクッ。彼女は頷く。


「ねっ? 片桐さんを嫌う理由なんて、不快になる要素なんてどこにもないでしょ?」


「あ、貴方たちは変わってるのね」


「あ、でも一つ僕から言わせてもらうなら」


「なに?」


「自分の身体を傷つけるのは良したほうがいい。強制的に止めるつもりはないけれど、彼はきっと悲しむと思うよ。片桐さんは、とても綺麗な身体をしているのに……」


僕が励ましの言葉をかけたあと、片桐さんはボフン!と顔が赤くなった。耳まで真っ赤に染めて、ゆでダコみたいになっている。


片桐さんはそのまま口をパクパクと開けるも話すことはなかった。


「……」


羅鎖宮のバカ。


今のは本当に彼女が言った言葉?

疑いがある中、パシッと鈍い音が部屋に響いた。


なんだろうと横に視線を向けると、彼女が僕の肩を叩いていた。あまり痛みは感じない。


何故、彼女は僕を叩いたんだろうか。彼女が怒る理由を考えてみたけど、僕には検討もつかなかった。


「悠、どうしたの?」


「……」


なんで、そんなこというの?


「そんなことって、どのこと? 僕は片桐さんを励まそうと思っただけで……って、叩かないで、悠」


彼女の感情が荒ぶっている? こんなこと初めてだ。彼女が僕に手を上げることなんて今まで一度もなかったのに。


彼女の知らない部分が僕にもあるなんて……と少し驚きながら。


「……」


どうして、綺麗だって言ったの?


「え?」


「……」


ほとんど初対面の人なのに。と彼女は言った。


そんな彼女は口を膨らませて、僕をバシバシ叩き続けた。


もちろん本気の力では無いだろうけど、最初よりも強いせいか、それとも単に力の加減を間違えているのか、それなりのダメージが僕に入り、だんだんと痛みを感じ始めた。


「……」


私、飲み物でも買ってくる。そう言い残し、彼女は病室を出た。彼女が僕に嘘をついていることはすぐにわかった。


ドアを閉めるとき、バンッ!と力強く閉めたのもあるけれど、プンスカと怒っているのがあきらかに表情に出ていたからだ。


「悠、待って! 一人は危険だ!!」


すぐさま追いかけようと扉に手をかけると、「ちょっと待って」と片桐さんが僕を引き留めた。


「話があるの。これからのことについて」


「……わかった、聞くよ。でも、手短に頼めるかな?」


僕は一旦ドアから手を離し、クルッと片桐さんのほうに身体を向けた。相手の話を聞くのに背中を向けるなんて失礼だしね。


「えぇ、それは当たり前よ。それで今日の夜からのことなんだけど……」


片桐さんは重たそうな口をゆっくりと開いた。

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