23話 周囲の目
「その、メル様? もう少しモフらせていただけませんか……?」
「…………へ?」
酷く気の抜けた声が漏れた。
俺は、数秒ほど瞬きを繰り返しながら、エイミの言葉を脳内で吟味する。
(……え、今なんて言ったの? なんかモフらせて欲しいって聞こえたんだけど。い、いやいやまさかまさか、この世界の獣人の立ち位置からしてそんなことあるわけ──)
「あ、いや、別に変な意味では無くてですね。もうちょっとその柔肌ならぬモフ肌を堪能したいと言いますか」
「……」
どうやら、聞き違いではなかったらしい。
あ、あれか?
前世の俺も猫を飼っていたのだが、多分、なんの意味もなくモフってたあの感じに近いのか。
『Q.なぜモフった?』
『A.そこにモフモフがいたから』
こんな感じだ。
登山家が山に登るのと同じ理由だね、知らんけど。
先ほどエイミが俺への『もふり』に関して何も言わなかったのは、それが当たり前のこととして脳内で処理されていたからだろう。
やっと、先程の行動が繋がり始めた。と、そこで今更ながらに疑問が浮かぶ。
「嫌じゃないの……?」
「え?」
今度はエイミがポカンとする番だった。
正座をしたまま硬直して……っていうかそれ痛くないの? 思いっきりゴツゴツしたところに正座してるけど──、という新たな疑問も浮かぶが、今はそれどころではないので質問を続ける。
「獣人だよ? 獣人は迫害されてるんじゃ……?」
そう言うと、エイミは答えづらそうに頬を掻いた。
「え、えーと。確かに、獣人達は迫害されてます」
(……やっぱり、そうなんだ)
あからさまにしょんぼりする俺に対しエイミは、「ですが!」と話を続けた。
「実際、迫害をしてるのはサリエス教徒と、一部の人達だけです!」
「え? そうなの?」
「そうです! 獣人でSランク冒険者、なんて人だっています。まぁ、メル様はヒューマンになれるという前代未聞の獣人ですから、隠しておくのも良いかとも思いますが。そもそもこんな素晴らしいモフモ──ゲフンゲフン魅力的な種族を迫害するなんてふざけています!」
「……」
茫然とする俺に対し、エイミは面持ち真剣な表情で、しかもちょっと興奮気味にそうのたまった。
しかして、その内心はメルを独占したいという願望で渦巻いている。
メルはそんなことは露知らず、質問を重ねた。
「それで、いつからこの姿に?」
まぁ、そうは言ったものの、ほとんど答えは分かっていた。
だがそれは、今までの苦労は何だったんだと思わざる得ないもので──、
「え、倒れた時、ですよ?」
「……スゥーーーー」
俺はすぐさまステータスを開いた。
人化の欄に目を向ける。
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『人化』──種族をヒューマンに変更可能。
意識を失うと強制解除、睡眠時もまた解除となる。発動したままであれば覚醒時に強制人化。ただし、その時他者からの接触がある状態だと失敗。さらに、使用時には全ステータスに《表記されない》1割の低下値が与えられる。
このスキルは他者からの鑑定では閲覧不可能。
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「……これはひどい」
何て言うかもう、色々と酷い。
前に見たときには、こんな表記は無かった。
もしかすると、ステータス鑑定がLv4になったお陰なのかもしれない……が。
「……」
「め、メルさま?」
エイミが問いかけてくるが、ごめん、今はそれどころじゃない。
ということは、だ。
ゼファーの隣で『意識を失った』時。
セルカの家で『寝た』時。
もしかしなくても『人化』は解けていたのではないだろうか。
アルマも同じだ。
店の屋根裏にいたのだから、寝顔くらいは見に来てても不思議ではない。
そして恐らく、それが分かった上で今まで接してくれていた……と。
「……」
あの時──噴水で目を覚ました時だって、ゼファーもめちゃくちゃ驚いてたような気がする。
多分それは、俺が急に『強制人化』したからだろう。
それしか考えられない。
「……もう」
何とも言えない気持ちになる。
それが感謝なのか、はたまた困惑であるのかは分からない。
ただ、悪い感情ではないことは確かだった。
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時は1日前に遡る。
