魔法少女
その後、俺は凄まじい痛みに目を覚まし、悶絶しようとして、体が動かないことに気づく。
それから、両足と右手の感覚が無いこと、左目が見えないこと、そして何より気絶する直前のことを合わせ、現在の自分の状況をだいたい把握した俺が放ったのが、冒頭の言葉というわけだ。
まさか、即死しなかったことを喜ぶべきかどうか悩む日が来るとは、少なくとも去年までは考えたことなかったな。
この状態じゃあ、去年までならまだしも、病院なんて無い今じゃ助からないだろう。まあそもそも、ここから救助される可能性すら低いだろうが。
まあ、恐らくろくな状態じゃないだろう、足や右手の痛みを感じないのは、不幸中の幸いと言うべきかな?
あ、ヤバイ。寒くなってきた。確か、血が失われ過ぎると寒く感じるんだっけか?
ああ俺、もうすぐ死ぬなこれ。
そういえば、陽菜ちゃんは無事だろうか。
いくら俺がかばったとはいえ、あのデカブツの突進を食らった建物の中にいたんだ。なんとか難を逃れていればいいんだが。
もうすぐ死ぬだろう俺が、他人の心配なんざしてる場合かとは思う。
けどまあ、最後に小さな女の子を助けられたんだ。悪くない最期じゃないか。いや、陽菜ちゃんがあの後無事逃げられたという保証はないか。というかあの状況で助かる方が難しいだろう。それでもせっかくかばったんだ、生き残っていてほしい。
『安心すると良い、君が助けた女の子は無事さ。』
!だ、誰だ!?いや、今はそんなことはどうでもいいか。それより、陽菜ちゃんが無事だっていうのは、本当か?
『ああ本当だとも。君のそばで泣いているところを、あの後すぐに魔法少女に救助されたんだ。』
魔法少女!?実在していたのか。
噂だけは聞いていた。少数ながら、色んなコミュニティを渡り歩いていふ奴らや、旅をしながらサバイバルしている奴らがいる。そういった、拠点をもたず移動して生活している奴らが、時たま訪れることがあった。そいつらのうち幾人かが言っていた。
魔法のような力を使い、人を助けている少女達がいると。そして彼女達は、魔法少女と名乗っていたと。
はっきり言って信じていなかったがな。というか今も半信半疑だ。なんなら俺はもうとっくに死んでて、天国で都合の良い夢でも見てるんじゃないかとすら思ってる。
『いやいや、君はまだ死んでないよ。まあ、このままじゃまず助からないだろうけどね。』
なら、もう死んだも同然だ。そもそもだ。ありえないがもし万が一、二年前の医療技術を万全に使えたとして、今の俺の状態を治せるもんなのか?
『無理だね。ついでに言っておくと、魔法少女でもここまで内臓を損失した君を助けられる子はいないよ。』
内臓を損失って、俺今そんなことになってるのか。そりゃ助からんな。
『うん。奇跡でも起きない限り絶対に助からないくらいには、グッチャグチャになってるよ。これもついでに言っておくと今の君は、後頭葉はほぼ全損。頭頂葉と側頭葉も軽微ながら一部損傷。首は太い動脈はギリ無事だけど、喉に穴が空いてる。胴体は後ろから何本もの杭状のものに貫かれてほとんどミンチだ。右腕は二の腕が複雑骨折、左足は太腿にでかい杭が二本突き刺さってる。鼓膜は衝撃波で破れて、目は熱でゆで玉子みたいになってるよ。後は全体的にひどい火傷を負っているね。』
聞きたくないのに、つい最後まで聞いてしまった。
ええぇぇ、それもう俺死んでるじゃん。というかそんな状態でまだ意識があることに驚きだよ。むしろ早く死なせてくれとすら思う。
『嘘はよくないよ?これぐらいで諦めるような人間が、ここまでしぶとく意識を保ってるはずがないのだから。』
いやいや、そこは空気読めよ。そりゃ俺だって死にたくはねぇよ。けどどうせ死ぬなら、苦しまずにサクッと死にたいと思ってもいいだろ?
『それでも君は、君の魂は今なお死に抗っている。安らかな死を望むのは構わないけれど、諦めるということは自分自身を冒涜することになるよ。』
ちょっと何言ってるのかよく理解できないが、何となく激励されてるのはよくわかった。礼は言っておく。ありがとよ。
『どういたしまして。まあ、今の君は声も出せない状態だけどね。』
え、じゃあ俺どうやって話してんの?
