閑話 とある凄腕パーティーの話1 sideフィーネ
重たい空気が、その場を支配していた。
その原因は、“とある知らせ”に依るものだった。
私は辿々しく、それを読み上げる。
「『迷いの森』にて、新種の獣人が発見。
【隻眼の虎】と【神聖騎士団団長クロード】の指揮の許、討伐を決行。これにより、成体|は全て|殺処分。幼体は、ゼルベリア王国の、ジガート、へ。
────なに、これ」
“あの家族”にまた会いに行こうと拠点のウルゾームを発って2ヶ月が過ぎた頃、それは私達の耳に入ってきた。
ラクーンの人達が死んでしまった、という知らせが。
「……き、きっと誤報か何かだよね……?」
言葉とは裏腹に、くしゃっ、と持っていた紙が哀れなまでに折れ曲がる。
その様子は、まるで今の私の内情と相違無かった。
言葉に出来ない気持ちが心を埋め尽くす。
これは困惑、動揺。それとも、怒り、だろうか?
「…………」
その気持ちが何なのかを理解出来ぬまま。
私は、もう読めなくなった紙から手を離し、後ろに立つ2人へと向き直った。
「ローゼットとユーインは……どう、思う?」
声は震えていた。
まだ夜が明けたばかりで、このギルドには私達3人以外に冒険者はいない。
そのせいか、いやにそれが反響した。
「「…………」」
どんな時でも私達を元気付けてくれたローゼットでさえも、この時ばかりは口を閉じた。ユーインは言わずもがなだ。
それに腹が立ってしまうのは、私がどうかしているからなのだろう。
2人は悪くない。そう分かってはいるものの、口から出ようとする声を止めることは出来なかった。
「何か、言ってよ……『これは嘘だ』って言ってよぉ……」
本来であれば、あのガルドやシルが死ぬわけが無い、と一笑に付していたことだろう。
それほどまでに、あの2人は強い。
だが、紙に書かれた、【隻眼の虎】──Sランク冒険者という文字が、それを赦してはくれなかった。
……Sランク冒険者とは、分かりやすく言えば人智を超えた化物のことだ。
たった7人。
されど、その1人1人が、1つの国家に相当する力を持っている。
──狼の獣人であり、50階層を超える深層ダンジョンに1人で潜り、当たり前のよう破壊し尽くす狼の獣人【餓神】
──数千を超えるモンスターと対峙し、それを蹂躙した【隻眼の豹】
──神話時代から生きているハイエルフにして、魔法の全てを頭に修めたとも言われる【星紡者】
──迷宮の守護者の攻撃を全身に浴びて尚、無傷を誇り続けるエルダードワーフの【不沈の小壁】
──ギルドの最高責任者であり、1000を超える冒険者で構成された『クラン』の団長をも同時に務める【道化】
──剣の腕も然ることながら火の上級魔法を無詠唱で発動し敵を殲滅する【戦姫】
──『最強』の名を以て君臨する、【頂点】
そんな化物のうちの1人である隻眼の豹が、『迷いの森』へと出向いたというのだ。
勿論、認めたくないし、信じたくない。
けれど──……、。
「……っ」
今だって、彼らが生きていると信じている。
それは変わらない。
なのに、心の何処かで『もしかしたら……』と思ってしまう自分がいるのだ。
現に、こうして何も言い出せないことが、それを肯定していた。
きっと、ローゼットもユーインも同じ気持ちなのだろう。
それから幾何かの間、私達3人は、ギルドの、無駄に綺麗な床を見ることしか出来なかった。
しばらくして。
「……ジガートに行ってみるのは、どうだろうか」
「!」
私たちの沈黙を破ったのはユーインだった。
どれくらいの時間そうしていたのか。
体感では5分と経っていないと思うのだけど、回りには既に冒険者がちらほらと見え始めていた。
「記事の通りなら、少なくとも子どもは殺されてはいない。ジガートに行けば、俺たちでも最低限のことは出来る筈だ」
その声音はまだ少し暗いものの、口調や目の鋭さはいつものユーインに戻っている。
そんな彼の様子を見てか、ローゼットも口を開いた。
「そうだな! ジガートに行けば、メルちゃんやアル坊とも会えるさ! オレはユーインに賛成するぞ! フィーネはどうするんだ!?」
