一話
僕は、物語の主人公になれない。
何故なら、僕の未完成な力じゃ彼女を救えないから。行動する前から諦めるのは、僕の悪い癖。
彼女を守りたい。彼女を幸せにしたい。
これが僕の本心。
これ以上、彼女が苦しむ姿を見るのは嫌だから。
彼女には笑顔でいてほしいんだ。
彼女には大袈裟だって言われそうだけど、僕にとって彼女は天使そのもの。
僕は、いつでも彼女のことを想ってる。
そんな彼女は、ある呪いをかけられていた。
「進路希望調査、書いたら先生の所に持ってこいー」
(もう、そんな時期か……)
それは、他人事のように心の中で呟いた。
ちなみに僕の席は一番後ろの窓側。
誰もが羨むこの席で、僕は外の景色をただ眺めながら、今日は空が澄みきって、快晴だな……などと、呑気なことを考えていた。
高校2年の夏。来年は受験だ。
「先生、俺は大学行けますか!?」
「どうだろうなぁ。今から本気を出せばエリート大学も夢じゃないかもしれないぞ」
「はははっ、お前にはムリだろ」
「なんだとぉ!?」
クラスをいつも盛り上げようとする男子は担任と漫才をしながら、友人にもからかわれていた。
すると、あたりはドッと笑いの渦に包まれる。
皆は和気あいあいで楽しそうに青春を謳歌している。
……ただ一人を除いて。
僕も去年の今頃は高校生になったんだし、今しか出来ないことを全部やるんだ! って、親に楽しそうに話していたっけ。
「まだ先のことかもしれないが、大学に行って損はしないぞ。みんなも出来るだけ進学を視野に入れることを先生は望むぞー」
「……」
そう、先のことだ。明日のこともどうなるかわからないのに、来年のことなんて今から考えられない。
それに、今の僕には行きたい大学も希望する就職先もない。だからといって、親のスネをかじりニートや引きこもりになろうとは微塵も思っていない。
根暗だって? 陰キャだろって? まわりが僕のことをどんな風に見ようと関係ない。
ただ、僕の願いは一つ。きっと、それが叶えば将来のことを考える余裕が多少は出来るのかもしれない。
「星屑、ちょっといいか?」
「……はい」
担任に呼ばれ、席を立つ。星屑とは僕のことだ。
星屑羅鎖宮。今まで会った人で、僕の名前をまともに読めた人はいない。
成人になったら名前を変えようなんて思ったことはないが、自分の子供は大抵の人が読める名前にしようと決めている。
「あれから、音海の調子はどうだ?」
「以前と変わらないです。でも……」
「なんだ?」
「いえ、なんでもないです」
彼女が最後に笑ったのかいつだったか。ふと、そんなことを思う。
一瞬そのことが頭をよぎり、うっかり担任に話してしまいそうになった。
「痩せた様子もないですし、食欲もあります」
担任は疑っている様子だが、本当に嘘ではない。
「そうか?それなら学校にも来れそうなものだが.......って、これは失言だったな、すまん。音海には黙っててくれないか?」
「はい」
彼女も学校に行きたがっていると言ったら、クラスメイトは歓迎して、以前のように馴染めることが出来るだろうか。
彼女は誰にでも優しく、彼女を嫌いだと言う人を僕は聞いたことがなかった。だから大丈夫。問題は勉強だが、それは僕が教えればなんとかなる。
音海悠。それが彼女の名前。
幼稚園の頃からの幼なじみであり、僕の大事な人。彼女と言っているが、付き合っているわけじゃない。
ただ、僕が一方的に想いを寄せているだけ。
「見舞いに行くついでに、進路希望調査の紙を音海に渡してくれないか?」
「わかりました」
毎日のようにお見舞いに行ってるからか、担任から頻繁に彼女の様子を聞かれる。
今、彼女は病院に入院している。
あれは、去年の今頃だったか。
もうすぐ一年になるのか。彼女にとって、この一年は聞くまでもないだろう。
そんな長い時間が経つというのに、僕は何も出来ていない。それを思うたび、胸が張り裂けそうに苦しい。
彼女に会いたい。学校があるから仕方ないとはいえ、彼女に会えない時間は僕にとって地獄だ。
「すみません。午後から早退してもいいですか?」
「出席日数はギリギリだが問題ないぞ。.......音海と今後について、ゆっくり考えてこい。星屑、お前も決まってないんだろ? 進路」
「まぁ、そうですね。.......ありがとうございます」
またか……深い溜め息をつく担任。
最近、午後の授業をまともに参加していない僕。けれど、テストでは常に上位なため担任もあまり強く言うことができない。
まぁ、それだけが僕を怒らない理由ではないのだが。と、いうのも僕が彼女の幼なじみだから。
担任は様子を見に行こうにも、何故だが面会拒絶をされているらしい。それは僕以外のクラスメイトも同様。
彼女の状況を知れるのが僕しかいないため、担任も早退する僕のことを引き止めたりしないのだ。
こうして僕が学校を早退するのは、今回が初めてじゃない。
一部ではズル休みをしてるとか、学校を抜け出してゲームセンターで遊んでるとかウワサされているが僕にとっては、そこらへんに転がってる小石のようにどうでもいい。
軽くお辞儀をして、教室を後にした。
高校一年の夏。それはなんの前触れもなく、彼女は教室でいきなり倒れた。
突如、意識を失ったのだ。口からは泡を吹き、あたりは騒然とし、当然、僕も驚いた。
