1、もしかしたらこのゲームは奥が深いのかもしれない。
各話新たな将棋を使ったゲームを紹介していく、という形式です。
ちなみに一話では安南将棋と呼ばれるものを扱っています。安南将棋では飛車先の歩と角頭の歩は一つ突いた形で始めるというのもありますが、本作では初期配置は普通の将棋と同じ形を採用しております。
一話のみ序章の部分が必要なため長くなっておりますが、二話以降は3000字を目安にしていきます。また投稿頻度はできる限り早く1~2日に一回、遅くとも一週間に一回を心がけます。
「やばい……。私さぁ……将棋飽きちゃったんですけどーー!! 」
ポニテに結んだ純黒の髪を揺らしながら、一人の少女が高らかにそう宣言する。
勘違いしないで欲しいが、ここは初心者の小学生が集う将棋教室ではない。
いうならば高校生の将棋チャンピオンを目指して日々将棋に勤しむべき神聖なる場所、すなわち将棋部の部室である。
机の上には一般的なプラスチック将棋盤とプラスチック駒が全6セット。弁当など将棋に関係ないものは一切広げてはいけない。
部屋の隅にある本棚には将棋の本がぎっしり。漫画やらエロ本やらは入っていない。
そんな神聖な場所でこの少女はとんでもないことを叫んだのである。将棋をするための場所で将棋を否定するなんて言語道断である。
しかし、彼女の透き通った藍色の目には一切の曇りがない。ついでにいえば悪びれた様子もない。
「で、理香ちゃんはどうしたんだい? 」
そんな、人すら名乗るのもおこがましいような発言があったにも関わらずうちの部長、カナ先輩は冷静である。
人外へさまよう後輩がいてもさっと手を差し出す、それでこそカナ先輩というべきだろう。
「カナちゃん先輩はどうしてこんなゲームをずっと続けていられるんですか? 全然強くなれないし、似たような戦形ばっかで飽きてくる。もう私、将棋部やめたいですぅー 」
さらに詳しく事情を聞けばこれである。
まだまだ初心者の分際で、さも将棋を知り尽くしたかのようである。俺はいよいよ我慢の限界がきた。
「なるほど、同じ戦型ばかりで飽きたと。相手のする戦型は人によって異なる。ましてや、自分から変えることだってできるのに、それで同じ戦型を見飽きたというのなら、さぞや何百局、何千局、いやそれ以上の数えられないほどの対局を重ねてきたのだろうなぁ。まさか、そんなに指してきたのに今更俺に負けるわけもないよなぁ 」
「タッくんったらまた性格悪くなってるよ! タッくんは私が将棋はじめたの先月って知ってるよね。そんなんで何千局も指せるわけないじゃん! タッくんにも今さっき負けたよ 」
「ふん、貴様が神聖なる将棋様に軽はずみなことを言うからだ。さぁ今すぐ謝れ。世界中の将棋指しと将棋の盤と駒と創始者に謝れ。さもないと将棋の神様に祟られて輪郭が五角形に変形するぞ 」
「ふぇっ、顔が五角形……。いやぁーーー私の可愛らしいお顔がぁーー! ねぇカナちゃん先輩助けてぇー。どうやって世界中をまわればいいの? どうやって盤と駒に謝ればいいの? 将棋の創始者ってだれなのぉー 」
「理香ちゃんも落ち着きなよ。まったく、将棋部に入ってすぐに将棋飽きちゃう理香ちゃんも問題だけど、将棋に真面目に取り組みすぎちゃって将棋のこととなったら細かすぎる巧くんも問題だと思うよ 」
「いや、将棋に真面目に取り組んで何が悪いんですか。そうしていれば将棋の神様もいつかは俺を認めてくれるんです 」
「またタッくんの将棋信教だ。そんなことしてても未だアマチュア1級どまりなんだからさぁー 」
「ふん。それはまだ将棋の神様が認めてくれていないだけだ。いつの日か急激に棋力がアップしてプロも余裕になるんだ。理香もその目でしかと見ておくんだな 」
「あぁはいはい。そうなるといいねー 」
俺がどれだけ将棋の神様の存在と偉大さを説明しても理香はまったく理解しようとはしない。あのカナ先輩ですら口でこそ否定しないものの内心は将棋の神様なんて信じていないかもしれない。
