256 『僕たち』の問題
なんとなく気まずい空気が流れる中で、もう一度口を開く。井戸の先に大臣の故郷がある、という情報さえあれば別になんとでもなるだろうし、無駄に心配されても意味ないと思ったからだ。
ダメでもまた旅に、いや、賢者様に話を聞けば良いだけだ。会いたくはないけれども……
「まぁ、でも、今までは全く手掛かりなかったからね。そう考えると井戸の先にあるって分かっただけでさ」
「その先を埋めちゃってるから……しかも、その上に建物も建てちゃったし……」
「そ、そうなんだ。へぇ」
「反対する人もいたんだよ。その意見を聞けば良かった。何でもかんでも開拓すれば良いってわけじゃないのかなぁ」
「それを予想するって難しくない? しょうがないよ。うん」
「ごめんね。本当に」
「いや、魔法とか使えばなんとかなるんじゃない? 良く分かんないけどさ」
「とりあえず、井戸の場所はアーノルドさんとアヤカに聞けば分かるはず。そこまでの地図は、ほら」
ハヤトは壁に飾っていた地図の束から一つを俺に手渡ししてくれた。どうしてそんなに地図があるんだろう?
それを見てみると、道に一本の線が引かれているのが分かる。まさかコレは……
「え、コレって行先までの道のり?」
「うん。これも仕組みは分からないんだけど作ろうとしたら作れたから」
「へぇ……こういうのも出来るんだぁ……ちょっと怖いね……」
「僕たちも怖いよ。でも、仕方ないんだ、魔法を広めちゃった以上はもう戻れないから。それに、僕たちに魔法が必要だったのは、間違いないから」
「うん……」
「アキラくん達も頑張ってよ。僕たちは僕たちの問題を解決出来るように頑張るから。無理かも……いや……無理かもしれないけどね」
「……手伝えるように早く見つけちゃうよ。正直、俺は使い物にならないだろうけど、大臣とかカエデさんとか親方とかは、絶対みんなの力になるだろうからさ」
「アキラくんも力になれるよ。人手も足りないしね、というか、人間が足りないし」
「人間が足りない?」
なんか変な言い回しだなぁ。普通に人手が足りないを訂正する必要なくないか? それとも何か別の問題があるのだろうか?
気になったので、つい聞き返す。こっちの疑問が伝わったのか、ハヤトは口を開いた。
「うん、人間が足りない。僕たちは色々な技術を魔法で作り出してるんだけど、それを利用する人……正しくいうならば、新しい技術を試験運用してくれる人が全然いないんだよ。みんなそれぞれの生活で精一杯っていうのもあるんだけど、それ以上に魔法で出来ることが、僕たちの手に余ってしょうがないんだ」
「そっか。いきなり使ったらマズイの? 試験運用とかせずに」
「魔法の上手くない人達に渡して失敗したこともあるからね。まぁ、魔法で怪我は治るんだけど、痛みはあるだろうし……それに、死んじゃったらどうすることも出来ない」
「……」
「まぁ、幸いにも死人は出てないんだけど、僕には運が良かっただけとしか思えないんだよ。だから、魔法が怖いんだ」
「うーん。まぁ、まだみんなも慣れてないし、慣れたらきっと自分のことは自分で守れるようにも……」
「どうだろ。とにかく今は、色々と浮き出てくる問題の解決方法として、魔法に頼り切ってしまっているところが一番の問題……まぁ、それは僕たちの問題だね」
ハヤトはそう言った。確かに俺はこの国が今どんな仕組みでどういう風に動いていっているのかを全く知らない。そもそも、セントラルがこうなる以前からそんなこと知らなかった。
それでも『俺たち』、つまりは旅に出て大臣の故郷を探した『俺たち』と、ここに残ってセントラルの問題を解決しようとした『僕たち』の間に高い壁が出来上がってることは、悲しかった。
「僕は支えられてるんだよ。エラやアヤカに、他にも沢山の人に。エラさんなんかは僕よりもずっと頭が良いしね。こんな悩みも明日には解決してるかもしれないよ。ほんとうに」
「……それじゃあ、俺は大臣の故郷を見つけてくるから。そしたらすぐに……手伝えることがあったら言って」
「ありがとう。いってらっしゃい」
振られた手に対して振り返しながら部屋を出ていく。すぐに誰にも見えないように透明になった。
渡された地図の行き先を辿りながら見知らぬ街を歩く。この線の先にはアーノルドさんとアヤカがいるらしい。
さっきまでは久しぶりの再会を純粋に楽しみにしていたが、ハヤトと話したことによって、楽しいだけの感情ではいられなくなった。セントラルはこんなに短期間で、恐ろしい大きくなった。その問題は山積みのままだ。
正直、俺には手に負えないような問題ばかりのような気がする。どうにも俺はなんの助けにもならないような気がする。
そんな中で、自分達だけの願望を叶えるために、忙しいであろうみんなに無駄な手間を取らせて、意味のない時間を使わせることは罪深いことのような気がした。だって俺を助けたところで、セントラルは救われないから。
どうにも重たい足取りで、絶対に迷うことがない地図を見ながら歩いていた。