子供売り
「これどういうこと? 」
相模の開いたドアの先はどこかの書斎であった。
整理された本棚が彼女を囲む。
幼さの残っていた少女の面影はなくなり、相模の見慣れた少女になっていた。
少女はしわだらけの茶色の用紙を机に叩きつけた。
不気味に書斎に置いてある木製の置き時計の時間を知らせる音が鳴り響いた。
「あらどうしたのそんなに血相をかいて」
老婆は震える手で眼鏡を外しそれに目を配りながら、声をかける。
「まさか子供を売ってなんて……」
言葉にならない彼女の声は悲しみで満ちていた。
「イチカ何を言ってるの? 」
まともに相手にしない老婆は机に置かれた大量の手紙を一つ一つ開いては、目を通していた。
「ショーちゃんも見たって言うのよ……」
その言葉に老婆は反応を見せ、顔を少女に向けた。
「何を? 」
悪意のこもった返しに、少女は怒りを抑えるのに必死であった。
「子供達を売っていたところを」
力強く彼女は言い放つ。
「どこに証拠があるのかしら? 子供の見ただの与太話しにもならないわ」
見透かしすような表情で少女を横目にペンで何かを書き始めた。
「そんなこと言う人だったかしら? 」
失望の眼差しで忙しく繕おう老婆に言及する。
彼女にはまだどこか希望を残していた。
「もともとよ」
咳き込むように言う老婆の目は冷え切っていた。
「それよりイチカ、こんな時間まで起きてていいんですか? 」
老婆は手を止め、夜更けた空を見上げた。
「今はそんなことよりも……」
「早く寝なさい」
老婆は少女の言葉に被せるように強めの口調で言う。
少女も踏みとどまろうとするが、どこか虚無感を感じたのか空返事で書斎を後にした。
老婆は少女が完全にいなくなったの確認して、黒電話のダイアルを回した。
「夜分に悪いね。ちょっと話があって」
彼女のしわがれた声が書斎に響いた。
それはドアに耳をつけた少女の耳にも同様に響く。
「バレたみたい」
気怠そうに話す老婆は電話相手の質問にあぁと応答する。
「それで、明後日にでも2人ほど持っていってくれないかい? 」
悪気もない彼女の話し方には相模も怒りを覚えた。
それはドア越しに聞く少女にも同じ感情が芽生えていた。
「ありがと、これからもよろしく」
電話の切れた音。
「その二人って私も入ってるのかしら? 」
少女は扉を大きく開き、ドアノブを握りしめなが問い詰めた。
「あら、まだいたの? 」
刹那に強張った顔を見せた老婆だったが、何事もなかったよう返事した。
「ここまできてもまだ白ばくれるわけ」
「……」
老婆は言い逃れできないと悟ったのか、しばらく黙り込みソファーに目を向けた。
「イチカ……少し座ってお話しでもしましょう」
「あなたと話すことなんてありません」
言い捨てる彼女を制してソファーに座らせた。
「今紅茶入れるわね……」
老婆はいつも少女に見せるやさしい表情でお茶を用意する。
それに少女は折れ、老婆の言う通りソファーに腰掛けた。
「それで話って? 」
「子供たちを売っていること……よ」
少女はその言葉に過剰に反応し、大声を出そうとしたがあえて静かな態度に落ち着いた。
「認めるということね」
「仕方ないのよ……」
弱々しい老婆は吐露する。
「仕方ないって」
前のめりに体を起こす少女に老婆はそれを止めた。
「わかってるわ」
先ほどまでの威勢が嘘のように老婆は接する。
「この孤児院を運営するにはこれしかないのよ」
少女はその言葉に反応し、立ち上がった。
「そんな理由だからって……」
「じゃどうすればよかったのかしら……それに実際あなたは何人もの子供たちのおかげでここまで育ったのよ」
少女は青ざめたような表情で、気が抜けたように座り込んだ。
「……売られた子供はその後どうなってるの?」
少女は悲しげな目で小さく尋ねる。
「……その後はどうなってるかは知らないわ……ごめんなさい」
期待していた回答は返ってこないのは明白だった。
「それで邪魔になったから私も売るわけ」
この世の全てに虚無感を抱く少女はため息をつく。
老婆は何も答えずただ俯く。
「ねぇ答えてよ」
いままで信じてきた人の裏切り。
少女にとって最も信頼を寄せていた人。
少女の目にはかつての優しい老婆と見ることができなくなっていた。
子供を売るただの悪魔。
「孤児院のためよ……」
老婆はその言葉に泣き崩れた。
少女はどうすることもできず、ただ置き時計の振り子を眺めるしかできなかった。
相模はじっとその時がすぎるのを待っていた。
ふと置き時計を見るとまた不気味な音が鳴り響いた。
その時計に吸い込まれるように次の場面へと移った。




