212 殺人鬼の噂
朝食は意外にも宿で用意してもらった。
運んできてくれた女性と少しの世間話をしていると、話の途中で昨日の話が出てくる。そりゃ気になるよね。
「あんまり目立たない方が良いよ」
「え? 目立ってました?」
「目立ってたよ。露店であんなに稼いだら狙われるよ」
「あぁ、それで襲われたんですかね?」
「おそらくそうだろうね」
「まぁ、そうですよね……」
「しかし、強いんだね。旅してるって言ってたけど、やっぱり違うね」
「ありがとうございます……」
「アイツらもさっきまで捕まってたみたいだし、懲りてもう来ないだろうけど、気を付けな。もしもの事があるからね」
「……あ、はい。気を付けます」
さっきまで大臣に質問攻めされてたのかな。それならやっぱり寝て正解だったな。
てか、警察とかに言わないと……そういえば無法地帯なんだっけ? ここって。
「あれ? 今はみんな宿に居ますか?」
「あの小さい子だけは居るよ。残りの二人はどっかに行っちゃった」
「なるほど。ありがとうございました」
元気だなぁ。カエデさんはエリーがいるからまだ分かるけど、大臣は普通の人なのに、どうしてそんなに元気で居られるんだ?
もしかしてもうすでに契約してたりする? 俺の知らないところでデカいドラゴン倒してるみたいなことも大臣だと有り得ない話じゃないからな。流石にないだろうけど。
さてさて、というか、結局のところ、今日も俺はやる事がない。イーリカも寝てるだろうし、大臣たちがどこにいるのかなんて知らない。
親方にでも会いに行こうかなぁ。ただ、作業の邪魔するだけな気もする。
……そうだ! 普通にメンテナンスしてもらう為に行けば良いじゃん。旅を始めてから相当ドラゴンを斬ったし、そろそろ診てもらった方がいいだろう。そういう口実で行こう。
魔法で作った箱に剣と鎧を入れた。さてさて、親方は元気にしてるかな? ははは! というわけで、親方のいる鍛冶屋にまたまた向かう。イーリカは部屋で寝かせておけばいいだろう。
道中、空にまた謎の物体が浮いてるのが見えた。明るいから昨日よりはハッキリ見えるが、それがなんなのかは分からない。ただ、光の反射してる感じとか、ボンヤリとした輪郭から、もしかしたら本当にドラゴンかも? という気になってきた。だとしたらずっとそこに留まり続けてる意味が分からない。
そんなことを考えている内に親方の鍛冶屋に着いた。まぁ、親方の鍛冶屋ではないけど。
「あの、今大丈夫ですか?」
「はは……良いよ。あの人に会いに来たんでしょ?」
「あ、それもあるんですけど……コレを」
「……剣と鎧ね。はいはい……」
箱を渡して、その中身を確認したアルミコ? さんは事情、こっちの用件を理解してくれているみたいだ。
「お代は?……」
「あ! そうか!」
「……」
セントラルでの生活に慣れすぎていたせいか、お金を持ってくるのを忘れてしまった。
マジか……どうしよ。大臣とカエデさんがどこにいるのかとか知らないし、お金はないし。
ここで働くか? 一応、鍛冶屋で働いていた実績はあるし、皿洗い的なことで許してもらえないでしょうか? いや、後でまた来よう。うん。
「あ、あの、すみません……また後で……」
「……」
店主は黙って店の奥へと消えてしまった。これはこのまま帰ってこないやつか? でも、箱は? 俺の剣と鎧は?
しばらくして来たのは親方だった。どういう事だ?
「お金がないんだってな。ほら」
「え? これって、お金ですか?」
「今日のご飯代ぐらいにはなるはずだ。それに剣と鎧の点検もやっておくから、夜にでもなったらまた来い」
「すみません……」
「アイツのことだから金はあるんだろ? 後で少し分けてもらった方が良い」
「はい……分かりました」
「私の分は必要ないと今のところは言っておいてくれ。仕事を見つけたからな」
親方……流石です……俺は一文無しで店に入るような人間なのに、親方はその間に自分のやるべき事を見つけてる。嫌になっちゃうくらいちゃんとした人だなぁ。
「帰り道には気を付けろ? ここは治安が悪いらしい」
「確かに……治安は良くないですね」
「ん? 知ってるのか?」
「知ってるっていうか、襲われました。宿に集団で来て」
「なんだ違う話か」
「え? どういう事ですか?」
「この周辺には殺人鬼がいるらしいんだ。しかもまだ正体は不明のまま」
「え! 殺人鬼……」
「それに人間離れしているような犯行らしい。それが本当だとするならば、もしかすると私たちでも危ないかもしれない」
「そうなんですね……」
「まぁ、詳しい話はまた今度だな。とにかく気を付けろ」
「分かりました。また……というか、親方も気を付けてくださいよ?」
「分かってる。それじゃあな」
こわぁ。殺人鬼がいるって怖い。それに人間離れしてるってなんだよ。魔法が使える相手か? 下手したらドラゴンとの契約もしてるかもしれない。
ぶっちゃけ何があっても安全だと思ってたけど、考えてみれば世界がこんなに広いんだったら、普通に俺たちよりも強い人っていそうだよな。
そう考えると女神様に護られてるって相当な安心要素だな。
イーリカのあの感じって俺も見習うべきなのかもしれない。ただ、真似するとそれが無くなった時にすぐ死にそうだな。まぁ、良いや。大臣が帰ってきてないか確かめるために帰ろう。
殺人鬼がいると言われたからか、この辺りの人通りの少なさが気になってきた。はぁ……早く帰ろ! 怖くなってきたので、早歩きで宿に向かった。