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哀れな神父

「さっきの人は誰? 」

 

 少女が神父の服を掴みながら小さく話しかける。


「とっても親切な人だよ」


 神父はしゃがみこみ、少女の目線まで下げた。

 少女は安堵した表情の神父に屈託のない笑顔で返し、庭で遊んでいる子供達の方へ走っていった。


「ほんと親切だよ……」


 子供達の楽しそうに話す姿にしばらく眺めながらゆっくりと書斎へと入って行った。



 数日の後のことである。

 神父の部屋の電話の鳴る音がジリジリと叫んだ。

 手に取ると、客人のダミ声であった。


「はい、わかりました。今日の午後すぐにそちらに向かいます」


 神父は嬉しそうな表情で電話を切り、出かける支度を始めた。

 茶色スーツケースを片手に勢いよく外へ出て行った。

 清々しい彼の顔はもう二度と見ることはなかった。



「おー待ってたよ」


 客人である男はいつも通り葉巻を片手にソファーに深々と座り、神父を待っていた。

 部屋は煙臭く、独特の匂いで充満されていた。


「それで仕事というのは……」


 神父はこじんまりと座り、奥手に質問をする。


「あー詳しいのはね……」


 葉巻の男は後ろを向き、白衣姿の男に目を向けた。

 その男は葉巻の男同様、不敵な笑みを浮かべ不気味さじわじわと漏らしていた。


「ちょっと実験に付き合って欲しいんです」


「実験? 」


 嫌な予感がしたのか、神父は少し怯えたように博士の顔を見つめた。


「この注射を打っていただいて、経過を見るってだけの簡単な仕事ですから」


 気味の悪い笑いは明らかに彼の異常さが垣間見えそうであった。

 実際見える。

 彼の後ろにある実験室であろう場所はとても、衛生上良いとは思えない。


「ちゃんと借金は無くなるんですよね」


 自分の心配より、孤児院の存続が第一の彼は葉巻の男に再度念をおした。


「もちろん、なんならこの注射を打った時点で借金をチャラにするわ」


 煙を吐き、強情な態度で言い捨てた。

 

「わかりました。ではお願いします」


 神父は自分の腕をたくし上げ、白衣の男の元へと歩み寄った。


「ありがとうごいます。それではこちらで座ってもらえます? 」


 白衣の男は一つの椅子に神父を誘導した。

 椅子は今にも壊れそうな鉄製のもので、座りごごちなどいいはずがなかった。


「じゃここに腕を出して……」


 献血するように、台に腕を置かれ動脈を白衣の男は探す。

 躊躇することもなく、注射を腕に挿入した。

 神父はちくりとした痛みに声を出しそうになったが、堪えた。


「はい、これで終わりです」


 嬉しそうにする白衣の男は注射を投げ捨てた。


「これで借金は無くなるんですよね」

 

 神父は腕を抑えながら、まだ葉巻を蒸す男に言う。


「ごめんな、借金返す気失せてしまったわ」


 葉巻を吸い終わり、テーブルにある皿に置き言いすてる。

 立ち上がり悪態ついた顔で神父を嘲笑する。


「それどう言うことですか? 約束が違うじゃないですか? 」


 神父の額には汗がポツポツと現れ、炎天下に放り出された放浪者のごとく身体中に熱を帯びていた。


「約束? なに言ってんだ」


「この野郎! 」


 顔には血管が浮き上がり、拳には尋常じゃないほど力を込められていた。


「おぉ、温厚な人の本性が観れた」


 大きな声で笑い、手で拍手していた。

 神父の中で何かが不意に切れ、歯止めができなくなっていた。

 彼は葉巻の男まで走り、拳に力を入れた。


「おい、止めろ」


 白衣の男が近くに待機していた黒服の男たちに指示を出した。

 黒服はテイザーガンを凶暴化した神父に狙いを定め、背中に撃ち込んだ。

 葉巻の男の後数歩のところで神父は地面に倒れ込み、しばらく小刻みに痙攣していた。


「電気ショックの威力は申し分ないようだね」


 白衣の男は微笑みながら、テイザーガンから伸びた導線を見て喜んでいた。


「本当に哀れなやつめ」


 葉巻の男は新たに葉巻を取り出し、煙を口に含んだ。

 倒れこみ、白目を向いている神父に哀れの言葉を挟んだ。


「じゃお前の研究に好きに使ってくれ」 

 

 葉巻の男は後ろを振り替えずに部屋を出て行った。

 

「新しいサンプルありがとうございます」


 昆虫採集している少年のような瞳で葉巻の男を見送った。


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