2、これ、ただの運ゲーじゃねぇ!
ここで扱っているのはトランプ将棋です。ルールについてはこの話を読めば大体理解できるはず。
また、ここで扱うルールには欠点があり、本編にもあるように指したい手を指せる確率が低いことです。それを解決するために、手札として五枚ずつ持ち、毎ターン一枚ずつ引きながらその中から選べんで出していくというものです。こうすることでどの順序で出し、どのカードを残しておくかとさらに戦略要素は増え、本編のような理不尽な手はなくなります。
「また私の勝ちだね 」
「クソっ、どうしても勝てないというのか 」
昨日、部長にあの変則将棋を教えてもらって以降5回理香と対局したが、いずれも負け。
これは認めなければならない。
どうやら、俺には柔軟な対応力というものはないらしく、逆に理香には記憶力の代わりにそれが人一倍に高いと。
「カナ先輩 」
「おっ、どうしたんだい? もしかして、このボクと勝負したくなっちゃったのかなぁ? 」
「いや、違います 」
「ちょっと、ちょっと。君達、最近ボクに冷たくないかな 」
「最近って、昨日からだと思いますが 」
「そ、それにしても、もうちょっとボクと対局してみようとか構ってほしいな。昨日から君達だけで指し続けていてボクは退屈なんだよ 」
「そうも真っ向から構ってアピールをされると悲しく思えてきますね。まるで、友達いない子みたいに見えます 」
「う、うるさいなぁ 」
とはいえ、この将棋でカナ先輩に勝てるとは思えない。なぜならこの将棋を勧めてきたカナ先輩ほど、この部内でこの将棋について知り尽くしている人はいないだろう。ただでさえ理香に勝てずに悔しいのに、そんな人と指すのは拷問以外のなにものでもない。
「じゃあ、多少は運が絡んでいる別のゲームはないんですか? 初めてやる俺でもカナ先輩に勝てる可能性のある、そんなやつです 」
構って欲しいカナ先輩のためにもそんな提案をする。
勘違いしないで欲しいが、決して俺がまた別のこのような将棋をしてみたいと思ったわけではない。ただ、こういう余興ならバカにしたものではなかったし、部長が望んでいるのなら叶えてあげようというだけだ。
「ふむふむ、運が絡んで、けれど巧くんが気に入りそうな普通の将棋に負けないぐらい奥の深いもの……。よし、今度はあれをしよう! 確か隣のカードゲーム研究会のやつらが持っていたはずだ。借りてくるからちょっと待っていてくれ 」
やはり、今度も『あれ』とだけ言ってカナ先輩自身は部室から出て行く。
確かに、カードゲームといえば何かと運がつきもののイメージはあるが、どうしてもカードゲームと将棋に接点を見出せない。いっそのこと、将棋の駒が点数を管理するだけのチップ代わりに使うとか、将棋の盤をプレイマットとして使うぐらいか。
「やぁやぁ、お待たせ 」
数分もするとカナ先輩は戻ってきた。そして、その手にはトランプ。
「トランプ……ですか? 」
「あぁそうだよ 」
「え、ナニナニ! もしかして、みんなでトランプするの? いえーぃっ!! あれやろ、あれ! 大富豪。ちょー楽しいよ! 」
一人謎にはしゃぎだす理香ではあるが、こいつさっきまでの話聞いてたのかな。うん、聞いてないよね。大富豪のどこに将棋と絡む余地があるんだ。
俺はポーカーのチップ代わりに将棋の駒を使うと読んだ。あぁ見えてポーカーというゲームもどうやってイカサマをするかと考えると奥が深かったりする。
「ごめん、巧くん。また、君の心の声が聞こえてきたから突っ込ませてもらうけど……巧くんも大概、理香ちゃんと考えていること変わらないよ? それにボクがイカサマをする前提で奥が深いゲームを勧めていると思ったのかい? 」
