3、私って運がいいのだろうか
今回はいつもと趣向を変えまわり将棋といわれるものです。
前二回のは変則将棋で、普通の将棋をちょっと変えただけのものですが、まわり将棋はまさにただの遊びです。将棋を指しすぎて頭が疲れたというときの余興にお勧めですし、将棋のルールなんて一切関係ないので、将棋のルールを知らない人でも一緒に遊ぶことができます。(本編では2人でやりましたが、4人ぐらいまでなら一緒にできます)
特に小学生以下の子が将棋を始めるときには、駒の価値を覚える点でも、余興としても、非常にお勧めする遊びです。
また、このまわり将棋もやる人によって大きくルールは変わります。昇格条件がどこの隅でもいいからピッたし着いたときとか、相手の駒を追い越せば相手は一回休みとか、全部裏表の時の判定も大きく変わります。
そのことを踏まえた上で仮にルールが合わない人がいても柔軟に対応しましょう。
「ふにゃぁー、ねむい 」
「今日はお疲れのようだね、理香ちゃん 」
「んー、そうですねぇ 」
放課後の将棋部の部室ではあるが、そこにはいつものメンバーは揃っていない。いるのは私とカナ先輩の二人だけ。
三人の部活っていうだけで物足りないのに、それが二人になっちゃうと、ますますやる気がなくなっちゃう。特にタッくんがいないとつまらない。
別に今や将棋は好きだけど、元々この部に入ったのだってタッくんと同じ部活に入ろうって思っただけ。この高校って強制的に部活には入らされるけど、特に入りたい部活もなかったんだよね。
「もぅ、タッくーん! 」
「ははは、理香ちゃんは巧くんがいない日は必ず一回はそう叫ぶね。まったく、お似合いの夫婦だよ 」
「フヘへへへへ、そう見えます? 」
「あぁ、早く付き合えば良いのに 」
「ふわぁっ! そ、そ、そんな付き合うって……私には無理ですぅ! 」
まさかカナちゃん先輩からそんなことを言われるなんて。不意打ちにドキッとしちゃったじゃん。
そ、それにしても付き合うかぁ。ヘヘヘ、毎日お手て繋いで登下校して、週末にはラブラブのデート! 二人っきりで映画館とか行きたいなぁ。夜には観覧車とかも夢だよぉ。それで、それで最後にはキ、キスまでしちゃって。
ダメ、ダメぇー。これ以上考えたら頭が破裂しちゃうよぉー!
「で、何を想像しているのか顔がどんどん真っ赤になっていく理香ちゃんだけど、そろそろ現実的な話をしようか 」
「げ、現実的……ですか。それはどういうシチュエーションでタッくんに告白すればいいか、ということですよね。でも、そう甘くはないんです。なにせ、幼馴染ですから、多少はマンネリ化なるものがあってですね。そうなると、タッくんは私のことをただの幼馴染で女の子としての意識が薄い可能性もあるわけで……」
「いや、誰が恋のキューピット役をやろうっていったのかな。自慢じゃないけどボクは誰とも付き合ったことがないんだよ。処女なんだよ 」
「しょ、処女っていくらタッくんがいないからってそんなこと言うなんてカナちゃん先輩デリカシーがないですよ。だから、モテないんですよ 」
「う、うるさいなぁ 」
とかいう私も二度された告白は両方断っているから誰とも付き合ったことなんてないのだけれど。この話題はお互いにとって不都合だしこの辺にしとこうかな。
「で、現実的な話ってなにかな。カナちゃん先輩 」
「ほら、巧くんが来ない日についてだよ 」
タッくんが来ない日ってのは、ずばり毎週木曜日のこと。
タッくんはあれほどの将棋バカに見えて実は勉強のほうもちゃんとしている。中学のときの定期考査では学年30番から外れたことはなかった。将棋も頑張りつつ、勉強もする。そのために高一ながら毎週木曜日に塾に通っている。
いや、毎回テスト悪くてこの学校来られたのも偶然の私からすれば本当にすごいものだよ。
「いつもはなんだかんだボクと普通に将棋を指して時間を潰していたが、ほら、最近将棋を使った別のゲームを紹介しているだろ? また、ああいう感じで、でも今までに紹介した二つのようなのとは違って頭を使わないゲームでもやってみないかなと思ったんだ 」
「へぇ頭を使わないかぁ。うん、一回やろ! 」
わざわざ頭を使わないゲームを選ぶのは、疲れている私を気遣ってか、それとも私の頭を見くびってかは分からないけど、まぁ楽しそうだしヨシ。
それにしても頭を使わないか。今までの二つは普通の将棋にちょっと別の要素を足したやつだったけど、そういうのとはまた違うってことだよね?
