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ゲームの余興

「それじゃゲームの始めよう」


 にやけ顔の彼は無線機に勢い良く叫んだ。

 その言葉に相模は力みその時は刻一刻と近づいていた。

 横浜の夜は何事もないかのように、静かに静まり返っていた。


「恨むなよ」


 震えた指は静かに引き金に触れようとしていた。

 彼の脳裏にはまたギルの過去がフラッシュバックされるのはわかりきっていた。

 

「仲間のため……」


 建前を口にする。

 そうでもしなければ彼は引き金に指をかけることすらできない。

 そうこうしている間にも時間は過ぎ星が消え、薄っすらと太陽の光が差し込んだ。


「またこの時間か……」


 彼の頬に朝焼けの冷たい空気が触れる。

 殺し屋とは思えないほどの恐怖に押しつぶされそうな表情であった。

 今すぐにでもこの場を逃げ、いっそ楽になりたい。

 彼の甘え考えは頭にチラつかせていた。


「ちょっと待って! 」


 突然の制止を求める声が無線機から流れた。

 その声には聞き覚えがなく、相模は耳を傾けた。


「ちょっと何してるの、あんた! 」


 四条の慌てた声が響く。

 陽の光が入り微かに見えるのは小さな影。

 船のデッキにいた四条とギルのではない。

 少女の影。


「あの娘は……」


 スコープ越しに見える少女は、相模の中で売り物に出されていた少女の顔と一致した。


「とっくに逃げ出してるかと思ったよ、偉いなちゃんと戻ってきて」


 ギルは一切表情筋を動かさず、低いトーンで言った。


「ギル……神父様……もう……やめて……」


 檻の中にいた頃の彼女とは違い相手に意思を伝えようとしていた。

 そんなことを無視し、ギルは悪態付いた表情で怒った。


「ガキのお前に何がわかるんだ? あ? 所詮売り物の分際が何言ってんだ」


 その言葉に頭に来た四条はもがくが、彼の前ではどうすることもできなかった。


「昔の……神父様に……戻って……」


「笑わせるな」


 死んだ目で哀れな少女を見下ろした。

 彼女の目には涙で溢れていた。


「俺の楽しみを邪魔する奴は……誰だろうが容赦しない」


 ギルは俯きながら引き笑い気味で吐き捨てる。


「やめ……て……」


 少女の涙は頬をつたり、デッキへと滴り落ちた。


「うるせぇな……」


 怒りを抑えきれない彼は四条の首を腕で抑えながら少女の元へと向かった。


「この娘には手を出さないで!」


 抑え込められていたギルの手を口で噛んだ。

 ギルは痛みを訴える声を出すが、すぐに少女に向かっていた視線を四条にへと戻した。


「お前ほんとに邪魔な女だ」


 ギルは首を絞める力を強めた。

 四条はもがき抵抗をするが、彼女の意識は遠のいていき動きは鈍くなった。

 やがて動かなくなった。

 ギルはもう少し力を入れ彼女の生命を途絶えさせようとした。


「黙って見てれば、この野郎」


 相模はスコープ越しからまた威嚇発砲をする。


「おっと君のこと忘れていた。てっきり当ててくるかと思ったよ」


 意識が無く、ぐったりする四条を横目に無線機に向かって嘲笑する。


「もう私を撃ってもいいんだぞ」


 挑発に乗らせ、相手を乱すギルの常套手段だ。


「相模君は無理して撃たなくていい」


 階段から歩いて現れたのは東郷であった。

 タバコに火をつけた。


「おっとまだネズミはいたか……いや、見た目はドブネズミだな」


 突然の刺客に驚く素振りも見せずに、冷静な表情で東郷を見た。


「ドブネズミとは失礼な」


 ふかせ終わっていないタバコを海に投げ捨てた。

 それは彼の戦闘を合図する行為であった。

 彼は腰につけていた銃をギルに向けた。


「ふぅかっこいい」


 どこかに隠れる訳でもなく、堂々とそこに立っていた。


「楽な仕事でありがと」


 引き金に手をかけた瞬間、ギルは少女の首を掴みそれを盾にした。

 押し潰れかけた気管から苦痛の訴えが聞こえた。


「悪党め」


「皆そう私を讃える」


 迂闊に銃の撃てない彼がとる行動は一つであった。

 東郷は走りより、ギルとの間合いを縮め殴りかかった。

 東郷が殴りかかった来たところでまた少女を東郷の前に出した。

 彼は動きが止まった。

 一瞬の隙をギルは見逃さなかった。

 少女を掴んでいた首を離し、そのまま右拳で顔めがけて殴った。

 東郷は走ってきた階段まで飛ばされた。


「おっさんは、でしゃばんなよ」


「おっさんなのはお前もだろ……」


 切れた唇から出た血を拭き取りながら、笑いながら言う。


「にしてもお前らほんとに殺し屋か? 」


「なぜ……そう思う? 」


「必ず躊躇する。殺し屋なら目的のためには躊躇せずに殺すのが仕事だろ? 」


「ぐうの音も出ないな」


「少女ごときに隙を見せるお前らと、仲間の前だと撃てないスナイパー……どいつもこいつもロクでもないな」


「ある意味人間らしいだろ? どっかの誰かさんと違って」


 東郷は腫れかけた頬を抑えながら、立ち上がった。


「挑発してるのか? だとしたら相手を間違えてる」


 ギルは空に向けて大声で笑った。


「とりあえずそこのお嬢さん達を解放してくれないかい?悪党さん」


「するメリットがないね」


「善人の称号が取得できる」


「笑わせるな」


「実力行使しかないようだね」


「殺し屋ぽいこと言ってる」


 茶化すように笑うギルの目は何を考えているか読めない。

 東郷は服についた埃を払い、またギルに向かった。

 先ほどとは比べ物にならないほどの速さであり、少女を盾にする暇も与えなかった。


「おっとこれは驚いた」


 重い東郷の拳を腕で直接受けた。

 

「防がれながら言われるの心にくるわ」


 東郷は拳をあげ、一歩後ろへと下がった。


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