三話
悪い魔法使いに会ったらどうする? そう尋ねられたら、僕は答える。
どうして、彼女だったのか、と。呪いをかけるなら僕にしてほしかった。
今からでも彼女の身代わりになれるというならば、僕は自らの命を差し出そう。
それで彼女が助かるのならいくらでも。
『僕と旅をしませんか?』
十年後の僕が聞いたら、さぞかし人生の黒歴史の一つにカウントされるに違いない。
付き合ってほしい。結婚してほしい。結婚前提のお付き合いをしませんか?
次に彼女に会ったときに言うつもりだった言葉。
妄想の中のシミュレーションも完璧。
王子様のようなキザなセリフを吐くよりもストレートな告白をしたかった。
だけど、いざ彼女を目の前にすると想像なんて無意味。告白の言葉は出てこないし、なんなら動揺もしていた。
彼女と会うのは初めてじゃないのにめちゃくちゃ緊張はするし、正直上手く言葉に出来るか不安だった。
そして、口から出たのがソレだった。
……失敗した。内心、そう思い落ち込みモードに入ろうとしていた、その時、彼女は僕の告白を受け入れてくれた。
当然ながら彼女は告白だとは思っていないだろう。でも、これでいい。彼女にこれ以上の負担はかけたくないから。
今はただ彼女が昔のように笑ってくれれば、僕はそれ以上のことを望みはしない。
「まずは何処に行こうか」
彼女の小さな手を見つめた。今にも壊れそう。彼女はそれでも生きている。
決して、死にたいと言わない。僕は病んでいる彼女から、その言葉を一度も聞いたことがない。
彼女は必死に生きようとしている。生きたいと願っている。
彼女は僕よりも、誰よりも強い。そして、世界中の誰よりも弱い。
「.......」
どこでもいい、羅鎖宮と一緒なら。
それは僕を喜ばせるために選んだ言葉ではないとわかっていても、僕はちょっぴり浮かれてしまうんだ。
「まずは海に行こうか」
海は中学時代、彼女と行った。懐かしい場所、彼女は覚えているだろうか。
「.......」
彼女は小さく頷いた。
病院を抜け出すのは簡単だった。外出許可の紙を一枚出すだけで済んだから。
病院側は、いつ病状が悪化するかわからない彼女が遠くに行くとは微塵も思っていない。同伴者の僕がいるなら尚更、僕たちの行動は予想外かもしれない。
きっと、しばらく戻らなかったら彼女の親にも病院も、最悪、警察沙汰にもなるだろう。
逃げれる自信はある。この自信はどこから来るものだって?そんなの自分でもわからない。
彼女が自由を望むなら、僕は地球の裏側だって彼女を連れて行く。
これは僕の覚悟でもあるんだ。
「.......」
目的地に着くと彼女は裸足になり、バシャバシャと海の中に足をつける。
何をしても彼女は綺麗だ。改めてそう思う。
白いワンピースが風でフワリ。
夏の日差しが眩しいけど、僕には彼女のほうが太陽よりも輝いて見えた。これはあまりにもキザっぽくて引かれそうだから、彼女に言うのはやめて、自分の心の中にそっと留めておこう。
笑顔を浮かべなくとも、楽しそうにしているのは十分伝わってくる。それだけでも嬉しい。
彼女は手まねをする。一緒に海で遊ぼうと言っている。断る理由はない。
だから僕は、彼女のほうへ走り出す。
「悠、冷たくないの?」
夏とはいえ、病の身体に冷たいのは響くんじゃないか?僕は聞いてみる。
「.......」
首を激しく横に振る。
すると、彼女は両手を大きく広げた。
ちょっと冷たいけど、それがいいの。
こうしてると、病気のことなんか忘れてしまいそう。
「.......忘れていいんだよ。大丈夫、僕が君にかけられた呪いを解いてみせるから」
相手の手かがりすら見つかってすらいないのに。でも、言わずにはいられなかった。
そして気付いたときには、彼女を強く抱きしめていた。止められなかった僕の行動。必ずしも、心と感情は一致しない。
「.......っ」
拒絶されたらどうしようって不安はあったけれど、彼女は僕の背中に手を回してくれた。
今の彼女を一人にはしておけない、心からそう思った。
『私の病の原因は、悪い魔法使いに呪いをかけられたから』
それを初めて聞いた僕は、彼女の頭をただ撫でることしかできなかった。少しでも元気になりますように、僕は君の味方だよ、という思いを込めて。
思い出すのが嫌だと思った僕は聞くのを躊躇していた。けれど、どうしても聞きたかった。なにか彼女の力になれるんじゃないかって、そう思ったから。
『なにか知ってることはない? 魔法使いの姿とか、声とか。ほんの小さなことでもいいんだけど……』
『……』
声を失ってすぐのことだった。だから、嫌われるかもって覚悟してた。いくら幼なじみの僕でも、これは駄目だと、僕の勘が告げている。
当たり前だ。トラウマになったことを無理やり思い出させようとしているんだから。
『……』
彼女は僕の服を握り、静かに首を横に振った。彼女はなにも知らなかった。
それから、ゆっくりと口を開く彼女の言葉を僕は真剣に聞いた。
彼女がいつものように病室で目覚めると、枕元に一枚の白い封筒があったそうだ。彼女宛に書かれたもので、彼女の名前が記されていた。気になった彼女はその封筒を開けた。
そこに書かれていた内容は『音海悠。君に呪いをかけた。君はいつ死ぬかわからない。せいぜい怯えながら、その身体で生きるといい。命が果てるその日まで。悪い魔法使いより』
彼女が手紙を読み終えると、手紙はメラメラと燃えだし灰になったという。元々、彼女は僕よりも頭がいい。それを見越しての行動だと僕は予想した。
怪我はしなかった? そう聞くと、手紙だけが燃えて、自分の手は一切熱くなかったと言った。おそらく手紙だけを燃やす魔法を使ったに違いない。でも、そんな高度な魔法が使えるなんて、相手は少なくとも普通の魔法使いではない。
未だに悪い魔法使いの正体はわかっていない。ただ言えることは、悪い魔法使いは彼女が不幸になる姿を見て楽しんでいる。心の奥底から。
これは本当に呪いだ。悪い魔法使いの気分次第で、彼女はいとも簡単に命を落としてしまうから。
高みの見物をして、相手は王様にでもなったつもりかな?
僕の堪忍袋の尾はもうとっくに切れてる。
今はなにもわからない、ただの人間だと高をくくっておくといい。
でも、僕に見つかったその時が君の最後だ。
なんの最後だって? そんなの答えなくとも、大体の想像はつくだろう?