21話 絶望と希望と、絶望と
「メルさまああああああぁぁっ!!?」
少女の絶叫がドーム内に迸った。
直後、壁に衝突した黒髪の彼女の体が、快音を響かせる。
《グシャ、メキキキキキ》
あろうことかそれは、私の声をも塗り潰した。
厭な音だった。
「いやぁっ!?」
情けない声を出しながら、思わず目を背けてしまう。
いや、今回ばかりは見なくて正解だっただろう。
でも、見てしまった。
協力者として、彼女がどうなったのか、見なくてはならないと思ったから。
「──っ!?」
恐る恐る目を向けるとそこには、左半身がひしゃげた少女だった姿があった。
腕は関節とは逆に折れ、足からは白い骨が飛び出している。うっすらと開いている目はしかし、光を失っていた。
「ぃ……、ぇ」
壊れた彼女が、そこにはあった。
激突したであろう壁は、何か強力な魔法が着弾したのでは無いかと思うほどに抉れている。多岐に渡って他のところにもヒビが入っていて、今すぐにでも崩れるかもしれないような状態。
しかし皮肉にも、既に修復が始まっていた。なんだかそれは、一筋の光を握りつぶされたようにも見える。
「もう……無理、です……」
絶望が辺りを支配していく。
ゴブリンジェネラルの雄叫びが、さらにそれを加速させていた。
「……ぁ、ぇ」
だがその時、彼女がゆっくりとこちらを向いた。
その口は、ぱくぱくと動いている。
「……え」
目が良く、小さい頃に読唇術を習っていたエイミは、彼女が何を言わんとしているかが分かった。
『行 っ て』
私は、真っ直ぐに走り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は薄れゆく意識のなかで、エイミが走っていくのが見えた。
どうやら、俺の言葉は伝わってくれていたらしい。
ダンジョンの魔石を割れば、エイミは助かる。その前に俺は死んでしまうだろうけど。
不思議と恐怖は無かった。
いや、違う。
恐怖は、既に感じているのだ。
ただ、解放されたいだけ。
早く、楽になって仕舞いたかっただけだ。
俺の体には今なお激痛が走っている、と思う。
実際は分からない。
今感じているこの感覚は、痛みなのかすら。
分からない。
ただ、早く終わりたかった。
解放されたかった。
だから、故に、結果的に、恐怖は無かった。
もう体がどうなっているのかさえ分からない。
分からないことだらけだ。
分かることと言えば、もうすぐ死ぬ、ということくらいだろうか。
「……は」
……全く、滑稽な物語だったなぁ。
気がついたら、なんかタヌキの獣人で、しかも女の子で、何一つない平原に独りボッチだし、チートみたいな力も全く無い。
強いて言えば、異次元収納にビルドボアが入ってたくらいか? 何で入ってたのかは分からないけ、ど────
それを最後に、
俺の意識は暗い底に沈んで──、
「メルさまぁぁ!」
「──ぇ。」
そこで気づく。
エイミが、こっちに向かって走っていることに。
(どう、して)
朧気だった意識が僅かながら覚醒する。
それと連動するように、形容しがたい痛みが俺の体を貫いた。
「つあっ……!?」
『どうやら、痛みで合っていたらしい』などと、野暮なことを思う暇も無かった。
痛み。
そして何より、エイミのせいで。
俺には、エイミの行動の意味が分からなかったのだ。
( もしかして、死にに来たのだろうか。
一緒に死にますと、そう言いに来たのだろうか。)
エイミが助かるには、俺が狙われている隙にダンジョンの魔石を割るしか手立てはない筈なのだ。
(もしかして、俺の声が届いていなかった? 大声で叫んだつもりだったのだが、出ていなかったのか)
上手く働かない頭で考えるが、答えは出てこない。
分かるのは、ここでどちらも死ぬということだけだった。
エイミを見つめる。
泣いていた。
泣きながら、それでも、
────真意を、目に宿していた。
「──ぁ」
そこで、エイミの手に何かが握られていることに気づいた。
(あれ、は……)
それは、ガラスだった。
それは、試験管のような形をしていた。
それには、液体が入っていた。
確かな見覚え。
それは、ポーションだった。
「 」
買い物に行ったあの日、薬師ギルドで見かけたものと、全く同じものだっだ。
(もしかして、それにお金を?)
──正解だった。
あの日、盗んだ15000サリスをゼン達に隠していたエイミは、何故かポーションを買っていたのだ。
誰かに、そうしなさいと、言われたような気がして。
「「──!」」
思いが瞬巡する。
言葉を交わさずとも、それで充分だった。
「──────ぁぁぁ!」
壊れた体で、俺は咆哮した。
『サイクロンカッター』 と。
3連射。
ありったけのMP使って、近くにいた奴らをまとめて斬体する。
ゴブリンジェネラルに、文字通りの空白が生まれた。
隙ではなく、物理的に。
俺からエイミまでの障害が全て、無くなったのだ。
「っ! これを!」
エイミが駆け寄り、俺にポーションを飲ませる。
「ん……」
HPとMPが回復していくのが分かった。もちろん全快と言うわけではないが、大分マシになっていく。
「メルさまっ、良かったっ!」
「エイミ、ありが──ぇ」
感謝を述べようとして、そこで途切れた。
突如として、浮遊感が俺を包み込んだからだ。
それが、俺が投げられたからだということに気付いたのはその数瞬後だった。
エイミと、視線が交わる。
俺を投げたのは他の誰でもない、エイミだった。
「──メル様が、生きるべきです。死ぬのは、私の方が適任ですから」
いっそ清々しく、
シニカルに、
精一杯の笑顔で、彼女は言った。
「っ!?」
直後。
なぜか唐突に落石が巻き起こった。
俺とエイミとの間に、数多のダンジョンの破片が降り注ぎ──、エイミが、見えなくなる。
「あっ、うっ……」
投げ出された俺は、止まることも出来ずに無様に転がっていく。
そして数秒後に停止した俺は、痛みに顔を歪めながら、そちらを向く。
「エ、イミ……」
少しだけ治った喉から、呟きが洩れた。
いつ崩れたかなんて、気付くことも出来なかった。
ただ、これは、俺を守るための落石だった。
恐らく、エイミが何かしたのだろう。
分かっていて、それで尚、彼女はこの選択を掴んだのだ。
俺の周りには、ゴブリンジェネラルはいなかった。
全て、この岩の向こう側にいるのだ。
エイミもそこにいる。
「……っ」
俺に残っていたのは、奥へと続く道だけ。
それだけが、俺を待ち構えていた。
つまりは、そういうことだった。
「…………こんなのって……」
俺の声は響くことなく、虚空に消えていった。




