高い山のレイン
レインは宇宙からきた青年でした。彼は彼がいた世界の技術を使って、まだ小さな町と言えるほどの街を発展させたり、巨大なドラゴンを討伐したりなど、この世界の人々と仲良く、上手く生活していました。しかし、その技術を恐れた街の人間は、彼を遠くの山へと追いやってしまったのです。
悲しかったレインですが、街の人達に仕返しをしようとは考えませんでした。なぜから、価値観は人それぞれだし、自分がこの世界にとって異質であることを理解してきたタイミングでの事だったからです。
彼は一人で退屈だったので、とある目標を立てました。それは、『自分が元々居た世界へと戻る事』です。その為に技術で飛行機を作ったり、宇宙へ進出したりしましたが、自分が取り組んでいる仕事があまりにも無謀なように思えてきて、途中で挫折してしまいます
しばらく無為の日々を過ごしていたレインは、ある日、なんでもないある一日の中の、なんでもない瞬間にある事が頭へ浮かんできました。それは『数百年もずっと一人だった』ということです。
それを自覚した途端、今まで感じた事がない、『人と話したい、いや、話せなくても良いから会いたい』という強い感情に捉われました。それでも、街の人間に追いやられた過去がどうしても頭をよぎり、また数年間をただただ過ごしていました。
ある日、当たり前の事に気付きました、『数百年も人間は生きられないじゃん』と。つまりは街にいる人達は自分のことなど知るはずがない。それなら、別にこちら側がおかしな行動を起こさなければ、普通の人間同士で会話が出来るはずだ。
このような考えから、ウジウジ悩むのを辞めて、やっと街に行く決心をしました。ただ、同じ場所に戻るのはなんだか気まずかったので、別の街へと行きました。
前回の経験を活かして、今度は宇宙の技術を使わずに、普通の市民として生活をしていくレイン。
多くの人との語らいは彼にとって特別な体験で、数百年の孤独を満たすようなそれらの行為は、渇き切った喉に水が注がれるような感覚をレインに覚えさせました。
しかし、実際、数百年の孤独が完全に満たされることはなかったのです。人との触れ合いを続けながら過ぎていく歳月によって、レインが特殊な人間である事が市民にも知れ渡っていくのでした。
何を聞いても必ず明瞭で正確な答えが返ってくることや、数年の歳月で老け込むようなこともなく、むしろ若返っていく姿が街の話題になり、その不思議なレインは自然と街一番の有名人になったのでした。
街の人気者となったレインは、王様との謁見を許されました。その当時は一部の限られた階級の人間しか会うことが出来なかった王様に、一市民である彼が呼ばれたことは、レインが特別な人間であるということを知っていた街の人達にとっても、驚くべき出来事でした。
王様との謁見の際にレインはしっかりと自分の持っている知識の中でも特別な知識を準備しようと考えました。
元の世界での技術を除いた、自分が持っている知識の中で最も特別なモノ。それは、この星に関する知識でした。この星がどんな形をしていて、どんな色をしていて、どれだけ美しいのかという知識。
それを伝えるためにレインはこの星における地球儀のような物を作り、王様の元に持っていくことを決めました。
王様はそれを見て感動しました。今まで生きてきた世界の姿は輝くほど青くて、心が柔らかくなる緑で、なによりも生命の息吹がほとばしるようなこの星の息吹とでも言えるような何かを感じられる姿に心の底から感動したのです。
さらに、彼はそれらを王様に詳しく説明します。海というもの、今あるこの場所のこと、世界には沢山の国があるということ。
その全てに感動した王様は、レインに勲章を与えようとしましたが、彼はそれを断ります。それでは、と言って、家や山羊などの報酬を彼に与えようとしましたが、それも同じように断ります。
権威的なものには興味がなかったのです。そして、家や山羊などの物質的なものにも興味がなかったのです。それに関心すらした王様は、どうにかしてレインにとって必要な何かを与えようと決めました。
色々な提案をされました。それは国の重要な役職であったり、自由に商売を出来る権利などでした。
結局のところ、最後の最後まで彼が王様から何かを与えられることはありませんでしたが、興味が湧いたモノはありました。正確には王様が提案してきたモノにまつわるある事に興味が湧いたのです。
王様が自分の娘を娶るように言った時、彼の頭に雷が落ちました。実際に見たその王様の娘に惹かれたわけではありません。そうではなく、レインはこの世界に来てから一度たりとも恋愛をしたり、人を好きになったりした事がないという事実をその瞬間に思い出したのです。
『そうだ。街に出て色んな人と話すよりも、一人だけで良いから大事な人を見つけたい』。この想いが、彼の霧がかかったように曖昧だった生活に新たな目標という光を与えたのです。
