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船上の攻防戦

 ギルは船のデッキに一人夜風に当たり、ワインの香りを楽しんでいた。

 彼の目線の先は黒い海。


「横浜って場所は良いところだなぁ……こう静かだし……」


『静か』と言うワードに違和感を感じ、ふと目線を操縦席へと向けた。

 微かだが赤い付着物が見えた彼はほくそ笑むとワイングラスをデッキに置かれたテーブルに静かに置いた。


「さぁ子猫ちゃん、出ておいで」


 港に灯られた光は彼と忍び寄っていた赤いドレスの女を照らした。

 木製のデッキの軋む音がする。


「隠密したつもりだったんけど……」


 四条は影からすっと顔を現した。

 その手には東郷から奪ったけん棒が握りしめられていた。


「君の監禁中に色々と調べてね……プロの殺し屋を向けてくるとはね」


 見透かした瞳で彼女をサーカスを楽しむ客のように見つめる。


「どこまで調べたのかは知らないけど……バレてるなら話が早いわね」


 彼女の身体能力を全開にした疾走でギルの間合いまで一気に詰めた。

 風が遅れて吹いた。

 手持ちのけん棒を彼の顔めがけて振り上げた。

 

「おぉ流石だね、その格好で良く動けること動けること」


 ギルは余裕な表情で細い彼女の手を掴み、攻撃を防いだ。


「あなたも普通の悪人のようでは無いようね」


 両者が睨み合う展開。

 次の一手を出したのは四条であった。

 掴まれた手を振りほどき、一歩後ろへ下がり間合いを取った。


「にしても殺し屋ってチームで行うものなんだね、孤高のもんだと思ってたよ」


 ギルは興味深そうに四条を睨みながら呟いた。


「あら、何を根拠にチームって思うのかしら? 」


 強気な態度で四条は睨み返し、けん棒を強く握りしめた。


「まずは操縦者……」


 デッキから少し見える操縦席にギルは指差した。


「あのガラスの穴から見て少なくとも狙撃手がいることは容易にわかる」

  

 四条は何も話さずじっと機会を狙っていた。


「それともう一つ、君が檻から脱出したこと」


 ギルは目を細め腕組みをする。


「私が一人で脱出した可能性は考えないのかしら? 」


「あれはボディーガードしか開けることはできないし、私があいつらを差し向けた命令はしていない」


 隙を見て彼女は再びギルに飛びかかった。

 けん棒をすんでの所で避け、手の甲で彼女の攻撃を弾いた。


「ボディーガードの中か船内に君の仲間がいて、そいつが助けた可能性が一番高いわけだ」


 自慢げに笑う彼は余裕の笑みでワインに手を伸ばし、一気に飲み干した。


「じゃ降参して死んでくれる? 」


 彼女はここで初めて笑った。

 冗談を言えるほどの余裕は今の彼女にはなかった。


「そうだなぁ……それはそれで楽しそうだが……」


 彼は空のワイングラスを置き、テーブルナプキンで口元を拭いた。

 驚くべきことに彼はナプキンを宙に投げた。

 港に吹く風が白いナプキンを躍らせた。

 四条はそれに目が自然と移ってしまった。


「君の弱いところ はそう言うとこだよ」


 彼女の耳元に不快な声が通った。

 とっさに後ろへと間合いを取ろうとしたが時既に遅し。

 ギルは彼女の細い手をがっしりと掴み、ドレスを足で踏み完全に身動きが取れないよう腕を後ろへと抑え込んだ。


「若い女の肌は良いねぇ」


 彼は不敵な笑みで苦しそうに捕まる四条を覗き込むように見る。


「離しなさっ……離せ! 」


 大きく体を動かし最大限の抵抗をするが、彼の掌握力には敵わなかった。

 彼は細身でありながらも四条を抑え込めるほどの力を有していた。


「さぁどうせ死ぬなら楽しまなきゃね。まだあいつを殺せてはいないが……こっちの方が楽しい」


 ギルは舌で四条の首筋をゆっくり舐めた。

 彼女は首を思いっきり横に振り、抵抗する。


「っ何をする気? 」


 身動き一つ取れない彼女は背後に立っている男の異常さに恐怖する。


「君のとこの狙撃手君とチキンレースでもしようかなと思ってね」


 ギルは四条の腰に付けられていた無線機を強引に奪った。

 電源を付け笑いながら通信を始めた。


「やぁ狙撃手君」


 得体の知れない恐怖の声は確実に相模に届いていた。


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