168 痛いくらいに抱きしめないで
朝から村は騒がしかった。それも今日までだろう。てからこれまでだ。
「じゃあ……ホントに村で待ってるのか? 先に行っちゃうぞ?」
「はい! 私たちは大丈夫です!」
「カエデも……二人も気を付けてな」
「あ、はい」
「じゃあな! 待ってるぞ!」
「はい! ありがとうございます!」
あれから数日経ち、村の人はみんな無事に街へと全員移動した。
俺はソワソワし始めていた。だって、大臣から「帰ってきて」と全然言われないから。
それに、何にも起こらないから。いや、起こらなくていいんだけどね?
「もう誰もいないね」
「そうですね。みんな、街に行ってくれて良かったです……」
「二人だけなら! もっと近づいちゃえ!」
エリーさんの声が聞こえた後、カエデさんが俺に抱きついてくる。
びっくりしすぎて、心臓が止まったかと思った。
「あ、あ……」
「ご、ごめんなさい! エリーが……」
「ダメ? 良くない? 二人だけでしょ?」
「あぁ……ダメじゃないけど……」
「ならいいじゃん? ほらもっと!」
カエデさんはもっと強い力で俺を抱きしめ始める。
……あれ? ちょっとあれじゃない? エリーの力も入ってない?
ギューギューッと締め付けられる体。段々と嬉しい気持ちから、痛いに変わっていく。いや、でも、「痛い」なんて言ったら……ただ……言わなかったら?……
「あ、あの……うぁ……」
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
「く、苦しい……」
「エリー!? もう良いよ! エリー!?」
「……し、死ぬ……」
「ははは! 楽しそうだね!」
「え!? だいじん!?」
「大臣さん?」
誰もいないはずの村に人がいた。しかも、それは大臣だった。なぜここに? 呼ぶんじゃないの?
「どうしてここに!?」
「ん? 聞かなかった? 呼ぶよって」
「え? そういう意味だったんですか?」
「最初は違ったけど、村の人たちが移動してるって聞いてさ。それなら僕も行こうかなってさ? ははは!」
「あ、お久しぶりです」
「カエデくんはエリーと契約したんだよね? 助かるよ。はは」
楽しそうに笑う大臣のせいか、お陰か、さっきまでキツく抱きしめていたカエデさんの体が離れていく。エリーさんも流石に空気をよんだみたいだ。
「……ていうか、アレって本当なんですか?」
「ん?」
「いや、ドラゴンが来るって」
「本当だよ? いつになるのかは知らないけどね」
「え、いつかなのか分からない?」
「そう。でも、大体準備は終わったからさ。ていうか疲れたから休憩」
「……準備って一体なにを?」
裏で大臣が何かしてるのは分かってた。でも、それが何なのかは全く見当がつかない。
というか、大臣が疲れたからとか言うの珍しいな。ホントに大変なのかも……
「結局さ? 人間が戦うと大変じゃん。だからドラゴン同士で戦わせようかなってね? ははは」
「ドラゴン同士?」
「元々ドラゴンにクマとか猪みたいな野生動物を狩らせてみるっていうのはやってたんだけど、それをやってる内にさ。これならドラゴン同士でも出来るんじゃないかって思ってね」
「出来たんですか?……」
「大成功。なぜか野生のドラゴンよりも、人間に従うドラゴンの方が強いんだよね。やっぱり生き物って狂っちゃうとダメなのかもね。はは」
「そうなんですかね?」
「あ! 今度は狂ってなさそうなドラゴンとも戦わせてみよっか? そうしたらそれも分かるしね。ははは!」
狂ってる大臣は俺なんかよりずっと優秀なんだけど。俺が狂ってると思ってるだけで、本当は正気なのか? いや、俺もおかしいのか?
でも、うーん……ちょっと残酷じゃない? しょうがないかもしれないけどさ。そうしないと俺たちが死んじゃうわけだし……ていうかそもそも俺自体がドラゴンを殺してるか。
「聞きたいことあるでしょ? 聞きなよ。はは」
「うーん……どうして来るって分かったんですか?」
「来てたからだね。日に日に増えてたから」
「え?」
「そもそも、街に来るドラゴンの数っていうのは予測出来るんだよ。正常な状態の彼らは出来るだけ人間と距離をおこうとするからね。学習して、出来るだけ街にも近付かないようにしてる」
「それは……どうやって予測するんですか?」
「セントラルの一番高いところから周りを見渡す。その時に発見出来た大体のドラゴンの数と、数日後の狩りでの報告数。それらには関係性が見られるんだよね」
「へぇ……知らなかった」
「君が狩りに行った日は参考にならないんだけどね? ははは!」
「まぁ……なんかごめんなさい」
「気にしないでよ! ははは!」
やっぱりこの人凄いなぁ……
もう最早尊敬してるかもしれない。なんか、エラさんの気持ちが少し分かってきた。
大臣が言ってることは信頼出来る……かも。
「質問は? 他には?」
「なんで、応えてくれなかったんですか? 話しかけてたのに……」
「はは。それはドラゴンと話してたからだよ。従ってくれるようにね?」
「言葉は通じるんでしたっけ?」
「うん。上手くいったから被害は出ないかもね」
その言葉を聞いて少しだけホッとする。隣のカエデさんも同じくホッとしているようだ。
「私! 頑張ります! 絶対に守ります」
「そう? まさか君が契約するとは思ってなかったからさ? 最初に考えていたより、大分楽になりそうだよ」
「あ、大臣。一つ良いですか? 質問」
「何?」
「親方の剣を使うってコレのことなんですか? 前に言ってた」
「うん。そうだよ」
「それって、その時からドラゴンが増えてたんですか? 丘から見えるドラゴンが」
「知ってる? ドラゴンが魔力でおかしくなるって」
「まぁ、はい」
「だから、いつかは必ずこうなるだろうなって思ってたよ? ちょっと早すぎるけどね? ははは!」
「……知っててドラゴンの巣を?」
「ん? 君も知ってたんでしょ? それに放っておいても巣は拡大するだけだから。そうでしょ? エリー?」
「まぁね? 私たちも大きくなり過ぎてて困ってたけどさ」
「ね? だから、いつかはこうなる運命だったんだよ。早いか遅いかの違い」
そうなのか? もう大臣が言ってることが全部正しく思えてきた。
実際、さっき言ったことは正しいような気もする。でも……いや、正しいか。間違ってないよな?
どことなく不信感があったが、それでも言ってることが正しいので、深く考えないことにした。
読んでいただきありがとうございました!
よろしければ下の☆マークから、評価などもお願いします!
ありがとうございました!