求む。嫌いな幼馴染から逃げる方法
突然始まって突然終わります。
軽い気持ちでお読みください。
お兄様を兄に変更しました。
私の剣がはじかれ、尻もちをついた。
顔を上げれば、目の前に剣の先がある。
私は私の敗北を知った。
悔しくて、前に立っている男を睨む。
「僕の勝ちですね。」
普段ニコリともしない癖にこういう時だけ心底嬉しそうに微笑む男が、目の前に立っていた。
腹立たしい事この上ない。
「で、何をすればいいの?」
棘をこれでもかと言うほど含んだ声で言った。我ながらかなり低い声が出た。
睨んでる事と元来の目つきの悪さも相まって普通の人なら悲鳴を上げているだろう。
だが、目の前の男には、効果が無かったようだが。
男は少し考えるふりをしてからこう言った。
「そうですね。では、僕と婚約してください。何でも言う事を聞いてくれるのでしょう?」
は?
一瞬何を言われたのか分からず固まってしまった。
こうして私は世界一嫌いな男と婚約することになったのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
これがかれこれ三年前のお話である。
当時、私が13歳。彼が18歳。
13歳のいたいけな少女相手に本気を出すなんてあの男はどうかしていると思う。
あの日から私はあの男の婚約者になった。
兄は反対してくれたが両親は喜んでいた。
何たって相手は侯爵さまだ。つながりがあっても損はない。
と、言うのもあるが、現侯爵である彼の父と私の父は友人なのだ。
自分の子供たちを結婚させたい願望があったらしい。
しかも、王都にある屋敷は隣同士。(隣と言ってもかなり距離がある)
これほど好条件の相手はいなかった。
私は彼の婚約者になってから最悪である。
要らぬ恨みを沢山買った。
時には悪口を言われたりしたし、嫌がらせもされた。
なぜか嫌がらせをしてきた令嬢が社交界から姿を消すという事があったが。
彼は、金髪碧眼でまるで王子様のような容姿をしている。
少しというかかなり冷たい性格をしているのだが、そんなところもクールでかっこいいのだそうだ。
友人が教えてくれた。友人曰くは、あんな重たい男は観賞用で十分らしい。
そんな為、女の子からモテる。舞踏会に出たらいつも囲まれているらしい。
これも友人が教えてくれた。情報に疎い私に色々教えてくれる優しい友人である。
そんな訳もあって私が社交界デビューを果たしたその日、一応婚約者なので彼にエスコートを頼んだら要らぬ注目を浴びる羽目にあった。
その時初めて彼が世間一般で言うイケメンに入るのだという事を知った。
あまりのも興味がなさ過ぎたし、兄の方がかっこいいので気付かなかった。
あと、もう彼とはパーティーに出ないと誓った。
これから兄にエスコートしてもらおう。
彼と婚約を解消しようと思ってこの三年間色々試したが無理だった。
泣き落としてみたり、彼に嫌われるようなことをしてみたり、両親に婚約破棄してくれるように説得したり。他にもいろいろやったが、どれも失敗に終わった。ことごとく彼に邪魔されたのである。
泣き落としは唯一少しだけ効果があったが、嘘なきだとバレて失敗に終わった。
最終手段として彼を徹底的に避けてみた。
会わないように会いに来たら仮病を使ってみたり、三日と開けずにやってくる手紙は返事を書かずに無視した。
嫌がらせの意味もあった。
三週間ぐらいが経過した頃だっただろうか、この国の王太子様から手紙が届いた。
要約すると、王宮が魔王のせいで氷の城のようになっていて業務に支障が出ているので避けるのはやめてくれと言うものだった。
魔王というのは彼の事だろうか?それにしても今は夏なのにそんなに王宮は寒いのだろうか。
そんなこともあり、三週間ぶりに彼に会ってみることにした。
王宮で騎士として働いている兄に用事があったのでついでに、王太子の補佐官として働いている彼に会いに行った。
兄との用事を終わらせて、騎士の方に王太子と彼が働いている執務室に案内してもらう。
一応、王太子にアポを取ってから来ている。
執務室に近づくにつれて周りの空気が冷たくなっていった。なぜだろう?
執務室についてようやく原因が分かった。冷気は執務室から漏れていたのである。
案内してくれた騎士は、お礼を言う前に怯えるように逃げて行った。
この三週間で何かあったのだろうか?。
ドアをノックする。中から王太子と思しき声が返事した。あんまり会った事がないから知らないのである。
中へ入ると、何故かやつれた王太子と冷気をまとった彼がいた。
彼は私を見て驚いた顔をした後、凄い勢いで抱き着かれた。
数日会わないと起こる彼の奇行だ。初めのころは何が起こったのかよくわからずに驚いたが、もう慣れた。
兄曰く、欠乏症によるものらしい。意味が分からない。
それにしても、痛い。苦しい。放してくれないだろうか。
それに王太子に挨拶が出来てないこの状況は非常にまずい。
焦って彼と押しのけようと推してみたが全然駄目だった。ビクともしなかった。押しのけようとすればするほど拘束は強まっていった。
負のループである。
そう言えば、三週間も合わないのなんて初めてだなと現実逃避しかけた時だった。
「おい、放してやれ。苦しんでいるぞ。」
そう言った王太子をひと睨みした彼は、少しだけ拘束を緩めてくれた。
私としては放してほしかったのだが・・・。
まぁ、ひとまずこれで我慢しよう。
仕方がないのでこのまま挨拶することにする。
「お久しぶりでございます。ライラック王太子。このような形でのご挨拶となり申し訳ございません。」
動ける範囲で最上級の挨拶をした。
彼はその間ずっと私に頭を押し付けてきていた。
いい加減鬱陶しい。
「いや、大丈夫だ。こうなる事は予想できたしな。」
「ありがとうございます。」
取り合えず、色々とこの婚約者が迷惑をかけたようだし、原因は私にもあるので、精一杯の愛想笑いをしておく。
「これでやっとストレスから解放される。」
と、小声で王太子は呟いていた。
本当にすみません!!
「聞こえてますよ。」
彼が私の髪に顔をうずくめながら言った。
いい加減ほんとに放してくれないかな。
「何のことだ?」
「まぁ、いいです。さて、仕事しますか。」
やっと放してくれたと思ったら、今度は抱き上げられた。
そうして彼の机のまで連れていかれ、膝の上に座らされる。
私はここにいていいのだろうか。
見てはいけない書類とかはないのだろうか。
今きっと私は死んだ魚のような目になっていることだろう。
王太子の方をちらっと見たら、申し訳なさそうな顔をしつつ我慢しろと顔に書いてあった。
暇なので、侍女さんに本を持ってきてもらって読む。
こうなったら、彼が帰るまで帰れないだろうし仕方ない。
がっちりホールドされているので、身動きも取れない。
もうこれは、抵抗することをあきらめて、大人しくしていることが得策だろう。
ちょっと顔を見て帰るはずが、とんだことになってしまったなー。
彼の膝上で大人しくしていたら、色んな人に感謝された。
この三週間ほんとに何があったのやら。
知りたいような知りたくないような…。
はてさて、私はいつになったらこの男と婚約が解消できるようになることやら・・・。
まだまだ、先は長そうである。
私の戦いは続きそうだ。