2 ここは大きな弓矢の倉庫
村の奥の方にあった2人の家に辿り着き、少し不恰好なイスに座って話を始めた。お互いに聞きたいことが沢山ある。
「どうしてあんなところにいたんですか?」
自分でもよく分からなかったが、トラックという乗り物に轢かれてしまったことや、目覚めたら草原で寝そべっていたことを出来るだけ伝わるように話した。そのすべてを理解するのは難しかったようだが、それでも大体の事情は分かってくれた。
「つまり、死んでしまったと思ったら、いつのまにか草原で寝ていた……ということですかね?」
「まぁ、大体そんな感じかなぁ」
「それは……それは……大変だったねぇ……」
先ほどのおばあさんが紅茶のようなものを持ってきてくれた。その香りからしてハーブティのように感じる。落ち着く……ような気がする。
「これは?」
「この近くで取れる、いい香りがする草を乾燥させてから熱湯に浸したものなんです! 香りが良いんですよ?」
「へぇー、そうなんだ。俺のいた世界にもあったかも」
「そうなんですか? 落ち着くんです! とっても……」
一口飲むと味は薄かったが、ハーブティの味がした……ハーブティってどんな味だっけ? 飲んだことがないような気がしてきた。
「すごくいい香り、やっぱり落ち着きますね……」
「なんか、ご飯の後とかにゆっくり飲みたい感じの」
「そうなんですよ! 消化にも良いらしくて」
「へぇ、良いね」
食後にお茶を飲むみたいな、そんな優雅な事したことないと思ったけど、気にしないことにした。ハーブティを飲んで一息ついていると、彼女が口を開いた。
「あの……もしよろしければ、セントラルに行ってみませんか?」
「セントラル?」
「この辺りで一番栄えてる街なんです! 行ってみれば分かると思いますけど、スゴイところなんですよ。活気があって、とても綺麗で……しかも王様が住んでいらっしゃるので、色々な話が聞けると思います! とにかく行ってみましょうよ!」
「それじゃあ、そのセントラルに行ってみようかなぁ」
行くあてもなかったので、彼女の案に賛成することにした。今の自分にとって何をするべきなのか、とかが全く分からないので、手がかりになりそうな事ならやるべきだろう。うん。
「それでは少し待っていてくださいね、あなたが使う弓矢を持ってきますので!」
しばらく待っていると、さっき草原で放り投げてきたはずの弓矢が出てきた。
「あれ? さっきの場所に置いてこなかったっけ?」
「村ごとに弓矢が支給されているんです! 壊れてもいいように沢山あるんですよ?」
「そうなんだ……」
「ちょっと付いて来てみてください!」
彼女に付いていってみると、とんでもなく大きな倉庫のようなところに連れていかれた。中に入り驚く。ぱっと見でも百を超えるほどの弓矢が台にかけてあった。スゴ!
「なんでこんなに?」
「ここでは、弓矢でドラゴンから自分の身を守っていく必要があるんです! もし足りなくなったら大変なのでたくさん予備があるんですよ?」
それにしてもすごい数だ。
凄い数だけど、これって全部弓矢? こんなに弓矢だけを集める必要ってあるのかな、よく分からないけど。
「弓矢以外も置いてあったりするの? 剣とか」
「ありますけど使う人は見たことないです。ドラゴンに近付くと危ないので……」
たしかに、よくよく考えてみたらゲームみたいにモンスターと近づいて戦うのは危険か。死んだら死んじゃうんだし。
「じゃあ俺も弓矢で戦おうかなぁ」
弓矢の山からそれを一つ持ち上げようとすると、そのあまりの重さに驚愕した。両手でも持ち上がらない。こんなに重いの? これ。
「おも!」
「大丈夫ですか!?」
頑張って持とうとしていると、バランスを崩して倒れかける。彼女に腕で支えられる形になってしまった。チカ。
「こんなに重たいものをいつも持ってるの?」
「子供の頃からなのでもう慣れています!」
「でも、持てないと困っちゃうなぁ。弓矢を持ってないと危ないんじゃない?」
「そうですね……危ないかもしれないです」
そんな話をしていると、倉庫の入り口からさっきのおばあさんがやってきた。
「おやおや……大丈夫かい?」
「おばあちゃん!!」
そういうとまた彼女はおばあさんのところへ駆け寄り、少しの間2人で話してからこちらへ話を切り出した。
「あのね! いい案があるんです!」
ハテナを浮かべているとさっきの家に連れていかれ、台所のようなところから木刀のようなサイズの木製の棒を取り出してきた。
「これは?」
「これは弓矢を持てなくなって困っているお年寄りの方や、もともと力の弱い人が使うためのものなんです! ぜひ使ってみてください!」
力が弱いと言われたことが少しショックだったが、事実だし受け入れよう。両手で差し出してくれたそれを持ってみると、見た目よりもずっしりとした重たさを感じた。
「これは木製? なんだか少し重たいけど?」
「木で出来ているんですけど、この木はドラゴンの唾液をたくさん塗ってあるんです!」
「だえき!?」
びっくりして離すとその棒が足の先に当たってしまい、すごくいたかった。
「あぁ! 大丈夫ですか!? あの、棒が当たったところを見せてください!」
彼女が棒が当たったところを見てくれた。見てみるとしっかりと赤くなっている。
「赤くなってる……痛くない? どうしたら……」
彼女が傷を見てくれていた間におばあちゃんが青臭いすり潰した草のかたまりのようなものを持ってきた。
「あぁ、ありがとうおばあちゃん!」
「ぬってあげなさい……」
おばあさんがそういうと彼女はかたまりをほぐして一部を赤くなっているところに塗った。するといきなり痛みがひいて、さっきまでの激痛が嘘のようだった。
「あれ? もう痛くない…… でも、なんで?」
「これをすりつぶす時に、水と一緒にドラゴンの血液を混ぜているからです」
「これにもドラゴンが?」
「そうです。私たちの生活にドラゴンの素材は欠かせないんです」
前にいた世界では伝説だったドラゴンが、この世界では日常で当たり前の存在になっているのかと思うと、本当に違う世界に来たんだという感じが強くなった。
「もうおそいから……とまっていきなさい……つかれたでしょう……」
おばあさんがそう言ってくれた。たしかに外を見てみるとだいぶ暗くなってきていて、今からセントラルとやらに行くのは厳しいように思えた。
「何から何まで面倒をみてくれてありがとうございます。申し訳ないですけど泊めさせてもらいます」
「この裏の小屋にたくさん藁があるので心地よく寝れると思います。本当はベットに入って欲しいんですけど私たちの分しかないので、すみません!」
「いや、いきなり来たのは俺の方だから気にしないで! それじゃあまた明日! 二人ともおやすみなさい」
「「おやすみなさい」」
俺はさっきもらったドラゴンの唾液がついた棒を持って言われた通りに小屋で寝ることにした。
「まぁ、思ったより藁が柔らかくて寝やすいなぁ」
これまでのこと、これからのこと、カエデと呼ばれていた彼女のこと、色々なことを考えようと思って目をつむるとそのまま吸い込まれるように眠ってしまった。