「じゃあ使うのは将棋の番と4枚の金、それから最初は歩が2枚 」
「へぇーやっぱり今までのとはまったく違う感じだね 」
「あぁただのミニゲームと思ってもらっていい。それじゃあルール説明をしよう 」
カナちゃん先輩はコホンと一つ咳払いするとまた話始める。
「まず、それぞれが将棋盤の四隅あるうちの一つを選んでそこがスタート地点。そこに歩をおくんだ 」
「これでいいの? 」
自分から見て手前の隅に歩を置く。
「あぁ、ボクはここに置かせてもらおう 」
カナちゃん先輩も対角線の反対側の隅に歩を置く。
「簡単なルールとしては、交互に4枚の金をサイコロ代わりに振って出た目の数だけ進んでいく。一周すれば自分の駒は昇格していき、最後王様になるんだけど、王様になって初めてスタート位置にピッたし着くことができたら上がりだ 」
今の話を聞く限りではすごろくのようなものかな。すごろくみたいにイベントがおきるマスはなくただ昇格していくだけみたいな。
ただ、今の話だけではまだ色々分からない。
「進むってのはどこをどう進むの? 」
「将棋盤の一番外側のマス目を周回していくんだ。回る方向は時計回りでも逆でもいいんだけど分かりにくいからそこは統一すればオッケーかな。
他にも細かいところを補足しよう。昇格システムは歩から始まって香車、桂馬、銀、角、飛車、王様の順に昇格するんだ 」
ふむふむ、将棋を始めるときに教えてもらった大体の駒の価値の順ってわけか。なるほど、このゲームでそういう価値を覚えられるから一石二鳥ってわけか。
ところでだけど。
「金はないけどどうして 」
「それは金をサイコロ代わりに使っているからね 」
「あ、そっか 」
私としたことがこんなことに気づかないなんて。
「で、補足の続き。金4枚振ってサイコロの代わりといったけどそのときの出目の判定についてだ。普通に表とか裏になったものについては、表は1、裏は0で数えればいい 」
「普通じゃないのはどんなとき? 」
「一つは駒が立つこと。縦向きに立てば10、横向きに立てば5でカウントする 」
「そんな立つことなんてあるのかなぁ 」
私は試しに金を4枚振ってみる。そして、5度目にしてようやく一枚が縦向きに立った。なるほど、出ないこともないのか。
「二つに駒が全部裏、全部表のときだ。このときは例外として全部裏ならそのまま一周したことになり一個昇格。全部表ならその地点から半周だけ周る 」
「ちょー強いじゃん 」
「あぁ。そして三つ目に振った駒が重なる、あるいは一つでも盤からはみ出たときだ。このときは全て無効とし、0になる。これが一番の注意点だな 」
「うへぇ、きつい 」
試しに盤の上で振ってみる。
勢いよくやると盤から飛び出たし、それを恐れてそっと落とすと駒同士が重なり合う。結構難しい!
「それでは説明はこの辺にして実際にやってみよう。やはり、ここもボクは優しいから先手番は譲ってあげよう 」
「いっけぇー! 」
とりあえず盤からはみ出したり、重なったりしないようにとだけ考えた。
そのために盤のちょうど中央で落とし、重ならないぐらいの勢いで落とす。うん、重ならないぐらいの勢いって実際は適当だったりするんだけどね。
「うひゃー0か。折角重なったり出たりしなかったのに! 」
出目はすべて裏だった。確か、裏は0点の計算だから0が4個で0点。うーん難しい。
「いや、違うよ理香ちゃん! さっき二つ目でいったじゃないか。全部裏だったら特例で一つ昇格だって! 」
「あ、そっか。ってことは…… 」
「うん、そうだよ 」
カナちゃん先輩は駒箱から香車の駒を引っ張り出し私の歩と取り替える。
「いきなりすごいものを出してくれちゃったねぇ 」
確かに一回で普通は2,3マス進むところを一気に昇格ってのは強すぎる。特にそれを一ターン目からだしちゃうなんて私ひょっとしてすごいのかな。
「気を取り直してボクが振ろう。うっ、1か。全然だなぁ 」
「それじゃあこの調子で私いっきまーす! 」
シャカシャカと手の中で振り落とす。あれ、駒が立っちゃった。しかも4つも。
「こ、こんなことあるのっ!! 物理的に相当難しい気がするんだけど! 」
「え、えーっと。立ったらいくらだっけ? 」
「うっ……縦に4つで一つあたり10マス。だから40マスだ。普通こんな出方するはずないんだけど、実質全部裏よりも強い 」
「40マスか動かすの大変だから全部裏でいいのにね 」
「贅沢な悩みだねぇ 」
1,2,3、4と地道に駒を進めていく。そして40まで進むと一周はしたので、香車を戻し、桂馬に変える。
カナちゃん先輩が一マスしか進んでいない歩に対し、私は桂馬。しかもプラス八マス進んでいる。結構簡単なゲームだね。
「理香ちゃんは相当運が強いね 」
「そう……ですか? 」
そういえば、高校入試のときも実力は足りていなかったはずだが、記号とかを適当に書いていたら高確率で正解したっけ。数学も私に合う知識の少なくていい問題だったからほぼ満点だったし。
今更だけどもしかしたら私って運いいのかな?
「えーっと縦が2個で表が2個だから22かな。1、2,3、4……21,22。あっ、ピッたしだ 」
「か、完敗だよ。ボクなんてまだ香車になったばかりなのに理香ちゃんは上がっちゃった。しかも王様になってから通り過ぎることなく一回でぴったりのゴール。もはや理香ちゃんの背後から神々しい光まで見えてくるよ 」
結局、運が良かったのか、驚くような出目を続けてあっさりと上がってしまった。
カナちゃん先輩も、ここまで大差だと面白くなかっただろうし、わざと外に出したりとか手加減してあげるべきだったかな。
そんな邪道なことまで思ってしまうのだった。