「やはりブラック過ぎるな、この仕事は」
ギルドの受付嬢であるセルカは、エルフらしくない愚痴 (ただしドワーフの愚痴は言いまくるが) を吐きつつ、膨大な量の書類を整理していた。
時間帯は夜。
ちらほらと冒険者の姿が見受けられるが、それだけだ。昼のような賑わいは鳴りを潜めている。
彼がやってきたのは、そんな時だった。
ダダッ! と鋭い足音をギルド内に響かせて、その姿を露にする。
「セルカさんっ、嬢ちゃんを見ませんでしたか……!」
聞き慣れた声。
セルカは、その人物が誰であるのかを瞬時に悟った。
「どうした、貴様らしくない。メルには貴様が直接見張りをつけていただろうに──……何があった?」
書類を整理していたセルカが振り返ると、案の定、そこにはBランク冒険者であるゼファーがいた。
だが、その様相は明らかにおかしい。
歴とした猛者である筈の彼が肩で息をし、果てにはその逞しい身体からは滝のように汗が流れ出ているではないか。
一体どれほどの速度を出してここまで来たのか。
うっかり一般人を轢き殺してないかと心配になりつつも、ゼファーに限ってそれは無いと、極小確率を切り捨てる。
けれど、只事でないことをセルカは確信した。
「……詳しく聞かせろ」
「はい、実は、、」
ゼファーは事の顛末を話し始めた──。
「──戯けめ……何故それをもっと早くに言わなかった」
その声音は落ち着いていた。
だが、それは見掛けだけだ。
聞く者が聞けば、それが怒気や焦りを含んだものであると即座に見抜いただろう。
「……」
一方でゼファーは喋らない。いや、喋れない。
セルカの放った『戯け』という言葉は、彼だけに向けられた物ではないと、分かっているからだ。
(無理矢理にでも止めるべきだった。いや、後の祭りだな)
メルならば大丈夫だろう、と安堵に浸っていた自分自身にも、その矛先は向いていた。
実は。
彼女がメルに許可を出したことには、根拠があったのだ。
(私も、耄碌したか。メルがCランク並の力を持っているとは言え、少女には変わりないと言うのに)
簡潔に言えば。
セルカは『ステータス鑑定』を持っていたのである。
故に、メルがその身には不相応であるステータス値やスキルを持っていたことも把握済みだった。
本来ならば、メルのような子供に任せるなど、気が狂ってもしない。だが、メルは良くも悪くも異常だった。
『任せても大丈夫だろう』と思わせるほどに、しっかりしすぎていた。
そして、それが自身の『甘さ』であると、セルカは歯噛みする。同時に、永い時を生きたエルフの頭脳が思考を開始した。
(しかし……そうとなるとやはり黒浪の洞窟で異常事態が起こったという線が濃厚か)
メルは獣人だ。
しかも、メルは最近発見されたという新種の獣人だった。
あの日──というか初日に、それは明らかになった。
寝たその瞬間に獣人になったのだ。
セルカとは言え、ビックリしない訳がない。
寧ろ『きゃぁっ!?』などと、純情乙女チックな悲鳴を上げてしまったことは誰にも知られてはならない(戒め)。
『ステータス鑑定』を使ったのもその時だ。
ここまで来て使うなと言われる方が可笑しな話である。
セルカの他にこのことを知っているのは、ゼファーとあのアルマ、そしてギルマスの4人だけである。
ゼファーに話を聞くと、やはりと言うべきか、意識が無くなると獣人に戻ってしまうようだった。
しかも、恐らく本人はこの事に気付いていない。
最初、メルは要注意人物だった。この街にサリエス教徒はいないが、この前、例の獣人が運び込まれてきたばかりである。そんな時にここを訪れた獣人を警戒するなという方が無理であった。
(……だが)
結局は何も無く3ヶ月以上が経った。
警戒も薄れ、あの少女が自ら正体を明かしてくれることを待っていたところに起きたのが、今回の事件である。
今回、ゼファーはメルのステータスの高さを知っているが故に黒浪の洞窟には入らなかった。1本道であるから、気付かれずに後をつけていくことが出来ないと踏んだのだろう。
だが、幾ら待っても帰ってこないことを不審に思ったゼファーが洞窟に入ったものの、どこにも姿は無かった、と──。
状況を整理したセルカは即座に口を開いた。
「──捜索のクエストを出す。貴様も一緒に来い」
「え、一緒に、ですか?」
「あぁ、私も行こう」
────20年前。
世界各地に名を轟かせた魔導師がいた。
その名はセルカ。
『絶氷』として名を馳せたAランク冒険者である。