みんな、そうだった。両親も、将棋の道場で知り合った人にも。どれだけ力説しようとしても認めず、最後には受け答えにさえ疲れたのか先ほどの理香みたいに聞き流す。
しかし、俺は周りがどんな反応をしようとも将棋の神様の偉大さを信じ続ける。
だって、俺のじいちゃんがそう教えてくれたから。まるで最後の遺言かのように「将棋には真剣に取り組みなさい。そうしたらきっと将棋の神様は振り向いてくれる」と。
じいちゃんは俺にとって将棋を初めて教えてくれたまさに師匠であり、将棋以外でもとても優しくしてくれて大好きなおじいちゃんである。そのじいちゃんの言いつけが嘘なはずがないのだ。
「で、話を戻そうか。理香ちゃんが将棋に飽きちゃったということだね 」
「そうなんですよぉーカナちゃんせんぱーい! 私、どうすればいいんでしょう 」
「そんなの退部以外に考えられないだろ? 」
「もぉータッくんつめたーい。可愛い幼馴染が折角高校に入って同じ部活に入ってあげたんだよ? こう、もっとなでなでするべきじゃないかな 」
「なぜ、上から目線なんだ。それにしてもなでなでか……。よし、やってやろう 」
「え!? ホント!! 」
なでなでされるだけなのに何がそんなに嬉しいのやら。理香はご主人様が戻ってきてはしゃぐ子犬のように笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
だが、哀れな子犬よ。俺は理香の頭をぐちゃぐちゃになでた。そう、セットされた髪の毛をわざと乱すようにむちゃくちゃになでた。将棋に誠意のないものには罰があたるのだ。
「ふへへへへ 」
理香はそれでもにやっけ面で俺の顔を見上げる。なんだ、こいつはドMか? 俺は幼馴染に新しい性癖を与えてしまったというのか?
「もう、タッくんはしょうがないなぁ。でも、タッくんはツンデレさんだから許してあげる 」
「なっ!? 誰がツンデレだ! 俺はお前にデレた覚えなんてないぞ! 」
「だいじょーぶ! タッくんは私の心の中ではデレデレさんだから。2秒に1回は、理香のことがだいちゅきだよぉって抱きついてくるの。それで私はこの胸にある豊満なお肉でぐにゅぐにゅしてあげてるの。タッくんのそのときのふにゃ顔は可愛いんだよ 」
「ところでだが、そんなにぐにゅぐにゅやられていながら、抱きつくという行為を2秒に1回のペースでできてる俺すげぇな 」
「もぅ、またタッくんは話をそらしてツンツンしちゃうんだからぁー。いいんだよ、いつもみたいにこの豊満なお胸に抱きついてきても! 」
「いや、遠慮させてもらう 」
そもそもだが、抱きつける豊満なお胸など存在していないので、抱きつこうと思っても不可能である。
理香のカップは推定Aカップである。すっとんとんなのである。
経験則から判断して、このことを口に出せばたちまち理香は怒り狂うので言わなかった。そんなところに頭をぐりぐりやっても鎖骨と頭の骨で削りあうだけでお互い痛いから止めようなんて言うわけがない。
「むっ何か失礼なことを考えてないかな? 」
「気のせいだ 」
「ふぅん 」
理香はじと目で俺を見る。幼馴染だからか、こういうときに考えを悟られるのは厄介である。
「それで君たちは話を進めるという概念を知らないのかな。つい今しがた脱線したから戻すといったのに、また脱線だよ 」
「で、理香が退部届けの書き方が分からないという話だったか 」
「ちがうよっ! 」
「はいはい、今度は脱線させないよ。巧くんは実際のところどう思っているかはともかく、部員がボクたち二人だけになっちゃえば困るのは君なんだよ。何せ、2人になっちゃえば部として認められなくなるからね 」
「確かにそうですね 」
「ふぅ、タッくんがやっと私を引き止める気になったみたいだよ。これでタッくんはそれでも去ろうとする私に泣きながら懇願するの! 『あぁどうか理香様、思いとどまってください。もし我が願いを聞き入れていただけるのなら一生あなたのおそばにお仕えすることをここに誓いましょう』と!! 」
