閑話 とある『真実』の話 sideメル
「──アイツらは、俺が殺すッ!」
《…………》
その言葉にそいつは押し黙った。
辛い沈黙だった。無言でさえも俺を責めているように感じてしまうのだ。
《──そう、なんだ》
「……っ」
悲しそうな声。
今にも泣き出してしまいそうな声。
(やめてくれ。そんな声を、出さないで、くれ……っ)
その声音には落胆ではなく、別の何かが込められているように感じられた。
(………………どうしたら、良いんだよ)
そんな俺の気持ちなど露知らず、そいつは再び話し始める。
《みんな、殺すの……?》
「っ──あぁ、全員……」
俺自身、噛み締めるようにして答える。
口は震えていた。
心の何処かで『こんなのは間違っているんじゃないか』と、そう思っているのだ。
(……それでも)
憎いと思っているのも、事実だった。
二重人格では無いのに意見が両端に分かれ、それぞれの本音をやりたい放題にぶつけ合っている。
頭が痛い。不快だった。
過去と現在の間で、心が振れている。暗闇の中で俺が右往左往している。
行き着く先はどちらも闇だ。
《じゃあ、ジガートの人たちも、殺すの……?》
「──っ」
不意にそう言われ、言葉に詰まる。
あの優しかった人たちを殺すのかと。
だが、ゼファーやセルカ、アルマだって、俺が獣人だって知れば、アイツらと同じことをするだろう。
決まってる。
決まってるんだ。
そうに違いない。
だから、俺は間違ってなんかいない。
正しいとは言わない。けど、間違ってもいるとも思わない。
今の俺には、思えない。
「……もちろんだ」
《…………》
流石にこれで、呆れてくれただろう。
見放してくれるだろう。
そう、思えた。
《優しいんだね》
「────は?」
思わず声が出た。
そりゃそうだろう。
この流れで『優しい』?
意味が分からない。
《転生者の貴方が、あの、第2の家族をそこまで大事に想ってくれるなんて思わなかった》
「転生、者」
あぁ、そうか。
ようやく分かった。
コイツは、俺を転生させた張本人──、このくそったれた世界に転生させた元凶だ。少なくとも、それに準じるナニカあることは間違いない。
だが、それが分かったところでなんだと言うのだろう。
この状況が変わるのか。
戻ってくるのか。
答えるまでもない。
だから、どうでも良い。
コイツが誰かなんて、今の俺には必要な情報ではない。
けれど、それでも、今の言葉だけは聞き捨てならなかった。
「神かなんだか知らないが、その転生者だからってなんだ。『世界の声』からも言われたけどさ」
《っ! 世界の声……!》
初めて、今まで抑揚の無かった声に僅かだが怒気のような物が籠るのが分かった。何故かは知らない。
『世界の声』が敵対していた神その人だからなのか。それとも他に理由があるのか。
気にもならない。
だから俺は続けた。
「──俺が転生者にしろ、そうでないにしろ、関係無い。皆が大切な人達だってことに変わりは無いだろうが!」
《……!……貴方は、やっぱり優しい。
でも、だからこそ、記憶を預かった。先入観を持たず、ありのままを見て欲しかったから》
「──、」
《アイツらが憎いのも分かる。復讐したいのも分かる。でも、ヒューマンが、人族が全員そうだとは思わないで。貴方が見てきたように、暖かい人だっていっぱいいる》
「そんなの信じられるかよ! 確かに、皆優しかったよ……でも、あれは人の姿だったからだ。獣人の姿を見れば、皆、俺を殺すに決まって──」
《やっぱり、優しすぎる》
遮られるとは思ってなかった俺は、思わず「えっ?」と声が漏れてしまう。
《そう、貴方は優しすぎる。だからこそ、人を信じる事が出来ないでいる》
「────、」
《貴方はいつだって、疑ってきた。そしていつだって、その優しさで受け止めてきた。でも、貴方は優しさ故に、人を疑わずにはいられない》
「────っ!?」
図星だった。
思い返して見れば、今まで疑わなかったことなど無かったのだ。ゼファーの時も、セルカの時も、アルマの時も、エイミの時も、全ては疑いから入った。
それは、今だって同じだ。
《疑う事が悪いとは言わない。でも、貴方は違う。貴方は全てを許してしまう。だからいずれ、今回のことだって、そうなる》
「そんなこと……っ」
ない。
そう言いたかったが、俺は黙ることしか出来なかった。どう答えても、疑っていることの裏返しになってしまうからだ。
《そして、許してしまう度に、貴方は自分で自分を責めている。『なぜ疑ってしまったのか』と、自分自身を攻撃するの。そんなことを続けていれば、貴方はいつか壊れる。だから──》
記憶を戻して話す必要があった。
そう、彼女は話した。
何もしなくても、記憶はいずれ戻ってしまっていただろうと付け加えて。
……なるほどな。
「つまり、関係のない人達に復讐するのは止めろってこと?」
《ん、そう言うことになる。でも、今すぐに信じてってわけじゃない。これからゆっくり見極めて──》
「信じるよ」
《──え?》
「君を、皆を信じる」
《……それで、良いの?》
「良いんだよ。今は、疑いながら信じることにする。俺が間違ってたってことを、信じるんだ」
《────、》
別に、怒り自体が治まった訳じゃない。
彼女が俺を騙しているのなら、それはその時だ。
けど、こっちを取る方が良いような気がするし、俺にはそれが似合っていると思う。ただの勘だけど。
「……まぁ、集落を襲った相手には、落とし前を付けてもらう」
《お、落とし前……》
「え、ダメなの?」
《いや、寧ろ大歓迎》
「えぇ……」
そんな話をしているうちに、いつの間にか自分が別の場所に立っていることに気づいた。
「……え?」
真っ暗な部屋だ。
いや、部屋というよりは空間と言った方が良いだろうか。
四方八方へと限り無く闇が続いているのが分かる。自分の輪郭さえも分からない程に暗い。
「ここは……?」
呟く。
しかし、答えは返ってはこなかった。
「え、ちょっと!?」
大声を出すが、辺りは静かなままである。
(いや、ちょっと待って! 色々聞きたいことがあるのに!)