『気づいてなかったのかい?喉に穴が空いてることは教えたはずだけど。まぁいいか。それでなんで会話が成り立っているかというと、私が君の魂に直接パスをつないでいるからだね。わかったかい?』
…理解しようとしても無駄なぐらい、なんかすごいことやってるってことは。
『ハハハ、今はそれでいいよ。』
にしても、そんなすごいことできるって、あんたもしかして魔法少女?
『いや、私は魔法少女ではないよ。』
へぇー、じゃあまさか神様とか?
『ああそうだよ。』
まあ、まさかそんなわけないだろうけど…え?
マジで?
『マジのマジさ。でも、神に神でも邪神だけどね。』
邪神なぁ。何?俺の魂でも奪いにきたの?
『君、邪神を死神や悪魔と勘違いしてないかい?確かに私はそういうこともできるけれど、今回の目的はそうじゃない。』
違うのか。じゃあどんな目的なんだ。
『ようやく本題に入れたね。実は君に提案があるんだ。』
提案?
『そう、提案。君、魔法少女にならないかい?』
は?
意味がわからない。この自称邪神様は、頭がおかしいのだろうか。男の俺が魔法少女になれるわけがないだろ。たとえなれたとしてそれ魔法“少女”じゃないじゃん。そもそも俺はこのまま死ぬ運命、その前に死ぬだろう。
『私のこと頭おかしいとか言ってるの、全部聞こえてるからね?そもそも私は神だよ?性別の問題だろうが、死ぬ運命だろうが私にかかればどうとでもなる。』
つまり?
『もう、察しが悪いな。魔法少女になるなら、助けてやるって言ってるんだよ。』
!本当か!?
『もちろんさ。まあ、一つの条件を飲むなら、だけどね。』
それ、魔法少女になることと合わせて実質条件二つだろ。
『細かい男は嫌われるよ?それより、君はどうしたいんだい?魔法少女になりたいのかい?なりたくないのかい?』
おい、論点が変わってるぞ。
俺が生きるか死ぬかの問題だろ。
とにかく、まずその条件を教えてくれ。
せっかく生き返っても、死んだ方がましな状態になるならごめん被るからな。
『ちぇー、そこは魔法少女になりたいって言うところだろうに。まあいいや。条件はね、生涯私に忠誠を誓うことさ。』
…まあ、妥当っちゃ妥当だな。それで?こんなおっさんを魔法少女にして何が目的だ?そもそも、なんで俺なんか選んだ。
『質問はできるだけ一つずつにしようね?まあ答えるけど。まず、私にはある目的があって、そのために魔法少女の駒がほしい。それも強力な。その目的は今は言わない。魔法少女になってから教える。そして君を選んだ理由は、材料として最適だったからさ、魔法少女のね。』
今は言わないって、なんか怖いな。
そるから材料っておい。まさか、洗脳されたり記憶を消されたりしないよな?
『そんなことはしないよ。それならそもそもこんな契約を持ちかけたりしないよ。無理矢理魔法少女にして、お持ち帰りするだけさ。』
まあ確かに、あんたが本当に神様ならそうだろうな。
『急に疑り深くなったね?でも、いくら疑ったところで君の前にある道は二択だ。生きるか死ぬか、デッド・オア・アライブさ。』
確かにこいつの言う通りだ。目的も、こいつが本当にこいつが言うとおりの存在なのかも不明。
わからないことが多すぎる。
けれど、俺にはこいつの提案に伸るか反るかの二択しかない。乗れば命は助かるが、生きるよりつらい地獄が待ってるかもしれない。反れば、このまま死ぬだけだ。…どうする?
『悩むのもいいけど、早く決めた方がいいよ?いくら私が思考速度と体感時間を速めてるからって、時間は有限だからね?』
こいつそんなこともしてたのか。そして迷ってる時間もそうないかもしれない、と。
まあいい、答えはもうでた。
『そうかい。それで、魔法少女になるのかい?ならないのかい?』
だから論点を…いや、こいつにとっての論点は初めからそれだったのか。それなら、のってやるのも臣下の務めってやつかね?ちょっと恥ずかしいけど、いっちょやってやりますか。
俺は、魔法少女になる!
『契約成立♪』
俺が特大の思いを込めて叫ぶと、邪神が笑った気がした。