6話 回復魔法の習得
俺が『メル』という名前をもらってから、1年が経った。
言葉も拙くはあるが喋れるようになった。
今日は、俺の誕生日パーティーだ。こういうちゃんとしたところで祝ってもらうのは初めてとなる。
え、去年?………まあ、祝ってはもらったよ。
ただ、パピーが大泣きしてそれどころじゃなかった、とだけ報告しておこう。
今年はちゃんと祝ってもらっている。前世で誕生日といえば、ケーキが主流だったが……
(ナニコレすごい)
まず手元に皿、右手にナイフ、左手にフォーク。ここまでは普通だ。
だが、俺の目の前のデカイ皿には、更に乗りきらないほどのデッカい肉が乗っていた……えぇ……(困惑)
しかも、姿焼きで…………えぇ(大困惑)
……………豚だろうか? いや、猪という可能性もあるな………
因みにこの謎肉はパピーが持ってきた。
そう、あれは昨日のこと………
『メルの誕生日のために一狩してくる』
と言って家を飛び出ていったのだ。で、結果これである。完全にモ○ハンのノリだった。
嬉しいけど、なんかグロテスクだよこれ。なにせ頭全部残ってるんだよ!?
「はいはい、今、切ってあげますからね~」
そんな俺の気も知らないで、マミーが笑顔で肉を切り分けてくれる。
どうやら、『誕生日はお肉』がタヌキ集落の共通言語らしい。こうなったら、郷に入っては郷に従えだ。美味しく頂こう。
ちなみに、マミーのお腹は、ぽっこりとふくれていた。
そうなのだ。いつのまにか事を致していたらしい。全く羨まゲフンゲフン………けしからん!
クソッ! 寝てなきゃよかった。いやまあ、タヌキ&タヌキとか需要ないんけど。
今は妊娠7ヶ月だそうだ。今更だが寿命とか妊娠期間とかは人間と変わらないらしい。つまり後3ヶ月で俺はお兄ちゃんになるわけだ。いや、お姉ちゃん、か。
………お、お姉ちゃんか。改めて、自分の息子(♂)は消えてしまったんだな、という悲しき現実が薄っぺらい胸に突き刺さった。
既に、女の子として2年も生きているわけだが、どうにも慣れない。やはり伊達に17年間、漢をしていた訳では無いのだよワトソン君。
そんなうちにマミーが猪肉(仮)を分けてくれた。
「ありがとまみー」
「良いのよぉ。今日はあなたが主役なんだからいっぱい食べていいのよ」
「うん!」
あ、そうだ。パピーにもお礼をするべきだろう。
「ぱぴーもありがとお」
「グフゥッ! ハア、ハア……今日パピーは幸せすぎて死んでしまうかもしれない(大泣)」
……えぇ………(超困惑)
困惑まみれの誕生日は、こうして過ぎていった。
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3ヶ月後、俺はお姉ちゃんになっ(てしまっ)た。
産まれてきたのは弟だ。元気な赤ちゃんだった。
「メル、あなた、お姉ちゃんになったのよ」
前世で兄弟のいなかった俺は、それを聞いて、不思議な気持ちになった。
パピーとマミーから産まれてきたのが俺だけじゃないって言うのが、なんか……とても重くきたのだ。
そうだ、そうだよ。もっと必死に生きなくちゃいけない。こんな貧弱ステータスなんだから、いつ死んでしまうかも分からない。
だからもっと鍛えなくては(脳筋)
「じゃあ、約束通り、メルに魔法を教えましょうか。そうね、来週からで良い?」
「うん!」
そのために、マミーと約束したのだ。
あれは確か、言葉が喋れるようになって少し経った頃だったか。
『まみー、ぽかぽかして、いたいのどっかいっちゃうのなにー?』
『あぁ、それはね。回復魔法って言うのよ』
『かいふくまほう? めるもやりたい!』
『え、えーと、メルにはちょっと難しいかなぁ、なんて……』
『え~、やりたいやりたいー』
『うーん、そうねぇ、じゃ、じゃあこの子が無事産まれてきたら、ね?』
『うん!』
『じゃあ、先にキリシス語を勉強しましょうか』
『………………ゑ?(失言)』
そんな事がありましたとさ。
………いや、自分でもあざといと思う。
だが、1才ちょっと過ぎの子が、いきなり教えてもいない「回復魔法」とか言っちゃったら怪しまれるだろう。仕方がない。そう、これは仕方がないのだ。狙ったわけではない。そう、ぶりっ子では断じて無い。
