潜入開始
「クレンツ様……でよろしいですか? 」
博物館の裏口にある扉にいる黒服が恐る恐る尋ねる。
それは訪ねて来た令嬢は参加をキャンセルしていたことは知っていたからだ。
「えぇ、招待状もありますし」
赤い仮面で上質な紙の手紙を手渡す。
手紙の封筒には赤いロウソクを溶かしたもので留めてあった。
「確認しました」
招待状を持っている以上VIPを通さないわけにもいかない。
そう思った黒服は渋々参加を許諾した。
「どうも」
横柄な態度で人一人が入れる程度のドアを開けた。
後ろに付いている執事も後に付いて行った。
「ちょっとあなた」
黒服が執事の行く手を手で遮った。
顔は険しく、疑い深い表情であった。
「何か? 」
執事は焦る様子を見せずに、堂々とした態度で応答する。
「従者間で取り決めている合言葉を言ってみろ」
黒服は強めの口調で執事に言い詰める。
これには執事もとい相模は困惑していた。
言葉に詰まり、しばしの沈黙が訪れた。
「ちょっと門番の分際で私の執事になんなの? 」
令嬢はヒステリックな声で黒服に眼つけた。
「すみません、念のための検査の決まりでして……」
黒服は令嬢に頭を下げならがも、執事の尋問を続けた。
令嬢__四条も若干の焦り混じりに相模を見つめていた。
「すみません、そのような決まりなどないはずです。そうでしょ? 」
執事は落ち着いた口調で黒服に言い返す。
「………」
黒服は何も答えず、ただじっと執事の身なりと態度を観察していた。
「それでは、従者統括責任者のアルロド・グローリア様にお電話で確認いたしましょう」
「すみません、無礼をお許しください」
黒服は先ほどの態度とは一変して弱腰な態度になり、深々とお辞儀した。
彼は申し訳なさそうな表情で、ドアを開けた。
「どうも」
勝ち誇った顔で黒服の非礼を執事は許した。
しばらく裏口から伸びる廊下を歩く二人。
黒服が見えなくなったタイミングで、四条が口を開いた。
「誰? アルロドって? 」
「さっきも言っただろ従者統括者だよ」
いい姿勢で歩く相模はもうすでに立派な執事であった。
「なんであんたがその人の名前を知ってるの? 」
その質問に答えるかのように、相模は自身の耳に指差した。
「なるほどね……またアイツか」
嫌悪な表情の内側には後輩の顔がくっきりと浮かんでいた。
「ありがとう、助かった」
相模は耳につけている通信機に礼を言う。
「さっもうすぐ始まるわ、急ぐわよ」
四条はラグジュアリーな時計を見て、急ぎ足で歩みを進めた。
相模もまたそのあとを追い、急ぎ足で会場へと向かった。
道中の廊下は高級装飾品で飾られ、博物館と言うよりかは大富豪の豪邸の様であった。