1 こんにちは
「うーん、また負けたぁ……はぁ……」
時計を見ると、もう夕方の5時半になっていた。
6時までにバイト先へ着かなければ、先輩や店長に小言を言われてしまうが、ゲームが楽しすぎて、というか、あまりにも盛り上がりすぎて、もう出ないとダメなんだけど出れない。うん、めんどい! いやだ! 行かない!
「もう一回やってもバイトに間に合うかな?」
間に合うかは分からなかったが、もう一回やる事にした。心のどこかにある不安をなんとか見ないフリして、もう一回コントローラーを握る。バカかもしれない……俺は。
「……あ……また負けた」
それからもしばらく現実逃避をしながら、なんとか自分を騙してゲームをしていた。楽しいけど、大丈夫なのか?
「まだ間に合うか? 急がないと……」
テレビ台の上に置いてある自転車やらの鍵を鷲掴みにして、支度を始める。めんどくさいから髪とか適当でいいわ!
いつもよりもスピードを出して全力の立ち漕ぎ、信号が点滅していても止まらない。なぜなら遅刻してしまいそうだからだ。
まわりが遅れて見えるほどドンドンと加速していく自転車。
信号の三番目の白線にタイヤがかかった瞬間、視界の端に動くものが見えた。横からトラックがやってきて俺を自転車ごと弾いた。
「あれ? どうなってるんだ……」
天と地が逆さまになった感覚があり、熱をおびた脇腹はだんだんと痛みを感じてきた。
「あぁ! 痛い……」
そのうちに全身が動かなくなり、呼吸もうまくできなくなってくる。
ヒューヒューと漏れる吐息が止まった時にそのまま、深い眠りに入るように暗闇に吸い込まれた。
○○
「お...…き...…くだ.... …い」
ん? なんだ?……どこからか誰かの声が聞こえるような……
「お...…てく..….さい」
声が遠くから近くから聞こえてくる。俺は天国にでもいるのかな……天国? 死んだ?
「おきてー!」
「うぉ! びっくりしたぁ」
いきなり大きな声が聞こえてきたので飛ぶように起き上がった。なに? トラックに轢かれてからの記憶がないんだけど……
「あっ、生きてる!」
「あれ俺死んだはずじゃないの!?」
まだはっきりとは目が覚めていないが、状況を理解出来てないことは分かった。ここはどこなんだ……てか、目の前の女性は?……可愛い……
「どうして草原に一人でいたんですか?」
俺を眠りから覚ましてくれた女の子は彼女自身の背と同じくらいの弓矢を背負っていた。
パニックになった俺は、遠くの空を眺めながら考え事をしていた。どうなってんだ……なんで弓?
そこに大きな鳥のような影が見える。もう! ホントになんなんだ!
ピャーピャーピャー!!
その大きな鳥の影は、奇声を上げながらこちらに向かって飛んできた。やばそうじゃないか? 大丈夫なのか?
「危ないです!」
彼女は背中から弓矢を取り出し、その影に向かって弓を射る。
見事に命中したそれを近くで見ると、今までに見たこともないような爬虫類なのか、鳥類なのかわからない不気味な見た目をしていた。
「逃げましょう!!!」
さっき取り出した弓矢を野原に放り投げ、俺の手を引っ張ってとんでもない早さで走る。
途中、後ろを振り返った。先ほどの不気味な生き物が複数追いかけて来ている。やばい……死ぬ……また死ぬ……
「!?」
「しっかりつかまってください!!!」
言われるがままがっしりと腕にしがみつき、転がり落ちるように崖から落下した。今はとにかく彼女の腕だけが頼りだ。とにかく無事を願い、固く目を閉じて助かるよう祈る。
「いったぁ……」
「あの、大丈夫ですか!?」
「まぁ、一応……多分、あの、あなたは?」
「私は大丈夫です!」
お互いの心配をしている時間があった。そんな事をしていると森の中から腰を曲げた1人の老人が杖をついて歩いてきた。
「おやおや…どうしたんだい? カエデ?」
カエデ? どう考えても俺たちに話しかけてるし、もしかして、助けてくれたこの女性の名前かな?
「おばあちゃん!」
彼女はいきなり老人の方へ向かうと両腕で抱きつき、老人もそれに答えるように抱き返した。
少しの間、2人で少し話しあった後に彼女がこちらを向いて。
「もしよければ私たちの村に来ませんか?」
そう聞かれたので何が何だか分からなかった俺は、とりあえず彼女たちの村に行くと答えておいた。
森をかき分け、後を付いて行くと人が住んでいそうな村があった。
「ここ?」
そう言うと彼女は満面の笑みで答えてくれた。
「はい! そうです! 私たちの村へようこそ!」
村に着いたとき、今までの色んなことを思い出された。
トラックに轢かれたり、変な鳥のような生き物に襲われたり、崖から落ちたり、とにかくいろいろなことがあった。
そんな時、やっと安心したのか、いままでの疲れを取っ払うように大きな大きなあくびが出て、たくさんの空気を吸った。
「あぁ、なんだかいい匂いだなぁ……」
いろいろあって疲れてしまったが、とりあえず生きてて良かった。