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「いってきまーす」
間延びした挨拶を兄に投げかけながらローファーを指先で掴み、足を突っ込んでやった。両親は既に支度を済ませ、玄関先で待っている。
「おう行ってこいナンバーズ!」
二階から飛んでくる兄からの笑い混じりの冷やかしに「うるさいなぁもう!いってきます!」と勢いよく返し、玄関のドアを閉めた。
「お兄ちゃんめ……」と呟きながら振り向くと、両親がなだめるような視線を私に向けていた。
「行こうか、みのり」
母の声に頷く。私達は自然と足を踏み出した。なんといっても今日は私の特別な日なのだから。
「みのりももう高校生かぁ」
「早いわよね」
特別なようでありふれた会話をしながら歩を進めていく。鳥たちも会話をしている。今日を祝福してくれているのだろうか。それとも愛の言葉か、挨拶か。
「今時両親揃って入学式に来なくても……」
「何か言った?みのり」
「……いや、何も」
母は時々鋭い目をする。怖い怖い。
反射的に下を向いた。ローファーがぴかぴかと日光を反射している。これから楽しいことが起きるぞ、なんて言っている。本当かそれは。両親がなにやら誇らしげに会話をしているのを聞き流しながら、小石をぴんっ、とローファーで弾いた。
まあ確かに、もしかすると‘楽しいこと’が起こるかもしれない。なぜなら私はナンバーズ――政府が通知を寄越した特別な16歳、私のIDは136479――であり、これから入学する高校は政府が特別に設立したたったひとつの高等学校なのだから。
表向きはエリートを選出・育成する高校とのことだが、この時代とはいえそれだけで政府がわざわざ動くのかというのは私の疑問だった。しかもそんな高校が徒歩5分圏内にある上に、私に通知が来た。これはもう、暴いてやるしかないだろう。
何せ私は、刺激に飢えていた。
普通の家庭、普通の生活、普通の人間、周りも自分も普通。即ち希薄。そんな気がしていたのだ。
「みのり、みのり」
「もう着いたよ、写真を撮ろう」
「うん?あ、うん、そうだね」
両親の声で思考に耽っていた私は何処かへ行ってしまった。
校門の前で母と肩を並べて立つ。目の前で桜の花弁が宙を舞う様を眺めた。桜は大変だ。春まで咲くのを待たなければいけない。人間は……いけない、また考え込んでしまう。
――ぱしゃり。
いつの間にか母とのツーショットを父が撮っていた。‘政府特設一等高等学校’という文字を背景にして。
私は今日から特別な高校生になる。
きっとそこには私が求めている非日常が。きっと。