「あぁ確かに俺としても、お前に将棋部を辞められるのは不都合だ。そこですばらしい提案があるのだが、籍だけ残して幽霊部員としていてくれないか? 」
「ヤダよっ!! 」
おかしい。
俺の画期的なアイデアだったのに、理香にきっぱりと断られた。
理香は将棋をする気がなくて、でも、俺としては部員の人数が欲しい。そんな真逆の理念を同時に叶えられる方法なのだ。もはや、否定する要素などなかったと思うのだが。
カナ先輩はそんなやりとりを見て「やれやれ」と言いながら苦笑いをする。
どうもカナ先輩の呆れ対象に俺も含まれているように思えるのだが、気のせいだろうか。
「そうだねぇ……ここは気分を変えるためにも、将棋でゲームをしてみるというのはどうだろう? 」
「……カナちゃん先輩……大丈夫? 」
理香は『将棋で、ゲームみたいな楽しいことができるわけないじゃないか。カナちゃん先輩、頭おかしくなっちゃったのかな』とでも思ってカナ先輩を心配したのかもしれない。だが、カナ先輩は紛れもなく大真面目であると、この俺が保証しよう。
何せ、理香は失念しているのだろうが、将棋もゲームの一種なのである。よく、『神聖なるスポーツ』と称され、勘違いしている人も多いかもしれないが、将棋のジャンルは『ボードゲーム』なのだ。
つまり、カナ先輩は『将棋に飽きたとかつまらないことを言ってないでさっさと将棋をさせ』といいたかったのだ!
「そんな納得したような表情で、ボクを上げてくれてるところ悪いんだけど、巧くん。ボクは、飽きたと言ってる理香ちゃんにもっと将棋をさせ、みたいな悪魔みたいなことを言ったつもりではないよ。ボクは将棋の盤と駒を使って普通の将棋とはまた違った軽い遊びをしよう、という意味でいったつもりだ。つまり、おそらく理香ちゃんの『将棋でそんなゲームなんてできるわけがない』って感じの反応のほうが正解だったってことさ 」
「……カナ先輩……大丈夫ですか? 」
「君達はもっと先輩というものを信頼しないのかなっ! 」
「確かに俺はカナ先輩のことは信頼していますが、それは将棋には敵いません。そして、俺は将棋は神聖なるスポーツで遊びではないと信じています。故に将棋で遊ぼうと言いだしたカナ先輩を今の件では信用することはできません!! 」
「で、そんなタッくんは放っておいてそのゲームって何なの? 」
「そうだねぇいっぱいあるんだけど……。うーん、有名どころだと挟み将棋とか、周り将棋とか、将棋くずしとか…… 」
断固として否定する俺をよそに二人だけで話は進んでいく。
うっ、この流れは俺だけが取り残されて悲しい思いをするやつだ。しかし、将棋で遊ぶなんてやってはいけないことだし……。ジレンマがやばい。
「あっれぇ? タッくんはそんな小指をタンスの角にぶつけて苦しんでるような顔をしてどうしたのかなぁ? 」
「い、いやぁーなんでもないぞ。ちょっと将棋部で将棋以外のことをしようとしている姿に怒りが抑えられないだけだ 」
「もうっタッくんはやっぱりツンデレさんなんだからぁ。いいんだよ、やりたいのならやりたいって言えば 」
「べっ別にぃーやりたくなんてないけどぉ。いや、まぁ、でも、神聖なる将棋を侮辱しない程度のちょっとした余興だったら将棋の神様も許してくれるかなーなんて。だから、まぁ……なんだ……そんなにやって欲しいんだったら、内容によってはやってやらなくもないぞ? 」
「今の巧くんはまさしくツンデレだね。でも、男のツンデレなんて誰得だからやめたほうがいいよ 」
カナ先輩に真面目に否定されて、ちょっと悲しくもなる。
いや、決して俺のアイデンティティーであるツンデレを否定されたから、とかではなく。理香がツンデレ、ツンデレと言ってくるからそれに乗ってあげた、いわゆる軽い『ボケ』だったのに、気づいてくれなくて悲しいってやつ。
一つ勘違いしないで頂きたいが……別に理香のためにツンデレになってあげたんじゃないんだからねっ!!
