閑話 とある『記憶』の話 side???
「どう、して……?」
俺の口からほとんど反射的に言葉が漏れ出す。
だがやはりと言うべきか、その声はメルには届いてはいないようだった。
一瞬、あのメルは偽物ではないかという考えが脳を過ったが、あそこに立っているのは間違いなくメルだ。
今よりも少し成長しているようだが、自分のことは自分が一番分かる。
だが。
(あれは本当に、俺なのか?)
そう思わずには居られなかった。
果たして自分が、あんな眼をする日が来るのだろうか。
もし来たとして、どんな経験をすればああなるのか。
それが、全く以て分からないのである。
蔑み、憎悪、怒り、苦しみ。
それだけではない。
幾つもの感情が折り重なり、絡み合っている。
そんな、負の感情の全てを取り込んだような目が、そこにはあった。
「ぅぷ」
そう思うと、また俺を猛烈な吐き気が襲った。
俺と俺の解離に脳がついていけていないのだ。
あまりの嘔吐感に思わず手を付く。
だが実体が無いからか、吐き出されるものは何一つとして無かった。ただただ不快感が続くばかりだ。
「っ……!」
その不快感を押し殺して、無理矢理立ち上がる。
未だに現状が掴めていない。
ここがどこなのか。
俺は一体どうなったのか。
どうしてこんな惨状が生まれたのか。
そして、『アイツ』は誰なのか。
(何か……手がかりがあれば)
その時だった。
《────あれは、未来の貴方。あのまま行けば、間違いなくこうなった》
「!?」
どこからともなく、声が聞こえた。
(……いや、これはテレパシーか?)
掴み所の無い声だった。
抑揚も殆ど無く、感情も読み取れない。
だがどこか、懐かしい。
そんな声だった。
《……好きなように解釈してくれていいよ。私は、あなたに伝えたいことがあった。だから、ここに呼び出した》
(お前が、俺を……!?)
《そう。でも、その前に。今からあなたに、返さなくちゃいけないモノがある。──じゃあ、返すね》
「か、返さなくちゃいけないもの? い、いや、ちょっと待って。全然は話についていけな──がぁぁっ!?」
俺が言い終わるよりも前に。
頭を、それこそゴブリンジェネラルの棍棒で殴打されたような痛みが駆け抜けた。
「がぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!?」
あまりの痛みに俺はだらしなく転げ回った。
痛みでどうにかなってしまう。
そんな時だった。
「ああああああ──ぁ?」
頭の奥底から、ナニカが湧き出して来る感覚があった。
そして。
(……これ、は)
──聞き覚えのある声が、聞こえてきた。
『────私と貴方の子どもよ……抱っこしてあげて?』
『……あぁ、可愛いなぁ。天使みたいだ』
「 」
頭の中で、光景が浮かんだ。
未だ頭には激痛が走っているが、俺はその言葉に聞き入った。
聞き入らざるを得なかった。
『──そうだな、『メル』。この子は『メル』だ』
「……、」
目の前に、パズルがあった。
ピースが、失くなってしまったパズル。
そこに。
『──メル、あなた、お姉ちゃんになったのよ』
「…………、」
埋まっていく。
記憶が、埋まっていく。
『──お姉ちゃん! スゴイ!』
「………………、」
壊れた鏡が修っていく。
その鏡に映ったのは、言うまでもなく俺だった。
だが、前世の姿の俺じゃない。
この世界で確かに生きてきた、俺だった。
「……っ」
けれど、まだ足りない。
決定的なモノが足りていない。
だが、この先だけは止めてくれ、と心のどこかがそう叫んだ。
それでも記憶は止まらない。
『──何って、大婆様を殺してたんだよ
見て分からないかい?』
「、」
ナニカを、思い出そうとしている。
『──すまなかったな嬢ちゃん。お前の母さんは俺が殺した』
「──、」
『──ねぇ、メルちゃん……私たち、どうなっちゃうの……?』
「────、」
『──あなたのそれは蛮勇です。無謀なことはするべきではない』
「 ぁ 」
完全に、思い出した。
現実を。
何があったのかを、全部。
それと同時に、痛みも収まった。
だけど。
それでも、慟哭は止まらなかった。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
喉が裂けたと錯覚するほどに、叫ぶ。
文字通り、負け犬の遠吠えだった。
少女の声が街に響き渡る。
いつの間にか、体は戻っていた。
《……大丈夫?》
こちらを心配する声。
だが、逆効果だった。
「五月蝿いだまれぇぇぇ!」
《……!》
怒りが、止まらなかった。
忘れていた俺自身に。
そして、俺の記憶を奪ったであろうコイツに。
「なんで、こんなことをした……!?」
《…………この惨状を、止めるために──》
そこで、俺の中でナニかが切れた。
「止めさせるワケ無いだろうが!
「──こうなって、当たり前なんだよォ!」
狂っている。
自分でもそう思う。
だけど、無理だった。
大切な人たちを奪われたこの体を止めることなんて、出来る筈も無かった。
自分自身ですら、何を言っているか分からなくなるほどに思考が蒸発していく。
何のために記憶を奪い、そして戻したのか。
その真意すら計ろうとせず、思い思いの言葉をメルはぶちまけた。
「だからさ──、」
そして言った。
言ってしまったのだ。
「──アイツらは、俺が殺すッ!」
あの時と、何ら変わらない言葉を。




