198 空間にパンチ!
四角い塊になった金属を店主が両手で持ち上げようとしている。あれ、クソほど重いんだよな。俺も経験あるから分かる……懐かしい。
額に汗をかきながらそれを運ぶのを見ていると、なんだか手伝いたくなってムズムズしてくる。あぁ、でもそんなことしたら見つかって終わりだ。
(なんか、変わりませんね)
(そうだな。しかし、まだ分からない)
(そうですね)
それからずっと終わりまで見守っていたが、別に俺たちがいつもしている作業と何にも変わらなかった。なんだったら工程が抜けてたりしている。どうやら俺たち……親方の方が技術的には優れていそうだ。
(普通ですね)
(そうだな)
(ないんですかね、目新しい物は)
(決めつけるのはまだ早い。それに、見てみろ)
(ん? 棚ですか?)
(あぁ、本があるだろ。なら、それを集めた場所もあるはずだ)
(図書館みたいな)
(出ていくぞ)
親方は躊躇することなく扉を開けて外に出た。あれ、せっかく工夫して入ったのに、出る時は何にもしないの?
とはいえ、透明なので問題はないだろう。ただただ店主が心配な気持ちになるだけだ。ごめん……
というわけでまた街をブラブラと歩く。このままだとただ歩いてるだけになりそう。っていっても初めて来た街だから歩くだけでも楽しい。
そもそも俺には特にやることもないし、時間ならいくらでもあるだろうし、焦ることはないんじゃないか? まぁ、焦る以前になんにもやることないけど。
ただ、考えてみれば俺が鍛治の技術を学んだところでなんになるんだ? 鍛冶屋から離れて結構な時間が経ってるし、そもそもちゃんと自分一人で剣を作った経験すらないような気がする……まぁ、親方に頼んだら作らせてもらえたんだろうけど、頼んだこともないような……
うーん、帰ってドラゴンでも狩ってこようかな? そっちの方がよっぽどみんなの為になる気がする。
(あの)
(どうした?)
(俺、ドラゴン狩ってきましょうか? ご飯とかすぐ食べれるように。それに家とかも建てておけば……)
(良いのか?)
(まぁ、はい)
(そうか、それなら任せたぞ。楽しみにしてるからな)
(あ、ありがとうございます)
(はは。じゃあ外まで送るよ)
(いや、それぐらいなら自分の魔力でなんとかなると思います)
(分かった。また後でな)
(はい。後で)
というわけで半透明な親方とはお別れして、ドラゴンがいる広場に戻ることにした。
来た道をゆっくりと歩いて戻っていく。魔法でピシャッて帰っても良いんだけど、まだまだ昼間だし別に急がなくてもねぇ。せっかくの街だし。
そんな感じで歩いていると、不思議と視線を感じた。あれ? 透明になってるよね?
辺りをキョロキョロと見てみる。怪しげな紫のヴェールみたいなのをつけた若い女性、というか子供がコッチを見ていた。なんだあの子は。
試しに立ち止まってみると、それに反応したのかコッチに歩いてきた。挙句の果てには本来、俺が居るはずの空間にパンチをしている。いや、普通に触ってくれ。
見えてるわけじゃない? なんかミスってるかな。匂いとか? でも、そこそこ距離あったけど。
……なんで見えるのか聞いてみたいなぁ。でも、俺が変なことするとみんなバレる可能性があるから、ここは帰っておくか。
そう思いながら女の子から離れようとすると、後ろを着いてくる。そりゃそうだよな。だって見えてるんだもん。
困りながらもドラゴンのところに帰ろうとする。
ん? このまま着いてこられると場所バレちゃわないか? それに魔法で家とかも建てられなくないか? いきなり家が地面から出てきたら流石に噂になるでしょ。となるとなんか考えないとだけど、と思いながら街の外に出た。
このままだとマズい、と思ったのでまた立ち止まる。するとやっぱり女の子も立ち止まった。
「止まった」
しかも独り言でそんなことを言った。見えてるじゃん。ん? 見えてるの?
案が思いつかない。ここでいきなり寝かせたりとかしたらそれはそれで問題になるだろうし、見られていた場合、魔法で無理矢理離れるみたいなことも……もうそれで良いかな?
見えてないことに賭けて、空でも飛んでみるか? とりあえず引き離さないとマズいし、他に方法もないような気がする。
一か八かで空に向かって飛んでいく。途中まで女の子も上を見ていたが、遠くに離れると街の中に戻っていった。
驚いてる様子もなかったし、もしかしたらちゃんと見えてるわけじゃなかったのかな?
でもなんでだ? 影か? でも、影も見えない、ていうか影ないし。
魔力が見えるとか? スティーは確か魔力が見えるらしいし、それかもしれないな。人間でも頑張れば魔力が見えるのかもしれない。分かんないけど。
まぁ、とにかく透明になっても見つかる可能性ってゼロじゃないんだな。後でみんなに報告しよ。
……せっかく空に飛んだんだし、この街を見てまわろうかな?
透明になりながらの飛行は微妙に疲れたが、これぐらいならもうなんてことはない。
空から見下ろした街はセントラルみたいだった。
大きさはちょっと小さいけど、いや、結構小さいけど、ほとんどセントラルだ。正確には昔のセントラル。
アイラ達に全部任せちゃって良かったのかな。どうせやることないなら……そこまで考えたところで王様に嫌われてることを思い出した。あぁ、そうだった。
眼下に広がる名前も知らないセントラルみたいな街を見ながら、ちょっとだけ寂しくなった。