時を戻せるなら、『全く気にならない』とかほざいていた数分前の自分をぶん殴ってやりたい。
「あの時は普通じゃなくて正しい思考が出来なかったんですごめんなさい許してください」 とオタク特有の早口で捲し立てるが、それでも声は返っては来なかった。
「スゥーーー……oh」
アホだ俺は。
どう考えても最重要キーパーソンじゃん。
ラノベ的な立ち位置で言うなら、世界の秘密とか握ってるタイプのお偉いさんじゃん。
さっきの場所はなんだったのかとか、ここは何処なのかとか、彼女は一体誰なのかとか、『神』とか『世界の声』のこととか、etc──、
「ん?」
と思っていると、急に暗闇に光が差した。
あまりに眩しくて、思わず手で遮る。
(……あ)
その手が見慣れたもふもふだったことに少しの安堵を覚えている内にも、光はどんどん大きくなっていった。
視界の先から、こちらへとどんどん広がって来ている。
(────あ、これ目が覚めるやつだ……)と悟った頃には、俺の体は完全に光に包まれていた。
そして空間には誰もいなくなり、一転して暗闇に戻る。
誰もいない。
しかしながら、そこにとある声が響いた。
『────貴方には、残酷なことを背負わせ過ぎてしまった。これまでも、これからも。私は、貴方には謝ることしか出来ない。
ごめんなさい』
その声が、メルに届くことは無かった。
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「ん……」
知らないまな板だ。
何故かは分からないが、反射的にそう思った。
起きたばかりだからか、薄目からその先が開かない。
それでも、ぼんやりとした視界が徐々に鮮明になっていく。
「ん……ん?」
開ける視界。
真っ先に写ったのは、エイミの顔だった。
エイミの胸ゲフンゲフン……あ、あくまでも発達途上のソレの向こう側に、彼女の顔があったのである。
「!?」
混乱するが、それだけに留まらない。
(しかも、これは──ッ!?)
とある感触が、頭にあったのだ。
さぁ、確認しよう。
・俺は今、仰向けになっている。
・それなのに、エイミの胸から頭まで一直線に見通せる。
・極めつけには、俺の後頭部に、もちもちすべすべで少し弾力を持つ『とある枕』の感触が確かにあるではないか。
(ヒ、ヒザマクラ、ダ)
言うまでもなかった。
膝枕だ。
(夢にまで見た膝枕……)
だが、その感動は薄い。
何故ならば。
「ふ、ふふふ」
わしゃわしゃわしゃわしゃ
(……oh)
エイミが、不敵に笑いながら俺の体をまさぐっていたからだ。
ナンダコレ。
あまりの展開の急さに目を回していると、エイミは俺が起きたことに気付いたらしく、こちらを覗き込んできた。
「あ、おはようございます! メルさま」
エイミがにっこりとした笑顔で言う。
「……」
「……めるさま?」
俺は一体、どう答えたら良いんですかね、この状況で。
──『やぁエイミ、膝枕してたのかい? ふふっ、イケない子だなぁ(キラッ)』とでも言えと言うのか(錯乱)。
「お、おはよう」
暫く迷った後、そう言うことにした。
そうだよ、何も知らない体にすれば良いんだよ。
そうすれば──、
わしゃわしゃわしゃわしゃ
「……」
わしゃわしゃわしゃわしゃ
……なんでまさぐるのを止めないんですかね、この子は。
「え、エイミ?」
「なんですか?」
「なに、してるの?」
「メル様が倒れたので、膝枕していました……ここは安全地帯です。安心してください」
わしゃわしゃわしゃわしゃ
(いや、だから何で膝枕なんだよ別の意味で安心出来ないよ。というより俺が聞きたいのは別の方だよほら、今もやってるそのわしゃわしゃだよ!)
という言葉を俺は飲み込んだ。
……そ、それにしても、ここは安全地帯なのか。てっきり、この階層には無いと思っていたのだが……っといや、考える前にまずお礼を言った方が良いだろう。
「エイミ、ありがとう。エイミがいなかったらどうなってた、か……」
と、そこで言葉が止まった。
何故なら、自分の姿が獣人のままだったから。
「────、」
絶句する俺へ、エイミが更に追い討ちをかけた。
「メル様って獣人だったんですね」
ノォォォォォォォォォ!!
「い、いや、これは、ち、違く、て………」
必死に悪足掻きという名の弁明を始めるがもう遅い。例えるならスープを全部吸ったラーメンの麺くらい手遅れだ、と自分でも訳の分からない例えを出しながら、俺の思考はカオスに包まれていく。
どうするどうするどうす──、
「その、メル様? もう少しモフらせていただけませんか……?」
と、エイミが言ってきたのは、そんな時だった。
「…………へ?」
わしゃわしゃって、そういうこと?