天啓のように確信を伴うような光でした。きっと女神様の成した業なのでしょう。
やるべき事が分かったので、王様との謁見を終わらせるとすぐに街の中を歩き回ります、この街で誰かに胸をときめかせるようなことはあっただろうか? そんなことを考えながら。
呆然としてしまうほど、この街で心から惹かれるような人は居ませんでした。それは街の女性に魅力がなかったというわけではありません。彼に相応しいような人間が、彼と生涯を共に出来るような人間が居なかったというだけのことなのです。
考えればすぐに分かることでした。同じようなレベルで、同じような能力で、同じような体験をしている人ではないとお互いを理解し合うことは難しいのです。自分の心を打ち明けることが出来ないのです。それでは寂しいままで、虚しい関係で将来性がないのです。
それに、レインは誰かに支えられる必要もありませんでした。精神的な部分は置いとくとして、生活でこれから困ることなどあり得なかったのです。
言い寄られることも増えましたが、そのどれも空虚なモノに思えて仕方がないのです。
また山に戻ることにしました。理由はいくつか有ります。
数十年も同じ街に居るのに年老いていかない事は、彼の個性ではなく、恐るべき部分として皆に受け入れられるようになりました。
博識である事は、王様や一部の特権階級の人間にとって、彼の個性ではなく、恐るべき部分として受け入れられるようになりました。
レインにとって人と触れ合う事は、次第に苦しいものになっていったのです。悪意や不信感を持たれたまま話すのは辛いのでした。なので、また山に戻ることにしました。
山で百年以上退屈な時間を過ごしていると、また同じように人恋しくなるのです。でも、今回は前回と違って街に出ることはしませんでした。なぜならそれが良い方向に進む事はないと知ってしまったからです。なので今度は街に入り込むのではなく、街の外にいる人、つまりは旅をしている物珍しい人に対して話しかけることにしました。
一期一会の関係であれば、お互いの素性や人間性に深く関心を向けることも少ないのでは? という考えです。
前回の反省するべき点は時間とともに深い関係性になってしまったこともあることでしょう。薄い関係でいられたのならば、人と人という関係を保てるはずです。
しかし、根本的な部分に問題がありました。それは、恋愛は深い関係になっていくことが当たり前であるという、彼自身が求めていることが問題になりました。
つまりは、人恋しさを紛らわすためのものであって、成し遂げたい目標を果たすためのものではないのです。レインはそれを知っていました。それでも心の片隅に恋愛を期待して、旅の人に話しかけるのでした。
旅の人は気さくに話しかけてくるレインを怪しみます。なぜなら怪しいからです。強盗じゃねーか、って思われながら旅人と接することも多かったのですが、やっぱり長く生きてるだけあって、人の心を操作するのが上手く、僅かな時間ですぐに仲良くなっていきました。中には途中まで旅に同行するようなこともありました。
それでも自分の思い通りに動く旅の人との会話は人恋しさこそ紛れたとしても退屈なのでした。
そんな中でも長く続けていると特別な出来事が起こったりするものなのです。それはもう二度と会えないと思っていた妖精との再会でした。
どうしてレインが妖精に会ったことがあるのか? それは、彼が昔、女神様に護られていた存在だったからです。その時に、導くための役割として妖精が彼に危ないことがないように、正しい事を出来るようにと見守っていたのです。
その再会はレインにとって、とても刺激的でした。今までは話をしていても自分が相手に話を合わせるだけで、こちらにとって有益な話を聞く事などほとんどありませんでしたが、妖精は彼ですら知らない情報を教えてくれます。
妖精と話をする中で気付きました、自分は恋愛がしたいのではなく、分かり合える人が欲しいんだと。そして、分かり合える人間なんてどこにも居ないんだと。
妖精との出会いは刺激的ではありましたが、やがて旅人と共に彼の元を去っていきました。それから数十年後にも、同じように妖精が旅人と共にやって来ました。そして同じように去り、その後も旅人と共に同じように妖精は来ました。
旅人の共通点は、皆、女神様に護られているということでした。それが分かったことで、これからどうすれば良いのかが分かりました。
『護られた人間』の側には、必ず妖精が居るのです。そこで、レインは『護られた人間』にのみ会うことを決めました。それ以外の出会いは彼にとって無駄な事に思われたからです。
それからは、『護られた人間』の気配を感じるまで、会う必要のない人には会わないように、誰も来れないような高い山で暮らしていたのでした。一人でも幸せに暮らしていました。終わり。