エピローグ ハロー・アンノウン・ワールド
「……あの、なぜ学校に通うことが条件なのでしょう? 不満があると言うわけではないのですが、一応、理由は知っておきたいです」
俺の発言から少しだけ時間を置いて、エイミが1歩前に出てクリフへと疑問を投げ掛けた。
「んー。まぁ、言ってしまえば君達は、まだ監視対象なんだよ。先程のアレは僕らなりの譲歩だと思ってくれ。……言い方は悪いが、致し方無いダメージという訳さ」
「そう、ですか」
対して、クリフの返答は毅然としたものだった。
それにしても、なかなかにエグいことを言ってくれる。
7才だよ? 俺たち。
「もう1つ、良いでしょうか」
「ああ、良いよ」
「──学校に拘る理由はなんですか? ウルクにも、他に監視出来る場所はあった筈ですが」
「「……」」
というかエイミ。
俺はともかくとして、君は正真正銘の7才児でしょ? なんでそんなにしっかりしてるの?
あ、あれか? これが本当の才能というやつなのか? がっでむ。
「……君たちって確か、まだ10にも届いてなかったよね? さっきから言葉の1つ1つが的確過ぎてちょっとお兄さん怖くなってきちゃったんだけど」
やっぱりクリフもそう思うか。
いやまぁ誰だって思うよな。
人間だもの。
……だが、エイミの問いに関しては、俺も気になってはいた。
確かに、監視するだけなら学校に入らずとも可能な筈だ。
それこそ、王都の冒険者ギルドが取り壊されでもしない限り、そこで世話になるのが道理のよう気もする。
となると、なぜそうまでしてクリフが学校に拘るのか、こちらとしては判然としないのである。
現在、一部とはいえ人間に疑心を抱いてしまっている俺としては、何か裏があるのではないかと思ってしまう。
俺も『答えて』と言わんばかりにクリフの目を見る。
ややあって、クリフは話し始めた。
「……同じ冒険者ギルドと言っても、そこまで信用が有るわけじゃ無いんだ。管轄外には幾らボクといえども手を出せないしね。
それに、『いきなりやって来た2人の少女の監視をお願いします』なんて言っちゃったら、何か勘付かれる可能性もある。……そこで、『子どもを義務的に見ててくれる学校』の出番、と言う訳だ。
理由付けのみで君たちの情報を開示するのはリスクが多過ぎるからね」
なるほどね、納得。
「……分かりました」
エイミも、それを聞いて引き下がった。
だがその時、俺はそんなエイミに違和感を覚えた。
何か。
少しだけ。
彼女の元気が無いように見えるのは気のせいなのだろうか。
「……もしかして、学校、行きたくないの? なにか、心配事がある……?」
俺は単刀直入に、そう尋ねた。
「!……い、いえ、そんなことは──」
……やっぱりな。
口では否定しているが、俺には分かった。
エイミは、明らかに無理をしている。
「──本当のこと、言ってほしい」
「!……はい」
どうやら図星だったようで、驚きを見せた後、エイミは項垂れる。
「そ、その。クリフ様の言っていることは確かに的を得ています。というより、私たちの『監視』と『保護』という点では最善、と言っても過言じゃありません。ですが、私には少し──」
「あんまり、人目には付きたく無い、ってこと?」
「……はい」
静かな肯定だった。
やはり、怖いのだろう。
殺されかけたトラウマというものは、簡単に消えるものじゃない。
冒険者ならともかくとして、学校では容姿諸々がオープンになるわけだしな。
そんな深刻なエイミの様子に、流石のクリフも押し黙った。
しばらくして。
「んー。そうは言っても、これを曲げるワケにはいかないんだ。そうなると、やっぱりここに居て貰うしか無くなってくるんだけど──」
「──それは嫌なんです!」
クリフが言い終わるや否や、エイミは否定の言葉を口にした。
「メル様と行けないのも、私が足枷になってしまうのも。……どっちも、嫌なんです。……そうなってしまうくらいなら、私は──」
弱々しい口調で、けれど信念が篭った声でエイミが宣言する。
「エイミ……」
と、そこで。
「1つだけ、方法がある」
「え……?」
今まで沈黙を守ってきたセルカが、不意に口を開いた。
「特待生として入学すれば良い。母数自体が少ない上に、棟も通常のクラスとは別だ。他の生徒とも遭うことも減るだろう。