「まぁまぁ、カナちゃん先輩。そんなことより、早くやりましょうよ大富豪 」
俺は今度こそ確信する。理香は本当に話聞いていないな。なに、そんなに大富豪好きなの? そんなに大富豪、大富豪って金に目が眩んでたら、将来ろくな女になんねぇぞ。金目当てで迫ってくる女は少なくとも俺は御免だぜ。
「で、金大好き女は置いておいて、トランプと将棋で一体何をするつもりなんですか? まさか、本当に大富豪とかポーカーをするわけではないでしょう 」
「もちろんだよ。それじゃあ、二人は盤に駒を並べてくれるかな? 普通の将棋と同じ配置だよ 」
俺達は言われたとおり並べる。
ここまでは昨日と同様普通の将棋である。しかし、俺にはどうも分からない。ここまで並べてしまった以上、ますますトランプと組み合わせる手段が見えてこない。
「ここにしっかりと混ぜたトランプと将棋のセットがある。今から君達にやってもらうのはトランプ将棋というやつだ 」
『トランプ将棋? 』
俺達はハモって聞き返す。
まさにトランプと将棋だからトランプ将棋とシンプルな名前だが、俺はそんなゲーム聞いたことがない。
「あぁ。君達は将棋には一筋から九筋まであるというのは知ってるよね? 」
「一筋? 九筋? もちろん、知らないよ 」
「はぁ……理香。お前はそれでも将棋部のメンバーか。
将棋盤には全部で縦に9列あってだな、先手番の右手から数え始めて、一番左の列が九筋だ。ほら、棋譜を書くときに7六歩とか言うけど、そのときにはじめに言うほうの数字、7六歩だったら7だが、その7ってのは7筋ってことを意味しているんだ。
将棋の本を読んでいたら必ず棋譜はそうやって表されているんだから、このぐらい知っておけ。将棋に失礼だ 」
「へぇー、初めて聞いたけど、たぶん理解はできたよ 」
「それじゃあ、説明を続けるね。プレイヤーは毎回指す前にトランプを一枚引く。そして、そこに書いてある数字と同じ筋の駒を動かす、あるいはその数字と同じ筋にいくように駒を動かさなくてはいけない。これが大まかなルールだ 」
なるほど。例えば5を引いたら5筋の駒を動かすか、5筋にいくように駒を動かせばいいのか。
本当に指したい手があっても、その狙いの数字が出ないと指すことはできない。逆に、相手が指したい手を指せない間に、こちらがばんばん狙い目のカードを引けたらすぐに逆転もできるということか。
実際にやってみないと奥の深さは分からないが、運が絡むゲームであることに間違いない。
しかし、このままだとルールに大きな欠陥がある。
「ちょっといいですか。1~9の数字だったらいいですけど、10~13だったらどうするんですか? そもそもそんな列なんてないですよ 」
「もちろん、そこもちゃんと考えられているさ。10~13だったら持ち駒を必ず打たなきゃいけないんだ。これはどこの列でもいい。逆に1~9の数字だと持ち駒は打てないっていう補足もあるけどね 」
「なるほど 」
「他にももう少し補足をしようか。まず、その数字を出して何もできないとき。多いのは持ち駒がないときに10~13を引いたときだね。これは何もせずにそのターンはパスして終了。
また、王手のときはカードは引かずに好きなように逃げられる。だから、あえて王手をかけずにじわじわ迫っていくのも戦略だったりする。
他は……ジョーカーは好きな手が指せるとか、カードが全部なくなったらもう一回シャッフルして引きなおすだけ、とかそのぐらいかな 」
一通りは理解できた。
昨日のあの将棋とは違って、へんな動きをするわけではないし、そこまで難しくはなさそうだ。これなら、カナ先輩相手でも問題無い。
「早速やりましょうか、カナ先輩 」
「おっやる気だねぇ 」
俺達は席に座り姿勢を正す。
