16話 『テメェ』は甘すぎた
「──ぃゃあああああああ!」
森に入った俺たちを歓迎したのは、虫の大群であった。
蜘蛛や、蜂、蛾や蟻、果てには黒光り彗星……などなど、その一体一体が50cm以上のデカさを誇っている。
いや、誇られても困るのだが。
ウン十倍も五月蝿くなって帰ってきたあの羽音。
ウン千倍も気持ち悪さが増したあのカサカサ音。
それが大群で迫って来るのだ。卒倒モノである。
エイミなんて「きゅぅぅ……」と気絶してしまった。
ブーーーーーン
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「にゅあああああああ!?」
いや、どうすんのこれ!?
SPが凄い勢いで減っているのが分かる。
回復魔法の『チャージ(スタミナ回復)』を詠唱している暇もない。
虫を鑑定したが、ステータスは大体がHやFであるものの、Eも時々混ざっていた。Dがいないのが唯一の救いか。
だが、脅威であることに変わりなかった。例えHやFと言えど、それが100匹集まれば地獄である。
どうする
どうする
どうする
俺の頭の中は既に、バーニングファイヤオーバードライブヒートしていた(意味不)。
木に登っても、羽がある魔物の餌食。
『チャージ』を詠唱しようにも、黒い悪魔に襲われてチェックメイト。
風魔法でも、残りMPで敵を殲滅出来る可能性も低い。
幾度のトライアンドエラーに俺のキャパシティにも限界が近づいてきていた。
というかもう限界であった。
と、そこで天の声が舞い降りる。
「ビルドボアを、囮として使ってください……いける……筈です……」
「エ、エイミ!」
意識を取り戻したエイミの天恵に従い、俺は迷わずビルドボアを異次元収納から引き抜き、虫の目の前に放り出した。
豪快な音と共にビルドボアが地面に衝突し、土煙が上がる。
すると、虫の動きが止まった。
羽音を五月蝿く鳴らしながら、ビルドボアに群がり始めている。こっちには既に興味が無くなっているようだった。
よし、今のうちに早くここから離れよう。
虫たちも動かないみたいだし、その間に次の階層へ──、
──ん? ちょっと待てよ?
虫は何匹もいて、
その虫は攻撃してこない。
これは、レベル上げのチャンスでは?
俺は少し離れたところで立ち止まった。
「メ、メル様? 何をなさって……?」
「倒す」
「た……!? ちょ、ちょっと待ってください、無謀です! あの中に突っ込むなんて……それに……」
「大丈夫。魔法でやる。エイミは下がってて」
エイミを背中から下ろす。
「ま、魔法……?」
エイミの疑問を背に、俺は風魔法のレベル8のトルネードを詠唱し始めた。
上級魔法の中でも1番威力の低い (だがレベル7までとは比較にならない威力を持つ) それは、詠唱もまた1番短く3分程度である。
エイミは未だに心配そうにしていた。何か言いたそうにしているが、俺の詠唱を妨げないように黙ってくれている。
……そんなに心配しなくても大丈夫なんだけどな。
虫の魔物はあんなにビルドボアに夢中になってるし、距離もまあまあ離れている。
俺はどんどん詠唱を進めていく。
(……よし)
もうすぐ、詠唱が完了する──。
そんな時だった。
1匹の蜂の魔物──ホーネットが、死角から俺に目掛けて迫ってきたのは。
「!?」
まず、音が迫ってくるのが分かった。
姿は、見えなかった。
だから、顔をそちらに向けた。
あ、見えた。
針を突き出した巨大蜂が、目の前にいた。
時間の流れが緩やかになったような、そんな錯覚を覚えた。
──突然の出来事に、思考力が極端に鈍る俺に対して、ホーネットはその鋭い針を俺に突き刺さんと更にその速度を上げる。
もちろん俺は、
避けられない。
詠唱中は動けないし、無理に詠唱を中断しようとすると、魔力暴走を起こしてしまう。いや、あの針に刺されれば、どの道起こしてしまうだろう。
ヤバイ。
どうする
どうする
どうする
そんなことを思っている内にも、どんどんホーネットは近づいてくる。
俺のHPと、その後の攻撃から考えて──、
頭に『死』という文字が過った。
俺は、目を瞑った。。。。。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「 」
どれくらいの間、目を閉じていただろうか。
1秒か、それとも10秒か。
だが、いつまで経っても痛みが無いことに違和感を覚えた俺は、恐る恐る、目を開け──、
「────ぁえ? 」
俺の、間抜けな声が飛び出た。
目の前には、何故かエイミがいた。
そして、その痩せ細ったお腹からは、針が生えていた。
「かぱ──、げぽっ」
俺を庇ったのだ、と気付かされた時には、彼女は口から血を吐きながら崩れていく真っ最中であった。
先程よりも緩慢に時間が流れているように感じる程。
その光景は脳裏に焼き付いた。
どざっ
力なく、地に身を預けたエイミ。
対して、空中に佇むホーネットの針は元々の黒ではなく、赤く、赤グロく染まっている。
言わずもがな、エイミの、血だ。
「──あ。「あああああああぁああぁあっ!?」」
俺は剣を思いっきり薙いだ。
パキッという音と共にホーネットが切断される。
厭に、呆気なかった。
俺はエイミに近寄る。
「──っ!」
ぽっかりと、穴が空いていた。
言葉の通り、ぽっかりとだ。
「つぁっ……!」
すると、エイミの虚ろな目がこちらを向いた。
その顔は、苦痛で歪んでいる。
「エ、エイミ!?」
まだ、
まだ生きている……!
