29話 怪物の見たモノ
『彼』は、とある感情に身を包まれていた。
だが、未だにその感情を理解することは出来ないでいる。
当たり前だ。
モンスターが持つことを赦されない感情なのだから。
故に、残るは歓喜のみ。
────目を潰された?
それがどうした。
────卑怯な手ばかりを使う?
捩じ伏せてやるさ。
『彼』は嘗て無いほどに歓喜していた。
昔、C級冒険者4人を八つ裂きにしたときよりも、ずっと。
避けられない筈の攻撃を浴びせても無理矢理逃れ、片腕を捥がれてもなお向かってくる。
今まで、彼にとって戦いとは蹂躙だった。
腕を薙ぐ、たったそれだけ。
だがしかし、今回はまるで違う。
終わらない。
いや、終わりが見えない。
終わりを掴もうとしても、空を切るのだ。
初めての感覚だった。
ただ悲鳴を浴びることだけが悦びであった『彼』に、本当の接近戦を見せる少女の姿は、見えないまでも、何よりも輝かしく見えた。
己の眼に、暫く光は届かない。
加えて、辺りに点在する紅い液体により、鼻も利かない。
だが、『彼』にはまだ音があった。
今尚、少女らの位置が手に取るように分かる。
それに、目もあと1分と掛からずに治るだろう。
いつでも懸かってくるがいい。
名残惜しいが決着を着けてやる、と、
『彼』は初めて剣を構えた。
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俺はその一筋の『勝機』を、エイミに託した。
エイミの姿は見えない。
だが、何故か場所が分かったのだ。
エイミもそれを握ってくれた。
既に出しきったと言わんばかりに、腕からの出血は止まっている。
「────。」
時間も、もう僅かだ。
エイミの魔法も1分と経たずに切れてしまうだろう。
俺は、振り返った。
静かに佇むあの、オーガを。
────最後の、戦場を。
俺は、歩き始める。
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『!?』
『彼』は驚愕した。
今までとは違い、焦りもなにもなく、悠然と歩いてくるその足音に。
二人いた筈の気配が、一人だけしか感じられなくなった自分の5感に。
そんな『彼』を置いて、その音は己の背後へと回り込み、静止。
だがここで、彼は勘づいた。
────後ろは囮だ、と。
恐らくは己の前に。
息もせずに立っているヤツがいる。
『彼』は笑みを浮かべた。それは、勝者の笑みだった。
後ろに気を引いている隙に前から攻撃を加えようという少女らの浅はかな駆け引きを嘲笑う。
その瞬間。
だっ、。
『彼』の思考を肯定するかのように、前方から大地を蹴る音が聞こえた。
蹴る強さ、間隔。
間違いない。
強い方だ。
その音は『彼』の目の前で、跳躍した。
己の胸元目掛けて躊躇なく突っ込んでくる。
『彼』は、そんな哀れな獲物に、
『……』
大剣を薙ぎ────。
次の瞬間。
パキンと、音がした。
『……ッ!?』
それは、少女が断たれた音でも、況してや自分の魔石が砕かれた音でもなかった。
そんな音が、静かな迷宮に響く。
そこで。
『彼』の目に、光が差し込み始めた。
同時に、『少女』の魔法も解ける。
『────、、。』
『彼』は、この光景を、永遠に忘れることは無いだろう。
────綺麗だ。
怪物は。
邪念も。
疑念さえなく。
ただひたすらに。
『それ』に魅入っていた。
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────輝く。
少女らの意思を投影したかの如く、それは爛々と輝いていた。大剣によって粉々になった今でなお、輝きは衰えていない。
奥には、それを投げたであろう、白髪の少女の姿があった。
録音器。
それは、ゼファーがメルに預けた『勝機』の名。
メルが託し、エイミが手繰り寄せた唯一無二の『光』だ。
本来の用途とは全くもって異なるそれは、だが確かに、矮小な彼女らの勝機へと昇華した。
虹色に輝き、暗闇を照らす。
バラバラになった録音器は、美しくも儚く、しかし力強く、迷宮に舞った。
そして。
「があああああああああああっ!!」
『──ッ!?』
『彼』の背後から咆哮が上がった。
そこで初めて、近づかれたという事実に気づく。
本来なら気づけたはずの接近。
だが、とある少女の魔法によって、僅かに──けれどそれは絶対的な差となって──気付くのが遅れた。
咄嗟に振り向く。
そこには、獣の少女がいた。
『──ォ』
微かに漏れる、震えた声。
身に合わない大剣を右腕に構え、その少女は自分に迫ってくる。先程と同じ、いや、それよりも遥かに多い紅の粒子を纏いながら。
(──無駄にはしない。無駄になんか、させない)
薄暗いダンジョンを、赤く、赤く、照らしていた。
瞬間。
『彼』は理解した。
今まで感じることの出来なかった感情を。
────『恐怖』という、己がその少女に抱いていた感情を。
(レベル10分の代償っ!)