「じゃあボクは理香ちゃんと違って優しいから先手を譲ろうじゃないか 」
「後悔しても知りませんよ 」
俺はトランプの山から一枚めくる。そこに書かれてるのは1。
うーん、これはたぶん運が悪いのだろう。1筋といえばはじめにできることは端歩をつくか香車を一つあがるだけ。香車をあがるのは意味がないので端歩をつかざるを得ないが、あまり効果のない端歩だ。
このような将棋なら王様を囲うことはほぼないので、逃げ道を広げるための端歩は意味がない。また、これが角側の端歩ならこの歩をつくことで角が出られるが、残念ながら先手にとって一筋は飛車側である。
後悔しても知りませんよ、とかっこをつけたが、先手番になって初手からこうも上手くいかないとは恥ずかしい限りである。
「よし、ボクの番だね。いいのーこい! 」
カナ先輩はそう言って一枚めくる。出たのは11。
「うーん、運が悪い。まぁ序盤だし許そう 」
11は持ち駒を打つ、だが最初は持ち駒がないので何もせずカナ先輩の手番は終了。俺のも大概運が悪かったがこれよりかはマシだったか。
「それでは俺は……7か。銀を右斜め前に進めます 」
「うーんと、3か。じゃあ歩をついて角道を開けようかな 」
「どんどんいきますよ。俺は13、くそっパスか 」
滞りなく進んでいく。
パスがあったりはするが、現状何も問題ないはずだ。俺はトランプ将棋を知ったばかりなので、ここは経験者であるカナ先輩の様子を見ることもかねて手堅く進めよう。そう作戦を立てた矢先だった。
「何か良いのこないかなー、んっ? 7か……。よし、ここは思い切っていこうじゃないか 」
カナ先輩は角を手に取る。
「えっ? 」
完全に予想外だった。なぜなら、角で7筋に動かすといったらあの手しかない。しかし、こんな大損の一手ありえるというのだろうか。
『パシッ!!』
俺の歩を取るとそのまま角は俺の陣地に成りこんで馬となった。
ただ、こんな手は常識外である。だって、普通だったらここで成った角は、俺の角やら銀やら桂馬やら、それこそ誰がどう見てもタダで取れるのである。
俺がこの角を取っちゃえば角と歩の交換で俺が大きな駒得をする。はっきりいって勝ちとまで言ってよい。
「どう? ちょっとは驚いてくれた? 」
「えぇ、まったくの予想外でした。でも!! 」
こんな舐めた手をされて黙っていられるものか。6,7,8どの数字が出ても俺はこの馬を取ることができる。いいの、こい!!
「残念、巧くん 」
俺が引いたカードは3。これではあの馬が取ることができない。仕方なく俺は3筋の歩をつく。
「それじゃあこれでさらなる絶望を味わうといいよ 」
カナ先輩はカードを引き俺のほうに見せてくる。そこに書かれた数字は8。
「君の角、もらっちゃうよ 」
カナ先輩は馬で8筋にいる俺の角をとる。
「な…… 」
あんなふざけた手で、普通なら俺が角を得する場面だったのにどうしてこんなことに! いつのまにか、俺のほうが角を損し、おまけにカナ先輩の馬は見事俺の取れない位置に逃げていた。
「これがトランプ将棋の醍醐味だったりするんだよねー。
今のだったら確かに普通の将棋ではありえない手だよ。君が6,7、8を出せば一気にボクが不利になっていた。でもこのトランプ将棋ではその手が指せる確率は四分の一もない。
しかし、次のボクの手では馬は2、3、4、5、7、8、9の数字を出すだけで逃げることができる。その中でも7か8だったら今のように君の角まで取ることができる。
君がそれに対処できる手を指せる確率が低いからこそできる手なんだ。どうやらボクのほうが一枚上手だったようだね 」
カナ先輩は勝ち誇った顔と口調でそう説明する。
俺はそのままトランプ将棋特有の手に翻弄され負けた。