六話
呪いの少女と呼ばれる女の子の姿を見た瞬間、時が止まった気がした。
片桐雫と彼女があまりにも似ていたから。それは姿だけではなく、声もソックリだった。
合わせ鏡のような、そんな二人。今はその言葉がストンと落ちる。
「……」
羅鎖宮。上の空だけど平気? 私はこっち。
彼女は自身を指さした。
間違えられたから、自分をアピールしてる?
まさか、彼女に限って、そんなことあるわけ……でも、もし、そうだったら可愛いな。
「あぁ、ごめんね。あまりにも悠と……」
「私のことは好きに呼んだらいい。片桐でもいいし、雫でも」
「じゃあ、片桐さんって呼ばせてもらうよ」
「そんなにかしこまらなくても……私たち、同い年くらいでしょ?」
僕の呼び方が変だったのか、片桐さんはクスクスと笑い出した。
口に手を当てて笑う。彼女と同じだ。ますます似ている。
「そうかもしれないね。あ、自己紹介が遅れたね。僕は星屑羅鎖宮。僕の隣にいる彼女は音海悠。彼女って言ってるけど、付き合ってないよ。悠は僕の幼馴染なんだ」
「……」
よろしく。ペコッと彼女は片桐さんにお辞儀をした。
「彼女……悠ちゃんはもしかして話せないの?」
「……そうだね。今は事情があって話せないんだ」
「それ、大変じゃない? 特に貴方が」
「僕? そんなことないよ。彼女が言ってることは大体の仕草や行動でわかる。それでもわからない時は口を動かしてもらってるから、それである程度は会話できる」
ある程度っていっても、今までわからなかったことなんてない。だって、幼稚園の頃からずっと一緒にいるし。
声を失ったからといって、彼女の性格がいきなり変わるわけじゃないから。
「……そういうこと、ね」
「まぁ、片桐さんの予想は大体合ってるよ。なんか初対面の人にここまで察されるのもなんだか照れくさいな」
「……?」
片桐さんは僕が彼女のことをどう想ってるか、わかったようだった。
だけど、当の本人である彼女だけは今の状況がわからず、頭の上にハテナマークが何個もついていた。
鈍感な彼女も僕は好きだ。僕の気持ちが気付かれてしまえば、今までの関係を続けるのが難しくなってしまいそうだからね。
「貴方ってわかりやす……よく見ると、貴方は似ているのね」
「誰に?」
「私の……大切な人。それで、貴方たちは何しに来たの? 今更だけど、私のことを知らないわけじゃないんでしょう?」
「いきなりで、信じてもらえるかわからないんだけど……僕たちはこの世界の住人じゃないんだ。詳しくは話せないけど、ある目的のために色々知りたくて。それで、すれ違う人に聞いたんだけど、悠を見るなり逃げられてしまってね。そのときに片桐さんの名前を聞いたんだ」
初めて会った人なのに凄く話しやすい。最初は戸惑っていたけど、一言二言会話をしただけで片桐さんの前ではスラスラと言葉が出てくる。
どうしてなんだろう。
それは見た目や仕草が彼女に似ているから?
「呪いの少女に聞けば、この世界について何かわかるかもしれない……って思ったのね」
「……」
この人、察しが良すぎて怖い。
彼女は少しだけ震えていた。僕は彼女の怖さが緩和されるようにと手を握る。
僕だって、彼女と同じ意見だ。
「私にも詳しくはわからないの。ただ、わかることといえば……」
窓の外を見る。片桐さんは一点だけをジッと見て、けして視線を離そうとはしない。
「外になにかあるの?」
「……」
黒い月。真っ黒で、深い闇みたい。
「悠は黒い月が見えてるっていうの?」
「……! 悠ちゃんにも見えるのね、アレが」
片桐さんは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにさっきと同じ顔に戻った。
彼女と片桐さんは空を見上げていた。そこには、僕が見えないであろう黒い月があるに違いない。
どうして、僕には見ることが出来ないんだろう。彼女たちと同じ景色を見ることが出来れば、もっと彼女の力になれたかもしれないのに。
「いつからか、わからない。けれど、ある日を境に0時になった瞬間、あの月が人を飲みこむようになったの。それは毎日、決まった時間に。」
「だから、食べたって話が出たのか。でも、それと君になんの関係があるっていうの?」
「私が不安定になると発動するの」
「不安定? 今の片桐さんがそうだっていうの?」
「私は未だに過去から一歩も動けてないの。未来に進んだって、あの人が帰って来ないことを知ってるから……」
嫌な思い出がフラッシュバックしたかのように見える。片桐さんは頭を抱えだした。
僕たちには片桐さんが抱えてる不安もその事情さえわからない。
「詳しくわからない? そんなの嘘。きっと、私が自分を傷付けているせいで、皆が死んでるの。全部、私が悪いのよ。だから私は、呪いの少女と呼ばれている」
自暴自棄になっているのか、さっきとは打って変わって錯乱状態に陥ってるのがわかる。
「私は何をしても死ねない。こんな私、気持ち悪いでしょう? ねぇ、嫌いになったでしょ?」
ゆっくりと腕をまくる片桐さん。
そこには、何度も自分自身に傷をつけている跡があった。くっきりと、深く刻まれていた。
僕はそれを見て、痛そうだとか、可哀想と思う感情よりも先に片桐さんを助けたいと思った。
嫌いになれるはずがない。
気持ち悪くなんてない。
だって、片桐さんは自分のことを語りながら涙を流していたから。
それは、呪いの少女から、助けての合図。