目の前に立ち尽くす『彼』に向けて。
俺は、その一撃を放つ。
『──ォォ』
描かれる紅の円弧。
自らの心臓に吸い込まれてゆく、華麗とは程遠い武骨な大剣。
……あぁ、嫌だ。
こんなところで死ぬのは。
あぁ、嫌なんだ。
こんなところで、舞台を降りるのは。
──やっと。
楽しいって、思えたのに。
「──ぁあああああああっ!!」
力の本流が、彼へと迫る。
その顎に為す術無く飲まれる寸前、彼は何を思ったのか。
それは、『神』でさえも知らない。
今ここに、喜劇の一幕が綴られた、ということ以外は、何も。
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その日、『それ』は静かに下った。
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ここは、国民の大半が冒険者であり、世界屈指の大国でもある『ベルペティア』。
国の中心に佇む城は、圧巻の一言に尽きる。
そして。
その最上階に、その2人はいた。
「…………くく」
一方は、齢14程に見える可憐な少女。
赤と白銀で織り成された流麗な髪は腰まで伸びており、顔もこれ以上なく整っている。
もう一方は、体の所々に強固な鱗を生やした2mを超える竜人の武人だ。
静寂が辺りを包み込む中、徐に、少女がその体に似合わぬ口調とともに吹き出した。
「くかか、かははははは! よーやく来たようじゃな!『壊拓者』が。お主もこの先、面白くなるとは思わぬか?」
「全ては、姫の仰すがままに」
「……まったくぅ、吊れんのう」
楽しげな問いに対し、受け答えは何とも素っ気ない。
この2人の関係は主と従者だ。
詳しく言えば、姫と側近。
冒険者が国民の大半を占める、別名『冒険都市』の主も、その例外ではなく冒険者に身を連ねている。
片や『戦姫』。
片や『頂点』。
そう名乗ることを許されたSランク冒険者である。
そんな2人の元に、『それ』は下った。
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「……」
とあるダンジョン。
その、57階層
彼は、迷宮の魔石を前でたった1人で佇んでいた。
彼の右手には、既に事切れているSランクモンスター、迷宮の守護者の肉片が鷲掴みにされている。
「チッ」
舌を弾はじく音が、最期が近い迷宮内に響いた。
「面白くねぇ……」
そう言う彼の口元には、言葉に反して小さく笑みが浮かべている。
それは、新たな刺激への歓迎でもあった。
彼は、右手に握っていた守護者の眼球を指で弾く。
直後、バキッと。
ダンジョンの魔石が、我が子の一部によって破壊された。
魔石から光が溢れ、彼を映し出す。
────鋭い八重歯、突き出した鼻、特徴的な耳、全身を覆う白銀の毛を。
そう、獣人だ。
彼はその中でも、随一の凶暴性と力、俊敏を備えている種族──『ワーウルフ』。
2つ名は『餓神』。
獣人の英雄。
そんな彼は、崩れゆくダンジョンの中でなお口を開く。
「やってみせろ、『凶兆』」
彼の元に、『それ』は下った。
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「……おいおい、まぁじで言ってる……? あの子が? あの爆弾が? は、はは、はっはっはっはっはっはっはっはっは!」
笑い声が大仰に反響した。
場所はとある執務室。
そこに、その男はいた。
「あはははははははははははははははゲッホッゲッホ!」
黒髪黒瞳。
本来イケメンであった彼の顔は、そのゲスい笑みにより台無しになってしまっている。
だが、次の瞬間。
「……さて、『主演者』はどう足掻くかな?」
と。
先程の笑い声からは想像も出来ないほどの暗い声音で言う。
しかし、「なぁんてね」と。また明るい口調を取り戻した。
掴み所の無い人物。
端から見ればそういう印象を抱くだろう。
故に、『道化』と。彼はそう呼ばれる。
そんな彼にもまた、『それ』が下った。
────『神託』が。
とある獣の少女によって、正史が変わりつつある、という『神』の言葉が。
『壊拓者』
『凶兆』
『主演者』
言わずもがな、これらは全て、同一人物を指す。
この彼女の存在によって、世界がどうなっていくのか。
『神の声』を持つ各地の要人達は、静かに、その時を待っている────。