「で、まぁ巧くんも一緒にやるという方針でいこうか。となると、そうだねぇ……巧くんが許せる範囲のものか……。なら、普通の将棋の要素も入った、けれど将棋の実力なんてまったく関係のないあれをやろうか 」
「あれ? 」
「まぁ、すぐに分かるさ 」
それだけ言うと、カナ先輩は盤の上に駒を広げて並べ始める。
何をやるか知らされていない以上、並べるのを手伝えないと思ってただ静観していたが、そうでもないようだ。始めの陣形は普通の将棋とまったく一緒の慣れ親しんだものだった。
これでルールまで一緒だったら、それではまさに普通の将棋である。当然、「将棋の実力なんてまったく関係のない」のだからここに特殊なルールが加わるのだろう。
パッと思いつくところを挙げるなら駒の動かし方を変えるとかだろうか。
「さすが、巧くんは鋭いね。そう、このゲームでは駒の動かし方が特殊なんだ 」
「いや、なんで人の心を勝手に読んでるんですか!! 」
「ボソッと声に出ていたじゃないか 」
うっ、声に出ていたのか。時々、考えていることを無意識で呟いてしまうのは悪いクセである。将棋を指しているときでも、読み筋を口に出してしまっては元も子もない。
それにしても、駒の動きが特殊なだけか。幸い、記憶力には自信がある。ちょっと新しい駒の動きになったぐらいで、すぐに覚えて、すぐに対応できそうだ。それに加え、他は普通なんだから簡単ではないか。
いや、この幼馴染の場合は違うかもしれない。
「ちょ、ちょっと待ってください! も、もしかしてカナちゃん先輩はこの短時間でまた新しい駒の動きを覚えろという鬼みたいなことを言うんですか!? 自慢じゃないですが、私記憶力にはまったく自信ないですよ。なんなら普通の将棋の駒の動きだってつい先週に完璧に覚えたぐらいですよ 」
そう、この子はちょっとばかし、というよりかは、圧倒的に記憶力が低い。
今まで暗記系の科目で二桁をとったのを見たことがない。それだから、ほぼ毎回補習をくらっている。数学とかでも公式が多い分野なら赤点になる。
その代わりといっては何だが、こいつのとんでもない発想力にはこの俺でさえ嫉妬する。同じくテストで例を出すなら、数学でも公式が少ない範囲だったら突然満点をとってくる。
「まぁまぁ。ボクも理香ちゃんの記憶力のことは理解しているし、何より今楽しもうとしているのに覚えるなんて苦行は他の人であってもやらせるつもりはないよ 」
「じゃあ、どうやって? 」
「この将棋における駒の動きはいたって単純。真後ろにある自分の駒の動きになる。真後ろに何も自分の駒がなければ普通の動き。何も新しく覚えることはないだろ? 」
なるほど、例えば始めの陣形でいうなら、角の前にあるこの歩は、その真後ろにある駒、すなわち角の動きになるということか。
うん、これなら確かに理香が覚えるのに苦しむことはない。俺にとっても新たな駒の動きが加わらないというならいつもの力がやはり発揮できそうだ。いつも、俺は理香に普通の将棋で勝っている。悪いがこの勝負もらった。
「とにかく、実際にやってみれば早いよ。さぁお二人さん、座った座った 」
「よし、分かったよ。それじゃあ、ここは可愛い幼馴染に免じて先手は譲ってね 」
「あ、ちょっ! 」
理香はサッと座ったかと思うと、飛車の前の歩を持ち上げ俺の角の前の歩を取る。
くそっ、やられてしまった。
俺もこのことには気づいていた。つまり、飛車の前の歩はこのルールでは飛車の動きになるのだから、いきなりこうして相手の陣地に攻め込むことができる。
さらに、この攻めは非常に強力で、次には俺の角も取られてしまう。
「ふふーんっ、どうよ! 」
「お、俺だってこんぐらい分かってたし。それに、お前相手なんだからここからでも勝てるし 」
強がってはみたが、状況はよろしくない。
角はもともと斜めにしか動けない駒だから、現状逃げることはできない。ここはこいつが角を取れることに気づいていない可能性に期待して、角道を開けるか? そうすれば、次の手で角は逃げられる。
いや、それはさすがにである。理香が弱いとはいえこんな単純な取りを見逃すほどではない。
つまり、角はもう逃げられない。それなら、俺もこうするしか!
