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プロローグ:ある殺し屋
夜風が男の頬を触る。頭にはニット帽を深々と被り寒さを凌いでいる。
「この時間が……また来たか」
男は静かに呟いた。顔には笑みなど皆無で、どこか悲しげな顔をしていた。悲しげよりかは何かに恐れている方が正しいだろうか。
彼の持っている鉄の塊は彼の仕事道具でもあり、彼自身の戒めなのであろうか。
力強く黒いゴム製のグリップを握りしめた。
高層ビルの屋上から微かに見える朝日は彼を少しづつ照らし始めた。
彼とは無縁の光。
鉄の塊を肩で支え、気持ちを落ち着かせていた。
深呼吸する音が微かに聞こえる。
「ターゲット捕捉」
彼は右目でレンズを通し、誰かを発見し、誰かに報告するかのように言った。
緊張感が外から見てもわかるような空気が屋上を立ち込めた。
ふぅ
今まで以上の大きな深呼吸を一つした。
鉄の三日月に右指を当てた。
男は何かを決意したようだ。
暁に溶け込む男。
誰も彼に気づかないだろう。
そう誰も。