閑話 とある2人の少女の話 sideエイミ
エイミは、かの『ローゼンタール王国』の生まれだった。
それも、ただの市民などではない。
国お抱えの暗殺集団の生まれである。それに加え、その総帥を祖父に持つ、生粋の暗殺者だった。
エイミは幼い頃からその才覚を発揮していった。
当時、総帥にしか使えなかった『認識阻害魔法』を経った1ヶ月足らずで覚え、様々なスキルを人外の早さで習得していく──そんなエイミが『神童』だと言われるようになるのも時間の問題であったと言えよう。
だが、彼女はずっと隠していた。
己の体に刻み込まれた呪いを。
『経験値が得られない』という、この世に於いて致命的なまでの欠点を。
しかし、隠し通せる筈もない。
同世代の同胞と限り無く開いていた技量が、レベルによって覆され、そして、抜かされてゆく。
これを不審に思わない人物はいないだろう。彼女は『スフィンクスの血』を強引に飲まされ、真実を全て吐くこととなった。
他の同胞からは笑われ、大人からは落胆の目を向けられた。
自分のことを神童と持て囃しておきながら、弱さが明るみに出た途端コレである。
結局は、嫉妬していた、ということなのだろう。
『目の上のたんこぶが、勝手に自滅してくれた』
そんな風にしか思っていなかったのだ。
いつまで経ってもレベルが上がらないエイミに、親すら匙を投げた。
だが、総帥だけは違った。
ずっと呪いを解く方法を調べてくれていた。
その時のエイミにとって、祖父は光だった。厳格で少し怖いところもあったが、彼だけが頼りだったのだ。
だけど、解く方法はついぞ見つからなかった。
『カースブレイク』でもエイミの呪いは解けなかったのである。
エイミに転機が訪れたのはちょうどその時だ。
簡単に言えば、殺されかけた。
『これは総帥からの命令だよ。君はもう要らないんだってさ。アハハッ! コレがボクの初仕事ってワケさ!』
昔の2番手──今は言うまでもなく1番手──の同胞に、そう言われたのを今でも覚えている。
希望が音を立てて割れたような気がした。
祖父が命令した、という事実はエイミの心を完全に閉ざしてしまったのだ。
そこからはがむしゃらだった。
魔法とスキル、持ち前の器用の高さを最大限に使い、なんとか逃げ切った。
代償に髪をザックリいかれたが、命に比べれば安いものである。
エイミは得物のボーガンを持って貨物馬車に乗り込み、ローゼンタール王国を発った。
元々、エイミの髪は流麗な桃色だったが、いつの間にか色は抜け落ち、今や白髪となってしまった。
日の当たり方や角度によってようやくピンクっぽいな、と感じられる程度だろう。
だが、これは寧ろチャンスであった。
エイミは自分の髪を更に短く切り、碧眼を隠せるフードを頂戴(盗んだ)して、自分がエイミだとバレないようにした。
バレれば殺されるからだ。
そうして済し崩し的に始まった逃避行だったが、正直に言えば地獄だった。
盗みやスリ、空き巣などは当たり前。
殺しが出来ればもっと楽だったかもしれないが、ついぞすることはなかった。勇気が無かったのだ。
しばらくの間、スリがバレそうになっては街を転々としていたエイミだったが、このジガートを訪れたのが運の尽き、当のゼン達にバレてしまったのだ。
失態だった。今まで誰一人としてエイミに気付けなかったことで、増長してしまっていたのである。
結果、ああなった。
食事も満足に取れず、水だけで過ごす生活を幾度となく繰り返す。ゼン達の酷い仕打ちにエイミの心は更に閉ざされていった。
呪いのせいでレベルは上がらないから、パーティに入ることは出来ないと馬鹿正直に言ったが、無理矢理入れさせられた。
エイミは冒険者を、いや、世界中の人々を憎んだ。
レベルがあるから、コイツらはこうなった。
レベルが無いから、私はこうなった、と。
市場で買い物をしていた黒目黒髪のあの少女だって、いずれ皆みたいになってしまうだろう。そう思っていた。
その日、その少女からスったお金で、何故か15000サリスのポーションを買ってしまってスゴく後悔したのを覚えている。
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こんな苦しい日々が始まって2ヶ月が経った頃、私は、とある会話を耳にした。本当に偶然だった。
「3人組の冒険者パーティーの『夜狼の爪』が怪しい?」
「 」
息を飲んだ。
