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53 雨と透明な傘

 

 親方から休みをもらってから数日()った頃、前に一度だけ会ったことがあるカエデがいた村の人がわざわざ街まで訪ねてきてくれた。なんだろ……


「カエデちゃんに会えるかな」

「カエデですか? 今、仕事中だと思います」

「お城の仕事か……ちょっと行ってくるよ」


 カエデに用があるみたいだ。しかし、顔色からして明らかに嫌なことがあったと想像出来る……何か嫌だな……


 胸騒(むなさわ)ぎのまま、この世界では珍しい雨空を眺める。虫の知らせみたいな。シンクロニシティみたいな。

 そう考え始めるとやっぱり、おばあさんのことが気になる。だって村の人が来たの初めてだし、考えすぎだといいんだけどなぁ。


「……ただいま帰りました」

「あ、カエデさん?……大丈夫?」


 雨の中、ずぶ()れになってカエデさんは帰ってきた。こうして昼間に会うのは久しぶりだ。しかしとても悲しそうな顔をしている。


「今から村に行ってきます。勝手なこと言ってすみません……」

「……俺も行っていい? ダメかな……」

「…………分かりません…………」


 分からないってなんだ……


「えっと、ダメじゃないなら行っていい? ごめんね」

「私の方こそすみません! 分からないんです……」


 俺、いまカエデさんにとって面倒な人間になってるんじゃないかな。ホントは一人で帰りたいのに声かけてきたとか思ってないかな……

 でも、そのカエデさんの様子を見てると、一緒にいないとダメだって思いが強くなってきちゃう。


「とりあえず、服着替える?」

「……もう行きます……ついてきてください」


 外に出て行き、雨に濡れる。この世界では傘を持ってる人の方が少ない。そもそも傘を差したところで変わらないぐらい傘自体のクオリティも低い。

 二人とも無言のまま門の前で待ってくれていた村人に再び会う。


「カエデちゃんと……アンタも一緒に来るのか?」

「……はい」

「……じゃあ、馬車に乗りな。サクラさんが待ってる」


 サクラさん。今まで俺は名前も知らなかった……そんな人間がこれから会いに行ってどうなるんだろ。もし、これが俺の考えすぎならいいんだけどさ。

 馬車での道中も雨は降りつづけている。三人とも会話は無いまま、目的地へと進んでいく。


「ちょっと魔法であたたかくするよ?」

「すみません……気を遣わせてしまって……」


 カエデさんはまだ魔法が使えない。ずっと仕事ばかりで練習なんてする暇なかったし、魔法を使うような体力も残ってなかったんだと思う。

 馬車を透明なテントで(おお)う。雨がガラスを(つた)ように外へと逃げ出していった。


 三人の体に熱を与えるイメージで体が冷えないようにする。濡れていた服も乾かした。

 村の人は驚いて声も出ないみたいだったが、深くは聞かれなかった。


「カエデちゃん、そんなに落ち込まないでよ。サクラさんは最後まで幸せだったんだからさ」

「………………」


 そうか、おばあさんが亡くなったのか……ホントに俺が行ったところで何にも変わらない。どうして一緒に来ちゃったんだろ、俺なんかが行ったところで。

 むしろ村の人たちにはいやがられるんじゃないか? だって俺のせいでカエデさんが村から出ていったんだから。

 雨に当たらないようにしたことで、カエデさんが泣いていたのが分かってしまった。声に出さないようにしてたのかな。


「アキラさん……すみません。私たちのことなのに……」

「え、いやでも、お世話になったから」

「…………」


 ずいぶんと長かった村への道のりは雨の中で低く()がる煙が終わりを教えてくれた。

 村の入り口には沢山の人がカエデさんを待っていた。透明のテントが雨を弾くようすを見て驚く人もいたが、それ以上にカエデさんとの再会を喜んでいるようだ。


「おかえり、カエデ……アンタ大丈夫? やつれてないかい?」

「大丈夫だよ。ご飯は食べてるから」

「でもアンタ、お城で働いてるんでしょ? スゴイじゃないか!」

「うん……」

「本当はもっと話したいことがいっぱいあるんだけどね。今はサクラさんに会ってきなさい」


 カエデさんが両手で顔を隠した。すすり泣くような声が聴こえてきて、どうしたらいいのか分からない。俺はただただ、彼女が雨に当たらないように透明の傘を差していた。


「しかし、それどうなってんだい? 街じゃそんなのがあるのかい?」

「あ、ちょっと俺は特殊で……このことは内緒にしてもらっててもいいですか?」

「分かった! カエデの旦那さんだからね。それぐらいはお安い御用(ごよう)だよ」

「え? いや、旦那っていうか……」

「みんなも感謝してるよ? アンタのお陰で「村からお城で働くやつが生まれた!」ってね」

「いや、俺はなんにもしてないです」


 もう少しなにかしてあげればよかった。だって、一度もおばあさんに会いに来なかった。


「カエデ? もう大丈夫? サクラさんにそんな悲しい顔見せちゃダメだからね?」

「……ごめんなさい。もう大丈夫です」


 涙はまだ流れている。ホントにどうしたらカエデさんを……どうしてあげたいんだろう……カエデさんに泣き止んでほしいのか? それとも元気に振る舞ってほしいのか?……今はカエデさんが自分の感情を殺さずにいてくれることが一番だ。


(雨だな……返事がないことは分かってる。だからこれは独り言だ)


 ルドリーが俺に話しかけてくれた。ありがたい。


(生きてるものはみな必ず死ぬ。だが死は終わりではない)


 俺がこの世界に来たみたいに、おばあさんもどこか遠くの世界に行ってしまったのかな。


(この世界には神がいる。だから……きっとまたどこかで会えるはずだ)


 ルドリーの言葉で俺の気分だけが楽になってしまった。カエデさんは辛いままなのに……


「あの、カエデさん? 珍しいよね、雨って」

「……そうですね」

「あの……おばあさんの為じゃないかな? きっと女神様がおばあさんのために雨を降らしてるんだと思う」

「……」

「大丈夫だよ、うん」

「……ありがとうございます」


 雨の中、透明の傘を差しながら、懐かしい村を歩いていた。




読んでいただきありがとうございました!


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ありがとうございました!

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