9 新居へようこそ
「おい! 新入り! 早く動け!」
初日でいきなり労働をさせられた。しかも信じられないくらい重たい箱を運べと言われた挙句、遅いからとなぜか怒鳴られている。
道理で人手不足になる訳だ。こんな人の下で働きたい人がいるわけないじゃないか!
「いやぁ! 僕の目に狂いはなかったようだね!」
大臣が自慢気にそう言っているが何が気に入ったのだろうか。
他人事だと思って……
「僕の仕事はまだ終わってないんだ! 早く彼を解放してあげてね?」
「ふん! それなら用事を先に済ませろ。おい! もうそこでやめていいぞ」
俺は言われた通りに運びかけの荷物を降ろした。降ろした時にドシンと重たい音がしたそれを彼女は軽々と運んでいく。
この世界の人はみんな力持ちなのかもしれない。
「あと! これから私のことは親方と呼べ!」
「はい! 親方!」
「しっかり働けよ!」
これから俺はここでやって行けるのだろうか?
「うん! それじゃあ、君の新居に向かおうか!」
なんだかさっきの人と比べると大臣がまともな人に思えてくる。
「さぁ! ここが君の家だー!」
鍛冶屋の近くに俺の家はあった。一見立派な二階建てだがよく見ると屋根の一部が剥がれかけていたり、少し異臭がしたりとボロボロだった。ここって本当に安全な場所なんだろうか?
「ここって治安が悪かったりしないですよね?」
「治安は悪くないよ! でもねぇ、こんなところに居る人なんて変な人ばっかりだよ! はははは!」
笑うな。お前も変だろ……
「だってねぇ! あちこちにカビは生えてるし、野良犬もたまに見るし、あと、あとね! 死体もたまに転がってるしさ! あっははははは!」
マジでこいつなんなんだ!なんでこんな奴が大臣なんだよ! 死体って事件じゃないか!
「まぁ! とにかく、中に入ってみようよ! 多分、いいところだよ! あはは!」
中に入ることになったが流石にこんな所に彼女を入れる訳にはいかないと思い、さっきから少しボーっとしてるカエデさんに外で待つように話す。
「カエデさんは外で待ってた方がいいよ……汚いから! 入らない方がいい!」
「いえ、私も入ります! 見てみたいんです!」
玄関の扉が開かない。どうしようかと思っていると彼女が開けてくれた。
中にはしっかりとした台所があった。他にも縁側のようなところがあったりと建物自体はすごく良かったのだがなにせ汚い。
「掃除が大変だ……これを一人で掃除をするのか……」
蜘蛛の巣は四隅に生えており、廊下は裸足で歩くことができないくらい汚れていた。これからは自分一人で生きていくのだ! という覚悟を決めながら二階へ向かう。
「いやぁ! 僕の家より広いなぁ! いい家だねぇ!」
大臣が言うように広さだけで言うなら相当だった。でもその分、掃除も大変だろう。
「はははは! もうこんな家出て行こうか! 病気なったら嫌だしね! ははははは!」
「ははははは………」
もう笑うしかない。これから俺はここに住むんだぞ!なんでそんな事が言えるんだ!
「ここに掃除用の道具がたくさん置いてあるから好きに使っていいよ!」
バケツやら雑巾やらが置いてあった。
「これで僕の仕事も終わりだ! 君の仕事は明日からになっているから今日はゆっくり休みなよ! 困った事があったら訪ねてきてね! 暇なときは相談に乗るからさ! じゃあね〜〜」
ものすごく疲れた、なんかもうグッタリ……
「やっと、居なくなったか……」
大臣が去ってから、彼女と2人きりになる。なんとなく沈黙が流れてしまい、何から話を切り出そうかと思っていると
「あの!」
不意に彼女から話しかけてくれた。
「どうしたの?」
「お掃除……少しお手伝いしてもいいですか?」
「もちろん! というかありがとう! 助かるよ!」
もう一度家の惨状を振り返ってみると軽く絶望したが彼女が手伝ってくれる事が唯一の救いだ。
「それじゃあ俺は雑巾で廊下を綺麗にしとくからカエデさんはホウキでゴミを一箇所に集めておいて!」
「わかりました!」
各自、掃除を始める。
こんな家じゃ水道は通ってないと思っていたが蛇口をひねるとしっかり水が出てきた。水をバケツいっぱいに入れて、雑巾を濡らし、拭き掃除を始めるが雑巾を廊下につけた瞬間に真っ黒になった。
「な、なんだ、この汚さは!? こんなの本当に綺麗になるのか?」
雑巾をバケツに浸す。綺麗になっていくがその代わり、バケツの水が黒く染まっていく。
俺は拭き掃除は後だと思い、別の掃除道具を取りにいった。すると、そこにはカエデさんがいた。
なんだか俯き加減で落ち込んでいるように見える。まぁ仕方ないだろう。掃除をすると申し出たはいいがまさかここまで汚いとは思わなかったのかも。
「あの! カエデさん?」
そういうと顔をそらして別の方向を向いてしまった。ん?なんだろうか?
「大丈夫? なにかあった?」
心配になって聞いてみる。
「あの……あなたはずっとこの街で生活するんですか……」
その一言でなんとなく分かった。
環境について行くのに必死で彼女のことをあんまり考えていられなかったがこの後、彼女は村に1人で戻るのか。
「多分、これからはここで暮らして行くと思う」
本当に世話になった。異世界から来たという嘘みたいな話もすぐ信じてくれたし、初めてあった時なんて命を救ってくれた。
もしかしたらこの先、彼女と会うこともなくなるのかもしれないなぁ。そう思った時、不意にあの大臣の言葉が浮かんだ。
やりたい事をやりなよ!
そんな事も言ってたなぁ。やりたい事ってなんだよ……
俺のやりたい事?あ、そういえば……カエデさんは何がしたいんだろうなぁ、考えてもみなかった。彼女のやりたいこと……
あっ!そうだ!
「あのさ、掃除なら今じゃなくてもできるから今日はさ、この街を観光しようよ! 俺、あんまりこの街の事知らないから案内してほしいなぁ」
もともと今日は観光する予定だったのだ!それなのにこんなボロボロの家を掃除させるなんてひどいじゃないか!俺は!
「あ、ありがとうございます!! 実は行きたい場所があって、一緒に行ってくれますか?」
やっぱり我慢させていたのか……大臣の言葉がなかったら気付けなかった。ありがとう!大臣!変な人でもいい人だ!
「もちろん!! 連れてってくれ!」
「それでは急ぎましょう! 早くしないと見れなくなっちゃうかもしれません!」
そういうと彼女は掃除道具を放り投げて、俺の手を引いて走っていく。
大急ぎの彼女はすごいスピードで人混みを掻き分けていった。ついて行けなくて、たまに転びそうにもなるがしっかりと手を掴んで絶対に離さないようにする。
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