すぐさま病院に運ばれた彼女はしばらく目を覚ますことはなかった。
高校二年の春、彼女は意識を取り戻した。半年もの間、彼女は眠っていたことになる。
幸い、記憶障害も痩せてる様子もなく倒れる前と何ら変わりはなかった。
そう、見た目だけは普通だったのだ。
目を覚ました彼女に主治医は告げた。
『あなたは、いつ死ぬかわからない原因不明の病に身体を蝕まれている』
それは現実なのか、夢なのか。
彼女は、頭を鈍器で殴られた衝撃だと僕に漏らしていたのを昨日のことのように覚えている。
主治医が嘘を言っているとは思えない。その証拠に他の病院でも同じようなことを言われた。
いつ病状が悪化するか、死ぬかもわからない状況での行動は危険と判断され、学校に行くことを禁止された。最初は嫌がっていた彼女も、親の説得により最後は折れたとか。
これは、あとから彼女から聞いた話だ。眠っている間、実は新型のウイルスに感染している可能性があると医師から言われ、僕だけではなく、彼女の両親さえも彼女に会うことはできなかった。
検査の結果、人に感染する病ではないとわかったため、今は毎日のように彼女の様子を見に行くことができる。
半年ぶりに会った彼女は、以前のように変わらず綺麗だった。でも、彼女は以前のように笑顔を見せることはなかった。
それもそのはず。あらゆる検査をし、自分の身体を隅々まで調べられ、知らない注射や副作用が強い薬も飲んだりしたと聞いた。
そんな中で自我を保てるわけがない。どんなに強い人でも、病と正面から向き合うことは難しい。
彼女の心は壊れる寸前だったんだ。会いに行くたびに欠落していく感情、口数。声すらも聞かなくなる日も少なくなかった。
一ヶ月前、彼女は唐突にこう言った。
『私が病気になったのは、悪い魔法使いに呪いをかけられたから』
一瞬、彼女が何を言っているのか理解に苦しんだ。でも、彼女が嘘をつかないのは幼なじみである僕が知っている。
『ごめんね、すぐに気付かなくて。今まで苦しかったよね? 話してくれてありがとう』
泣きそうな彼女の頭を撫でた。
すると彼女は泣きそうだった。だけど、泣くことはなかった。
『こちらこそ、信じてくれてありがとう』
笑うことはなかったけど、僕には微笑んでいるように見えた。
『私、この事を先生や両親にも話してみようと思う。話したら相談に乗ってくれたり、もしかしたら解決方法が見つかって、前のように学校にも行けるんじゃないかって。羅鎖宮はどう思う?』
彼女が相談してくれて嬉しかった。同時に最初に話してくれたのが僕だというのがわかったから、この時は浮かれていたのかもしれない。
『いいんじゃない? きっと話したら、悠の力になってくれるよ』
軽々と口にしてしまった。それがいけなかったんだ。
『うん、そうだよね! 私、話してみる!』
元気を取り戻した彼女。だが、それが悲劇の始まり。
『.......』
『悠?』
用事が重なり、次に会ったのは一週間後。
いい報告が聞けるんじゃないかと期待に胸を膨らませながら病室に入るのも、僕の予想とは違っていた。
『.......』
『ねぇ。悠、どうしたの?』
『.......』
あろうことか、彼女は声を失っていた。
ここからは風の噂で聞いた。
彼女は翌日、僕に話したことを親と主治医にそのまま伝えたらしい。けれど、それを聞いた親は彼女の頬を思い切り叩いたらしい。
主治医はすぐに精神科に入院出来るように手続きを始めた。
そう、彼女は病の影響で頭までおかしくなったと思われたのだ。酷い話だ。親が一番親身になってあげないといけないのに。
彼女が倒れてから、彼女の親は過保護から毒親へと変わっていたのだ。
『アニメや漫画の影響でおかしくなってるのよ!』
『ここはファンタジー世界じゃない、現実なんだ 』
『わかるかい? 君は病に侵されている。それをもっと自覚すべきだ』
親にも主治医にも毎日のように言葉の暴力を浴びせられたという。
精神科の病院に移るまえ、彼女は言った。
『私が間違ってました。ごめんなさい。もう口答えしませんから、許してください』
何度も、何度も謝罪し、親は精神科病院に入院させるのを止めた。
それから、彼女は酷く心を病んだ。心を閉ざした彼女は話さなくなり、そして声を失ったのだ。
現在も今の病院にいるわけだが、そのことを彼女から聞いたことは一度もない。今の今まで聞けずにいたのだ。
正直、僕は未だに腸が煮えくり返りそうなほどイラついている。
僕が悠の親と話したいと彼女に言うと、彼女は首を激しく振る。僕の行動が察されている? これは駄目だという合図だ。
本当は親や主治医に一発パンチでも入れたいところだけど、彼女が嫌だというなら仕方ない。
もし、僕が文句の一つでも言おうもんなら、彼女が一人になったとき何をされるか.......それを思うと彼女の言葉を無視してまで行動するのはいけない気がする。
前のように笑ってほしい。そんな僕の願いはもう彼女には届かない。
だから僕は彼女の側にただ、いることにした。
僕は彼女を否定しない。僕だけは彼女のことを信じられる存在でいよう。
それが今の僕に出来る精一杯。
神様なんて空想上の存在を完全に信じているわけじゃない。
でも、もし神様がいるっていうならお願いです。
どうか、彼女にかけられた呪いを解いてください。