25話 紅き壁
「メ、メル様……あれって……!」
「うん……!」
俺とエイミは、とある光景を目の前に、足を止めていた。
歩き始めてから15分が経った頃である。
魔石が、あったのだ。
何の、なんて言うまでもない。
ダンジョンの魔石が、あったのだ。
100mほど先で、それは紫紺に輝いている。はっきりとは分からないが、大きさも通常の魔物とは比べ物にならないほど大きい。この暗かった道を、魔石の光だけで明るく照らしていた。
「行きましょう! メル様!」
エイミから歓喜の声が上がる。
そりゃそうだ。
この地獄から解放されるのだ。喜ばない訳がない。
実際、俺の心にも『希望』という2文字が浮かんでいた。長らくの絶望から解き放たれることを身体中が望んでいる。
だが。
『────。』
「──ぇ」
「メル様?」
足がぴたりと止まってしまった俺に、エイミが視線を投げ掛けてくる。
……汗が。
冷や汗が、頬を伝っている。
(今……何かが、聞こえたような──)
咄嗟に振り返る。
──背後には、何もない。
顔を正面に戻す。
──やはり、何もいない。
(気のせい、か)
疲れているのかもしれない。
「ん、ううん。なんでもない。いこう」
確信の無い推測で、あまり不安を煽るべきではないのだ。
俺達は魔石のお陰で徐々に明るくなっていく道を、再び歩き始める。
エイミは一刻も早く向かいたいようで、俺の数歩手前を先行していた──その時だった。
『──────ォ』
「 」
またしても、足が止まった。
そんな俺に、エイミが振り返り、言う。
「どうしたんですか? メル様。先程から様子がおかしいですが、もしかして具合でも?」
「……」
「め、メル様?」
俺は答えることが出来なかった。
先程の推測が本当になろうとしているという事実に、逃げ出したくなる。
エイミには、何も聞こえていない。
しかし俺には。
獣人である俺には、確かに聞こえたのだ。
怪物の呼吸が。
再び、後方を振り向いた。
だが、そこにはナニもいない。
前に向き直しても、結果は同じだった。
影1つさえ、見当たらない。
(どういう、こと……!?)
幻聴、などという甘い考えはとうに捨てている。
妥協すれば死ぬ。それがダンジョンだ。
それに、アレは幻聴などではないと、妙な確信もあった。
でないと、こんなにも全身の毛が逆立つ訳がない。
今なお、獣の勘がけたたましく鳴り響いている。
「……っ」
俺は即座に、音の発生源を探り始めた。
(あの音は色んな方向から──つまり、ダンジョン全体から聞こえてきた。普通なら1方向からしか聞こえてこないのに、だ。まるで、壁から直接響いているような…………え?
……………………壁?)
そう、思った瞬間だった。
────バキバキバキィッ!!
壁が割れた。
比喩などではない。
言葉の通りに、粉砕された。
「……ぇ?」
「 」
1人は声を漏らし、もう1人は息を飲んだ。
『産まれる』
なんて生易しいモノではない。
無理矢理ぶち壊した、と表現したとしても割に合わないような轟音が、迷宮中に響いた。
ドシン、ガラガラガラ、パキパキ……
擬音後で表すならば、そんな気の抜けた音だっただろう。
「……」
「……ぁ、あぁ……!」
だが。
俺達にとっては。
それは世界に存在するどんな音よりも。
『ォォォォォ──』
──死の、象徴に思えた。
『彼』は、そんな俺たちの目の前に降り立った。
もう少し進んでいれば避ける暇もなく当たっていたと、心の何処かで思うが、そんなのは関係無かった。
何故なら、どんな選択肢を選んだとしても、殺されるのが早くなるか遅くなるかの違いでしか無かったからだ。
それほどまでに目の前の存在は圧倒的だと、生物としての本能が告げる。
教わったことのない魔物だった。
だがしかし。
それは、最低でもBランク以上の魔物、ということの裏返しでもある。
それに、教えて貰ったことが無いとはいえ、俺はソイツを知っていた。
その容姿が、余りにも有名だったからだ。
────3メートルを裕に越えるその巨躯は筋骨隆々とし。
体色は血を彷彿とさせる紅。
右手には、明らかにダンジョンのモノではない両大剣が、まるで片手剣の如く握られていた。
そしてなにより目を引くのが、その額に生えている2本の角だ。
俺は震える体をそのままに、確認とばかりにステータス鑑定を使用した。
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種族:オーガ(B+ランク)
名前:なし
状態:憤怒
Lv:50
HP:1028/1028
MP:0/0
SP:1021/1022
力:1061(+120)
耐久:1002(+150)
敏捷:581
器用:401
魔力:0
スキル:剛力Lv8 剛皮Lv7 咆哮Lv9 自然治癒Lv10 超感覚Lv-
称号:迷宮の守護者
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あ、終わった。
『──ォオオオオオオオ!!!』
大気を。
ダンジョン全体を震わす大声音。
「…………っ」
目の前に聳える紅き壁は、絶望にしか見えなかった。




