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成りの果て

「よう神父さんよ、元気かい」


 葉巻の男はガラス越しで座り込む神父に声をかけた。

 神父は何も言わずすっと顔を向け、鬼のよう形相で睨んだ。

 彼は全面ガラスの箱に入れられていた。

 ガラスには何度も叩かれた痕跡があったが、ひび一つ入っていなかった。


「どうやら効果は効いてるみたいです」


 白衣の男が携帯端末を片手に説明をした。

 

「人格を変える薬とは、完全に麻薬だな」


 携帯端末に映し出されたグラフを眺めながら吐露する。


「正確には人の悪を増幅させただけですよ」


「それを人格を変えるって事なんだよ」


 呆れ顔で煙を白衣の男に浴びせた。


「なんなんですか、その匂い」


 喫煙者ではない白衣の男は咳き込み、目をつぶった。


「お前にはこの高級品の良さがわからないだろうな」


 葉巻をまじまじと眺めながら、馬鹿にするように言う。


「それで完全にその憎悪とやらの気持ちの増幅の完了したのか? 」


 また神父の姿を視認し、睨む目をまじまじと観察していた。


「大方完了です」


「わかった、終わったら呼んでくれ」


 葉巻の男は振り返り部屋のドアへ歩こうとした。

 ガラスの叩く音が響いた。

 鬼のような形相で神父は髪を乱しながら唸るように叫んでいた。


「人の成れの果てはこんな感じか……哀れだな。いや、滑稽だな」


 恍惚な眼差しで神父の姿を見て、鼻先で笑った。


「おい、精神安定剤打っとけ」


「もう処方してはいたんですけどね……」


「やはりまだ俺への憎悪は消えないか」


 白衣の男は静かに頷き、ガラス部屋に備え付けられているボタンを押した。

 刹那に電気が流れ、神父の動きはピタリと止まった。

 

「忘れてたが、ちゃんと録画撮っているか? 」


 葉巻の男は白衣の男が触っているパソコンを指差しながら確認をとる。


「はい、バッチリと」

 

 不敵な笑みで記録された動画を見せた。

 神父がだんだんと豹変していく様が映し出され、常人は不快にしか思わないだろう。

 葉巻の男は笑いながら見ていた。

 

「最高だな」

 

 奥歯にある金歯をちらつかせ、白衣の男の背中を叩いた。

 強い打撃によろめく白衣の男であったが、彼も同様に喜んでいた。


「これ何に使うんですか? 」


 動画の停止ボタンを押し、葉巻の男を見つめる。


「脅し用」


「脅し? 」


「この薬で人を豹変させる事を見せるための動画だよ。そうだなサイコパスジェネレターとでも言ってな」


 ニヤリと笑い、白衣の男を冷たい目で見る。


「まぁ何に使うかは存じないけれども、ほどほどにしてくださいね」


 白衣の男にはこの男の怖さと野望の大きいことは知っている。

 だからこそ何処と無く良心の心が働く。


「ほどほどにしとくわ」


 珍しく葉巻の男は同意を示し、それ以上言わずに誰かに電話をしていた。

 そのまま部屋を後にし、部屋に幾分かの沈黙が生まれた。


「ほどほどね……しないだろうな」


 白衣の男は空笑いで、パソコンへと向かった。

 しばらくの間キーボードの打鍵音だけが部屋に響いていた。


「おい、お前」


 ガラス越しから目覚めた神父の怒声が聞こえた。


「今忙しいから、あとで」


 白衣の男は眼鏡をかけ直し、随時画面と向き合っていた。


「あの男はどこだ? 早く言え」


 ガラスが割れそうなくらい大きな音で強打している。

 神父の目は何かに取り憑かれたように半分白目を向いていた。


「あーもう出て行ったよ」


 キーボードを打つ手を止め、面倒くさそうに応答した。


「早く出せ! あいつを殺してやる」


「物騒なこと言わないの。そんな調子じゃいつまでたってもそこから出られないよ」


 机に置いた冷めたコーヒーを片手に、ワークチェアを全開に後ろに下げた。

 ボタンを押しかける白衣の男に神父の荒い鼻息は止まった。


「孤児院はどうなった? 」


 静かに口調で喋り始めた。


「さぁ、まぁでもあの人のことだから子供を人身売買ってところじゃないかな」


 適当に答え、レポート用紙に会話の記録を取っていた。


「取引しないか? 」


 神父は穏やかな顔で白衣の男の眼一点を見つめた。


「取引? 今の君じゃ何も差し出せないと思うが」


 白衣の男は手元のペンを置き、耳を傾けた。


「……薬をいくらでも試してやる。この体で」


 自分の胸に手を置き、力強く言う。


「そう言われてもね……」


「人体実験なんてそうそう簡単にできないだろ? 」


 図星の意見に言葉の詰まる白衣の男に神父は満足そうに言う。


「まぁそうなんだけど。リスクが高すぎる」


「あの男か? 」


 独特の匂いの残る空気。

 白衣の男は頷く。


「奴は殺すから、大丈夫だ」


「確証がない」


 手のひらをを天井に向け、賛同できないジェスチャーをする。


「なら確実に殺せるように、薬を試させてくれ」


 一科学者である彼にとって自分から被験体になると言う彼は宝物に見えるのだろう。


「そうだ、このガラスを壊せるくらいのドーピング剤とか打てれば勝手に私が暴走し、この薬の副作用で力を付けたと言うことにすればいいんだ。そうすればリスクは最小限だ」


 いつしか白衣の男は椅子から立ち上がり、神父と面と向かって会話をしていた。

 記録の紙は途中から記録は途切れていた。


「確かに……それいいかも」


「じゃ取引完了だ」


「死ぬかもだけど、恨むなよ」


 白衣の男の死んだ目に灯火が立っていた。


「どのみち死ぬんだ。試した方がまだまし」


 その言葉を聞き、白衣の男はすぐに薬の作成に向け忙しく動き始めた。

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