「メ、ル……さま……」
エイミは口と腹から血を流しながら、言葉を発し始めた。
苦しいはずなのに、ぎこちなく笑みを浮かべている。
「ダメですよ、メル様…………ダンジョンで魔法を詠唱するなんて愚の骨頂です……案外抜けてる、ところも、あるん、ですね……?」
「──っ! 今、助ける……っ!」
すぐに、回復魔法のレベル7の『グレードヒール』の詠唱に取り掛かった。
「め、るさま」
だが、俺は忘れていた。
「にげ、て」
──少し離れたとはいえ、近くに100匹以上の魔物がいたことを。
幾らビルドボアの大きな体といっても、そんなに持つ筈がなかった。
『ギチギチギチィッ!』
「!?」
ビルドボアを食らいつくした奴らが、こちらに向かって来ていた。
「 」
俺の脳内で、弾劾が行われる。
『俺のせいだ。』
違う……俺は悪くない……!
『あの時エイミの制止を聞いておけば良かったんだ。』
でも、レベルアップが必要で──、
『自分が甘かったからだ。』
でも、
でも、
だって──、
こんなことになるなんて──。
果たしてそれは、弾劾と呼べるモノだったのか、俺には分からない。
ただ、言い訳をしたかったのかもしれない。
だけど。
いや、だからこそ。
そこで、『誰か』がキレた。
「『今、なんて思った? 俺』口が、勝手に」『言い訳曝してんじゃねぇ俺がっ!』……いや、これは俺────」」
他者から見れば、それはそれは頭のおかしい自問自答にしか見えないのだろう。
でも違う。
違うんだ。
確かに、誰かがいる。
確かに、誰かがいた。
二重人格でもなければ、とち狂った訳でもない。
まるで、
自分とは別の人生を歩んで来たみたいな。
そんなヤツからの、伝言とも言えるモノだった。
「『良く考えろよ、俺』」
重なる罵倒。
自ら投げつけられる石。
でもそれは──、
「今、やれることは1つだろうが」
「 」
最低で、最高の発破に成り得た。
「────ッ!」
眦を決する。
俺は、詠唱を止めてエイミを抱き抱えた。
「メ、メル……様? 一体何を……? エイミを置いていってください……」
エイミが、弱々しく喋る。
「出来る筈無い。これは俺のせい。エイミは死なせない」
それはダメだ、と。
口調を隠すこともせずに俺は言った。
エイミを抱えたまま走り出す。
目指すは階下へと繋がる階段。
階段からは魔物は産まれず、さらに疑似地帯の魔物は、階を跨いでは移動しないという特徴がある。
そこで、回復魔法を使うのだ。
そのために逃げる、逃げる、逃げる。
階下へ繋がる階段を探して、走る。
そこからは、記憶がなかった。
気が付くと、俺は薄暗い階段で、エイミに『グレートヒール』を掛け続けていた。それこそMPがすっからかんになるまで。
「……」
そしてエイミは今、すやすやと寝息を立てている。
破れて血が滲んだ服が悲惨さを物語っているが、お腹の穴は塞がっていた。
どうやら、一命はとりとめたようである。
良かった。
そう思うと同時に、苛立ちが身体中を埋め尽くした。
あの時の自分が許せない。
こうなったのは、俺がダンジョンを甘く見すぎていたせいだ。
前世のゲームの感覚が抜けなかったから、等とふざけたことは思わないけれど、結局、命は1つしかないのだ。
死んだらそれで終わりである。
そして、この世界では、それがいとも簡単に起こってしまう。
俺はそれを改めて噛み締めながら、エイミの目が覚めるまでずっと見守っていた。