ローゼットの無駄に大きな声が──それでも今は有難いが──広いギルドに響く。
居合わせた冒険者の誰もがこちらに一瞬目を向けるが、すぐに興味を失ったようで各々の作業に戻っていった。
その、いつもの光景に、場違いながらも苦笑してしまう。
「……分かった。行こう、ジガートに」
ほんの少しだけ。
胸が軽くなったように感じるのは、決して気のせいでは無いのだろう。
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そこからは早かった。
本来であれば5ヶ月かかる道のりを、たった3ヶ月で踏破した私達を待っていたのは、地方都市にしては立派すぎる外壁を持った街。
言わずもがな、ジガートだ。
やけに長い行列を経て砦の中に入ると、王都に引けを取らない綺麗な街並みが目に飛び込んでくる。
整備された地面。
見える家は全てレンガで造られている。
奥に見えるのはまさか、噴水だろうか。
一目見ただけで、生活水準の高さが窺えた。
前に訪れた時はいかにもな田舎という感じだったのだが、どうやら、良い領主に恵まれたらしい。
今は夜ではあるものの、魔石灯が街中を照らし、人々は活気に湧いている。
通りの両側には、食べ物は勿論のこと、骨董品等を取り揃えた屋台が所狭しと並んでいた。
……いつもであれば買い物を楽しむところなのだが、今はそんなことはしていられない。
何よりも、優先すべきことがあるのだ。
そこまで考えて、私は『ふぅ』と息を吐く。
「やっっっと着いたね。よし、じゃあさっそく奴隷商人の所に──いたっ!?」
そして意気揚々と口を開いた途端、スパンッ! と、何故かユーインに後頭部を叩かれた。
あまり痛くはなかったのだが、後頭部を押さえてしゃがみこむ。
「なにするのさ、ユーイン!」
ジト目で、叩いた張本人の方を振り向くと、そこにはお手本のような呆れ顔があった。
彼は、首を振りながら溜め息をする。
「いきなり突撃するとかアホなのか。……いや、アホだったな」
「~~~~っ!」
「そもそもお前、奴隷商の場所分からないだろ」
「あ」
ホントだ。
情報とか一切無いや。
「……はぁ」
ユーインは額を押さえ、クソデカ溜め息。
「……今回の作戦は、下手をすれば俺達の冒険者稼業が終わる可能性だってあるんだ。慎重に行動してくれ。
……こんなこと、筋肉ダルマだっ分かってるぞ」
「ん? 何がだ?」
「……もうやだ」
「ご、ごめん、ユーイン」
「……情報収集は明日までに俺が調べておくから。
お前らは……そうだな。あそこの店で適当に情報収集でもしといてくれ」
そう言って、ユーインは私の後ろを指差す。
私が振り向くとそこには、大きいとも小さいとも言えないような“酒場”があった。
店中からは、楽しげな雰囲気が漏れ出ている。
「……」
(これってあれだよね。私たちが足手纏いだから付いてくんな食いもんでも食ってろ、ってことだよね)
……ちょっと腹立たしいけれど、全く以てその通りなのでぐうの音も出ないのが更に辛い。
でも、なんというか、ここで手伝わないのは違う気がした。
「ユ、ユーイン。私たちにも手伝えることがあれ、ば……」
向き直りながらそう告げる。
だが。もうそこに、ユーインはいなかった。
「えぇ……」
わざわざ私たちの視線まで誘導して、自分だけ単独行動を始めやがったのだ。どんだけ付いてこられるの嫌なんだ。
そんな彼が元居た場所の地面には、丁度2人分食べられそうな金額の貨幣が置かれていた(お金はユーインが管理している)。
「……まぁ、仕方ない……よね」
奴隷の教育期間中の待遇は悪くは無いと聞くし、焦る必要はまだ無いと思う。
ここは、ユーインに任せるが吉だろう。
「ローゼット、行こうか」
「ああ!」
ローゼットと一緒に酒場へと進んでいく。
と、そこで、私の目にとある文字が入り込んできた。
「──『熊の蜜嘗め亭』、か」
一体どんな酒場なのだろうかと思いながら、私達は店の中へと入っていった。




