四話
「……」
ねぇ、あれは何? 彼女が遠くを見つめ、指さした。
「なんだろ。ここからじゃ、よくわからないな」
キラリと光るモノが一つ。
プカプカと、ただ浮いているはずなのに、ソレは僕たちに何か用でもあるみたいにこちらに向かってくる。
しばらくすると、彼女の足にソレは止まった。
「悠、大丈夫?」
「……」
平気。コクッと軽く頷く。
「これって、ボトルメール?」
ボトルメールとは、瓶の中に手紙が入ってる物ものだ。差出人が書いてない場合もあれば、遠くにいる恋人や友人に送ることもある。
中身を確認するも、当然のように切手は貼っていない。差出人にもわからない。
これじゃあ、届けようにも届けられない。まるで今の彼女の状況に似ている。手がかりのない旅。
とりあえず、内容だけでも読んでみることにしよう。
『旅が終わるとき、最果ての泉で少女がかけられた呪いの真実を知ることができる。その日が来るまで、二人で試練を乗り越えてみせよ』
「悠」
「……」
手紙を最後まで読み終わった直後、互いに顔を見合わせた。
これは彼女に投げられたメッセージ。そして、僕がいることを手紙の主は知っている。
その瞬間、手紙から猛烈な光が放たれた。
「悠、危ない!」
「っ……!?」
光線? 魔法? 外からの刺客だと思った僕は彼女を守るように庇った。
「悠、怪我はない?」
「……」
大丈夫。羅鎖宮こそ、怪我してない?
「僕は平気。君は……昔から変わらないね」
「……?」
何が? 僕の言葉の意味がわかっていない彼女は頭の上にハテナマークを浮かべていた。
本当に変わっていない。自分よりも僕を心配するところ。
僕はそんな彼女だからこそ、昔からずっと好きなんだ。
「……っ」
「悠、どうしたの?」
彼女は驚いていた。口をあんぐりと開けて。彼女らしくないその顔に僕は驚きを隠せない。一体、彼女はなにを見たというのか。
「ここは……僕たちの住んでいた世界じゃない」
あたりを見渡すと、彼女が動揺していた理由がわかった。
僕たちはさっきまで海にいた。なのに、今は道路にいる。それだけじゃ、前の世界と変わらないと思うかもしれない。でも、違う。あきらかに異なっているんだ。
だって、道路のど真ん中に立っているのに車一台通っていないのだから。ここはあまりにも静寂すぎて怖すぎるくらいだ。
空を見ると、いくつものどす黒い雲が浮かんでいる。なのに、雨が降る様子も、雷や竜巻が起こるようでもない。
「……っ!?」
「悠!?」
違和感しかない世界に身体が悲鳴をあげたのか、彼女はその場で咳きこむ。とっさに口を押さえた手にはベットリと血がついていた。
無理をさせた。脳裏には嫌な想像ばかりが頭を駆け巡る。ネガティブなことを考える暇があったら、彼女を救う方法を考えるべきだ。そのために僕がいるんだから。
「……っ」
心配、しないで。しばらくすれば良くなるから。
僕の服を握る彼女の力はとても弱かった。
良くなるなんてウソだ。その場しのぎの嘘に僕が騙されると思っているのか。いや、そんな余裕は今の彼女にはないだろう。
目の前で彼女が苦しそうにしていると、呪いはあるんだと改めて実感してしまう。
僕は彼女を抱きしめながら、さっきの手紙の内容を思い出していた。
試練って? 旅はいつ終わる? どうやったら試練をクリアしたことになるの?
それまで彼女が生きてる保証はどこにもないのに……。
知らない世界に来て、彼女は命を落とす?
……そんなことは僕がさせない。
ここに飛ばされたのは何らかの理由があるはずだから。
「悠、僕の目を見てくれる……?」
「……」
今にも意識を失いそうな彼女をしっかりと支える。
彼女は僕に言われたとおりに視線を合わせてくれた。
ごめんね、キツいのに。無理を言って。
でも、大丈夫。今、僕が楽にしてあげるから。
「君の痛みが、空に飛んでいきますように……。苦しさも痛みも全部、僕が受け止める。痛いの痛いの飛んでいけ」
「……?」
不思議そうな顔で僕を見つめているね。そうだね、たしかに何もわからない人からしたら、そういう反応になるよね。
彼女に使うのはこれが初めて。でも、この力を使うのはこれで二度目だ。だけど、あの頃とは違って、僕は知ってる。
魔法の力には必ず代償が必要だってこと。
「悠、少し楽になったかな?」
「……」
少しどころか、すごく楽になった。なんでかな? 羅鎖宮、なにかやったの?
「んー。ちょっとしたおまじない、みたいな感じかな。神様にお祈りしたんだよ、君が、悠の咳がおさまりますように、って」
「……」
そうなの? それで良くなるなんて、羅鎖宮は魔法が使えるみたい。
すごい! どうやったの?
「それは秘密」
やっぱり彼女は勘が鋭い。今度からは発言にも気をつけないと。
魔法か。完璧なものは僕には使えない。だって、今のだって未完成なんだよ。
彼女の容体がよくなったし、これからのことを考えよう。
まずは、この世界がどこかということ。
彼女と試練を乗り越えるんだ。
そして、行くんだ。最果ての泉に。
彼女にかけられた呪いの真実を知るために。