挑発
「あれ? 返事できないのかな? 」
屋上に構える相模の方向を向きながらギルは楽しそうに話す。
「離なせ! 」
四条は抵抗し踠いていた。
「僕の楽しみを邪魔しないでくれよ」
ギルは不機嫌そうに彼女の口に縄を咥えさせた。
四条の言葉にならない叫びがしばらく続いた。
「返事できないならこの女の指を一本づつ切り取るぞ」
低い声で脅し、ギルはカウントダウンを告げた。
「わかった……だから」
相模は渋々彼の指示に従った。
「やっと声が聞けた……それじゃお話でもしようか」
「お前と話すことなんてない」
相模は強気な口調で言い捨てる。
「酷いなぁ、もう少しはこの状況を楽しもうじゃないか」
「狂ってやがる」
「君のような殺し屋に褒められるなんて光栄だね」
ギルは遠く微かに見えるビルの屋上に向け嘲笑する。
「離しなさい! こんな奴の挑発にのらないで、私は大丈夫だから」
四条は縄をなんとか口から外し、言葉を発した。
「うるせなぁ」
彼は大きな拳を彼女の頭目掛けて大きく振りかぶった。
刹那に船のデッキに銃痕ができた。
「やるねぇ」
ギルは愉快な表情で黒い点を見つめた。
「四条に手を出すなら容赦無く殺す。次は当てる」
相模は一つ一つの言葉に怒りを織り交ぜた声で威嚇した。
ギルは無線機の接続を切った。
「ようやくやる気になったか」
彼は今日一番の笑顔で四条を強く握りしめた。
四条の悲痛な声が漏れる。
「いや、本当にかっこいいね、そう思わないかい四条ちゃん? 」
ギルは卑しい目線を四条に向ける。
彼女はそっぽを向き何も答えなかった。
「愛想の悪い女だな、もう少し自分の命を大切にした方がいいと思うよ」
「余計なお世話よ」
吐き捨てるように四条は抵抗を続けた。
「さっ……いつまでも狙撃手君を待たせる訳にも行かないだろうから、早速ゲームを始めようか」
また無線機の電源をつけ相模に通信を繋げた。
「ゲームなんてするつもりないぞ」
相模は低いトーンで話し、スコープを覗き込んでいた。
「まぁまぁそうカリカリしないで、どっちにしろ今の君に選択肢なんてないしね」
彼は四条を盾にし容易に狙撃されないようにしていた。
それは相模もわかったていた。
「……それで何をするつもりだ? 」
大きなため息の後に相模は尋ねた。
「チキンゲームさ」
相模は聞き返した。
今のギルは何をしでかすかわからない。
言葉一つ一つが常人の考えることではないのは今日を通してわかった。
「そのままの意味だよ、君の狙撃能力を試したいんだ」
彼は悪人とは思えないような優しい声で言う。
「狙撃能力? 」
「君の狙撃能力の精度を極限まで試してみたいんだよ」
相模は無線機に向けて舌打ちをした。
しなければ怒りで気が狂ってしまうほど彼に対しての憎悪が増大していたのだ。
「そうだなぁ……この女の頭の5ミリ横の私の頭でも狙ってみろ」
楽しむかのように彼はただ笑みを浮かべていた。
「楽しんでいるなお前……」
「あぁもちろん。これを楽しまないのは勿体無いからね」
ギルは終始口の緩みが止まらなかった。
「自分の命は惜しくないのか? 」
「ははは、殺し屋の君は面白いことを言うね」
笑いすぎでしゃっくりをした彼は一息ついて言葉を続けた。
「命は惜しくはないね……人らしい恐怖なんか当の昔に忘れちまったし」
「薬のせいか? 」
「あぁ……よく知ってるじゃないか。殺し屋の情報網はすごいな」
「よーく知ってるさ、お前の一生を……全てを」
考え深い表情で引き金の指から見えるギルの過去を垣間見ながら静かに言う。
「ほう、私の想像以上に面白いな君は」
「それ以上無駄口を叩くな」
「おぉ怖い怖い」
ギルは呆れたような表情で薄気味悪い笑いを浮かべた。
「さぁもう夜明けだ。陽の光があった方が撃ちやすいだろ」
「光なんて……いらない」
相模の腕に力が入る。
「まぁなんでもいいゲームの始まりだ」