ちなみに、キリシス語とは人間──こっちで言うところのヒューマン──が使っている言語で、マミーが回復魔法を使うときに唱えているのが、そうであるらしい。
最初は語順を覚えるだけで使えるものだと思っていた。だが実はそうではなく、意味が分かっていないと使うことができないらしい。それに加えて適正も必要とのこと。
結構ハードである。
もう知ってはいたが、ステータスについても教えて貰った。
新しい収穫としては、キリシス語のレベルが5無いと魔法が使えない、ということだ。
この世界は獣人に厳しすぎないだろうか。人生ハードモード過ぎる。
あれから毎日ずっとキリシス語を勉強した。雨の日も風の日も、パピーが泣いてる日も、ずっと。
その時間、おそよ8ヶ月。お陰で完璧と言えるほどにマスターした。俺って実は、天才かもしれな(殴
今の俺のステータスはこうなっている。
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種族:ラクーン
名前:メル
Lv:1
HP:60/60
MP:13/13
力:19
耐久:15
敏捷:22
器用:15
魔力:5
スキル:ステータス閲覧Lv7 シャンパーユ語Lv8 キリシス語Lv7
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キリシス語をマスターしたと言ったな。あれは嘘だ。
まあ、と、ともかく、魔法を使えるようになったわけだ。適正が有れば、だけど。
───と、いうわけで今から魔法を習います。
目の前には弟を抱えたマミーがいて、その対面に俺がいる。マンツーマンだ。
「じゃあ、メル。今からマミー言うことを繰り返し言いなさい。意味を噛み締めながら言うのよ」
「は、はい」
ちょっとマミーの口調がマジだ。それほど真剣ってことなんだろう。
『水よ、大地よ、天の恵みよ。今ここに安らぎをもたらし、この醜き跡を取り去り給え…………レスト』
マミーから薄黄緑色の光が出てくる。その光は数秒間漂って消えていった。
「これが詠唱。はい、メルもやってみて」
俺は深呼吸で気持ちを落ち着かせた。そして、詠唱する。
『みずよ、だいちよ、てんのめぐみよ。いまここにやすらぎをもたらし、このみにくきあとをとりさりたまえ……………れすと』
その瞬間、俺の手からマミーのものと同じ色の光が出てきて、少し辺りを漂った後、消えていった。
「!??」
「出来………た?」
マミーの方を見ると驚いている。ということは成功した、ということだろうか。
そう思っていると、ドっと疲れが押し寄せてきた。何が起こったのかとステータスを開くとMPが13から3になっていた。どうやら、MPが無くなってくると疲れが凄いことになるようだ。
マミーが、倒れそうになっていた俺の体を支える。ちょっと眠くなってきてしまった。これからはMP増やさなきゃ、な………
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(この子は天才かもしれない)
マミーこと私──シルは、疲れて眠っている娘を見てそう思った。
そもそも魔法は、誰でも覚えられるようなものではない。キリシス語をある程度扱えなくてはならないし、適正も必要だ。
適正については私の子だし、大丈夫だろうとは思っていた。しかし、キリシス語はそうはいかない。文法がシャンパーユ語と違うし、もちろん言葉も覚えていかなくてはならない。
とてもではないが2才の子が出来ることではないのだ。私が魔法を使えるようになったのが7才の時であることを考えると、メルは、最早天才という言葉でも表しきれないだろう。
私は、どうせなら早い頃からやってた方が良いかな? くらいにしか思ってなかったのだけれど。
でも、さっきこの子が使ったのは紛れもない、回復魔法のレストだった。これだけ才能があるのに、魔法を覚えずに終わらせるのは勿体ない。
「腕が、なりますね」
今日、ここに、超絶スーパーウルトラ鬼コーチが爆誕した。