だが、小等部とはいえ特待生……全受験生の中で10位以内に入るのが絶対条件になる。倍率にしておよそ70倍だ。中々に鬼門と有名だぞ? もしどちらかが落ちればその時点で別々になることが確定するが。それでもやるのか?」
身体を射抜くようなセルカの鋭い視線に、エイミは文字通り圧された。
「セ、セルカさん。流石にそれは難し──」
「──それは2人が決めることだ。我々が口出しすることではない」
仲介に入ろうとしたクリフも、セルカによって制されてしまう。
「さて、どうする?」
セルカの眼が、俺たちを映した。
しばしの沈黙。
「……わたし、は。エイミは──、」
先に口を動かしたのはエイミだった。
「エイミは、メル様の足枷にはなりたくありません。だから──!」
声は小刻みに震え。
全身からは汗がふきでている。
「特待生という危ない橋を渡るくらいなら、通常のクラスに──」
「──私は、エイミと一緒に、特待生のクラスに行きたい」
エイミの言葉を遮って。
気が付けば、口が動いていた。
「!」
エイミの目が見開かれる。
「特待生なんて、らくしょうだよ。2人で、オーガだって倒せたんだよ?」
──フィーネ達を追いたい。
だけど、エイミにも無理はしてほしくない。
それなら。
エイミは、こちらの意思を優先してくれると言ってくれている。だから俺も、それに応えるべきだ。
これが、最善手だ。
「……っ、ずるい、ですよ、メル様。それを出してくるなんて……」
「ご、ごめん……」
「もうっ、分かりました! なりましょう……特待生に!」
少女が微笑む。
「……うん」
微笑み返す。
その様子を見守っていたクリフもまた、頭を軽く掻きながら苦笑した。
「君達の意思を尊重するよ。ボクに出来ることは全てやっておこう」
「「……ありがとう
……ありがとうございます」」
話は決まった。
あとは、行動に移すだけである。
(それにしても、この世界の学校か……どんな感じなんだろ。楽しみ、だな)
この時の俺は、知らない世界に心を踊らせていた。
…………この時は、まだ。
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時は3ヶ月程、遡る。
とある森の奥深く。
その少年は、『穴』を掘っていた。
彼の手に、道具などは一切無い。
素手だけで、何時間と掘り続けているのだ。
ざく、ざく、ざく、ザク。
弱々しく細い手には、血が滲み始めていた。
だが、少年は止まらない。
ナニか取り憑かれたかのように、黙々と、延々と掘り続ける。
ほんの、数日前のことだ。
少年がいた集落は燃やされ、同族の大人もそれに続いた。
唯一残っていた彼の両親の死体も、それは酷いモノだった。
母親の全身はひしゃげ、所々潰れ切れている。
父親の身体は両方の脚が膝の部分から無くなっており、両目は潰れていた。
その表情は怨嗟に暮れており、頭から離れてはくれない。
「…………」
その少年は、2人が死ぬところを、見てしまったのだ。
母親は、少年を守るために死んだ。
父親は、皆を助けようとして、長い時間戦って、死んだ。
あの隻眼の怪物によって、殺されてしまった。
少年は獣人だ。
つい先日までは、両親がいて、姉がいて、幸せだった。
それが、たった1日で無くなった。
なくなった。
好きだった両親が死んで、大好きだった『おねえちゃん』は連れ去られた。
だけど、自分は無事だった。
ただ、それだけのことだ。
「あは、あははハはははハハ
ハははハ ハはは は
は は は ハ
は ハ
ハ
ハ
ハ
は
ハ
は
あは♡」
狂っていた。
どう足掻こうとも、元の生活には戻れない。
物理的にも、精神的にも。
良くも、悪くも。
少年は壊れてしまっていた。
そして、笑い声が──もっとも、それを笑い声と表して良かったのかは分からないが──止まった。
「……これで良かったんですよね? あなたの言うとおりにすれば、おねえちゃんは戻ってくるんですよね?」
少年の近くに人は見当たらない。
あるのは両親の死体だけだ。
だが、少年は『誰か』に語り続けていた。
絶望していた自分に道標を与えてくれた、『誰か』に。
彼は、作る 造る 創る
墓を 怨恨を 復讐心を
深く 深く 深く
言われた通りに。
世界は、誰も知らない世界へと、軌道を変えた。