『パチッ!』
俺は理香と同じく、飛車の前の歩を持ち上げ、相手の陣地に攻め込んだ。
受からないのなら、攻めるしかない。
こうすれば、相手のほうが先行はしてるものの、お互いが角を取り合って駒損はない。それならば、そこまで不利でもあるまい。
「じゃあ、角をもらっちゃうね 」
案の定、理香は角を取れることには気づいていたようで、角を取ってきた。
その手に対して俺は落ち着いてそのとを取った。
もしかしたら、将棋を分からない人だったら「えっ? 角をこちら側もとらないの? 」と思うに違いない。
しかし、確実に取れる駒はすぐに取らなくても後々取れる。今回はこの相手のとを放っておいたらこちらの陣地にどんどん攻められていくので先に止めておく。確実にとれる角はその後でよい。
「へぇー、そうするんだ 」
理香は感嘆の声をもらす。
そうだろう、そうだろう。ほぼ初心者のお前にはこういう落ち着いた手は見えないだろう。
「じゃあ、逃げちゃうね 」
「はっ? 」
理香は迷わず次の手を指した。
しかし、俺には理解ができなかった。駒をただで捨ててきたとかそういう次元ではない。これは駒の動きを間違えたただのルール違反だ。
理香は自分の角を動かしたのだが、それは普通の角の動きではなかった。そう、その動きは桂馬と同じ動き。角は斜めにしか動けずそんな動きは無理である。
悪いが、ルール違反で俺の勝ち……あれ? 桂馬の動き?
「なっ!!そういうことか!? 」
「ふっ、巧くんはようやく気づいたようだね 」
そうだ、そうだった。今さっき聞いたばかりの特殊ルール「真後ろにある自分の駒の動きになる」は角にも適用されるんだ。
角やら飛車の前の歩が強くなるということしか考えていなかったが、それは歩以外にも全ての駒の動かし方に影響する。
つまり、ずっとこの角はただの角の動きと思っていたが、ここでは角の真後ろにある桂馬と同じ動きをするのだ。それならば今の理香の指し手は何も問題がない。
「このルールの難しい要素の一つに、ある駒のことばかりを考えていると、他の駒も特殊な動きということをつい忘れてしまうことなんだ。特に相手の駒は余計に 」
「じゃあ、俺の角も本当は同じように桂馬の動きで逃げられたのか 」
「そういうことだね 」
「うっ 」
このゲームは難しい。
俺はこの数手でそのことを悟った。
普通の将棋の定跡なんて関係ない。普通の将棋の感覚なんて関係がない。普通の将棋よりも幅広く見なければいけない。
将棋で遊びなんて、と俺はバカにしていたがそうでもなかったようだ。
あぁ、認めよう。この遊びは普通の将棋の次に奥が深いと。
「くっ……負けました 」
「ふふん、ありがとうございました 」
俺は初めて理香に負けた。それも普通の将棋の感覚が抜けずに指した結果の完敗だった。