『夜狼の爪』とは、あのゼン達のパーティー名のことだ。
話を聞くかぎり、既にスリのことや、私のことが掴まれているようであった。
終わってしまう。
頭の中がそれだけで一杯になった。
私はすぐに、そのことをアイツに報告した。
「あァ~、じゃあそのガキ殺して、俺たちはズラかるかァ~」
「こ、殺すんですか………?」
「あァ? テメェもイケねぇことたくさんしてんだろうが。黙って従っとけ」
言葉に詰まった。
言い返せないのが恥ずかしい。
私は従うことしか出来なかった。
今になって思えば、ゼンの言っていた『俺たちは』とはつまり、そう言うことだったのだろう。
全く、出来た人生だった。
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そして、今に至る。
私は、彼女にポーションを飲ませている間に、左腕に装着していたボーガンで、ダンジョンのひび割れを突いたのである。
ダンジョンは、殺し場に適切過ぎる。死者が出ても誰も疑わない。だから、そういうマニュアルはたくさんあった。
その中には、『ダンジョン内での落石の誘発』、なんてものもある。今回は、それを使う。
(あの辺、かな)
「……ふっ!」
エイミの小さな力でも力強く飛ぶように作られたボーガンは、祖父からの贈り物だ。
その矢は迷うことなく飛んでいき、目的のひび割れに命中した。
(……よし)
ボーガンなんて長いこと使っていなかったし、矢も1本だけだったが、どうやら上手くいったようである。
天井が崩れ始めた。
私は彼女を抱え、強い魔力が感じる通路へ向かって思いきり放り投げた。
彼女と目が合う。私は泣きそうになるのを堪えながら、精一杯の笑顔で言った。
「メル様が生きるべきです。死ぬのは、私の方が丁度良いですから」
嘘偽りない本心だった。
ずっと汚れてきた私より、彼女が生きるべきなのだ。
私たちの間に、ダンジョンの残骸が落ちる。
(……あ、そうだ)
ずっと、
聞きたいことがあったんだった。
震える口を開く。
「わたしは──、いえ、エイミは、役に立てましたか……っ?」
崩壊。
その言葉が、彼女に届くことはついぞ無かった。
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「……」
完全に、分断した。
彼女の元にはゴブリンジェネラルは1体もいない。
そういう風に落としたのだ。
だが、
だからこそ、
その12体が、こちらにいる。
「……っ」
私の残りの仕事は、ただ、死ぬだけ。
恐怖なんてない。
そう……恐怖なんて…………。
これは贖罪だ。
今までの報いが、来ただけだ。
────これで、終われるんだ。
そう思うと、少しだけ胸が軽くなったような気がした。
『ゲギ……』
奴らが、獲物で遊ぶかのようにゆっくりと近づいてくる。
残りの距離は5m。
それが、私の寿命だ。
残り3m。
──今まで大変だった。
残り2m。
────これで、終わるんだ。
あと、1メートル。
「……っ」
──────出来れば、
メル様と、もっといたかったなぁ……っ。
エイミの倍以上ある棍棒が振り上げられる。
その時だった。
唐突に、3体のゴブリンジェネラルが、弾け飛んだ。
「────へ?」
『ガプァ?』
私と奴らから間抜けな声が上がった。
それを機に、次々と目の前にいた奴らが爆砕していく。
『「!?」』
そして、それは聴こえた。
「エイミィぃぃぃぃっ!!」
「…………ぁ」
私でも、ましてやゴブリンジェネラルのものでもない声が、近くの通路から響いてくる。
見知った声だった。
彼女の、声だった。
(あぁ……あぁ……!)
エイミは驚きを隠せない。
どうすればこの入り組んだ迷宮で自分を見つけられるのか。
それ以前に、なぜ、こんな私を助けに来てくれたのか。
そして、
そんなエイミの前に、彼女は姿を表した。
「………え?」
だが、エイミの口から出たのはそんな素っ頓狂な声だった。
────無理もない。
なぜなら、彼女の容姿は、いつものそれとは違っていたからだ。
もふもふした体。
長く伸びた鼻。
鋭い八重歯に、黒く尖った爪。
極めつけには、頭から耳が生えている。
(獣、人……!?)
見たこともない獣人だった。
(……でも──)
僅かに、
けれど確かに、
メルの面影を残した獣人が、そこにはいた。
「エイミ、助けに来たよ」
私の英雄が、そこにいた。




