#3 リピート機能は必須だな【後編】
意識が遠のいていく。
ここではないどこかに、意識が沈み込んでいくみたいに……。
これは泥酔による影響ではないと思う。
夢の中に、一人立たされているような、そんな気分。
ザザーン、ザザーン
目を擦る。耳を澄ます。
「ここはどこだ」
目の前にあるのは澄み渡る広大な海と、手前に広がる砂浜。
右を見れば木々が生い茂る森らしきものが奥手に見え、左には人気のないコテージが建っている。
少し気になったので、そのコテージに向かうことにした。
途端、違和感に気づく。
これは……。
「肌寒いなと思えば、海パンはいてるだk……っくしょい」
思わずくしゃみをしてしまって、内心恥ずかしくなる。
が、当然と言えば当然、吹き付ける風が冷たいので仕方ない。それに、よく考えれば人気はコテージに限らずどこにも感じられない。
とりあえず、コテージにいこう。
*********
コテージの中は至って普通だった。
一階には少し大きめのテーブルと簡易キッチンが用意されており、二階にはベッドが一つとテレビが置かれている。
その懸け橋となる階段は危なげな音を出しながら、ほのかな木の香りを漂わせる。
「そういえばここはどこなんだ……俺は何してるんだ……」
全くもって思い出せない。正確には思い出せないというか、記憶に改ざんされているような靄がかかっているというか。そんな感じ。
だから、現状を理解する、例えば所在地にしろこの世界観にしろ、住人がいなければ知る手段がない。
「とりあえず……おっ! んだありゃ……グピッ」
二階に備え付けられた窓から海とは逆側の方向を眺めると、人で賑わってそうな繁華街や丘の上に立つ学校などが目に入る。
どれも現代チックで、どうにもまだここがどこなのか、思うところがない。
「学校ねぇ……繁華街経由でいってみるか」
呟いても返事する相棒はいない。
どこか寂しくなって、思わず人生について考えてしまいそうになる。
「んっと」
寂しさを紛らわすように足早に階段を下りると、コテージを出た。
アルコールはとっくに切れているのでコケるようなこともない。
*********
コテージの外は相変わらず寒い。でも鮮やかな海が心を温めてくれるのが分かる。
裸足・海パンの状況で繁華街へと駆け出す。
場所も分からず道のりも分からない。そんな冒険らしい冒険に心躍らせた時期もあった気がする。
……一人でいるとどうしても”過去”を思い出すんだよなぁ
「ぐっ……」
足裏がツボを刺激されて痛きもちいい――麻痺してしまった両足を意地だけで動かして、過去と現在を逡巡する思考を隅に繁華街へと向かった。
**********
あれから走ること数分、繁華街に出た。
意外と近いと思ったが、それ以上に衝撃なのは本当に人がいないことだ。
右も左も、走ってきた道のりにも、人気は全く感じられない。
全身を這う違和感を懸命に堪えて、中央の分岐から学校へと繋がっていそうな右ルートに進む。
「それにしてもホントに人いねぇ……どこなんだここは。見た目だけ大層で中身は空ってかハハ」
奇怪な雰囲気で包まれた道を一人歩く。
途端、”会えるかもしれない”といった期待とは違う感情がどっと押し寄せて足元がすくんで歩けなくなった。
「もしかして……俺怖がってんのか? いやーまさかな、社会人にもなって数年、ようやく一人暮らしに慣れてきた俺が”一人”を怖がってんの?」
恐ろしい現実を認めたくなくて、どうにかしようとする。
けれど結局は立ち尽くすだけ、身震いと自己嫌悪に苛まれる。
そうして足元を見れば、止まってしまった足からは血が零れだしている。
今赤いそれを見ても、頭はそれどころではないと頑なに拒んで何もできない。
「ち……くしょうっ」
つい、似たような過去を思い出す。
融通が利かない男と上司に卑下され、体格だけは並みでいられるなと同級生らには言われてきたこと。
親にも「図体ばかりでかくなってえらいこった」と邪険な顔で迫られて、以来、一度も顔を見ていないこと。
有象無象の黒歴史が、ここぞとばかりに押し掛け、そして自我を崩壊させていく。
「何もかも、ぜーんぶうまくいかなかった」
仕事はなんとかついた。勿論、定職ではない。安価な対価のために、それこそ命燃やして働いている。でもその原因は自分にあるから、それは仕方ないと割り切っていた。
今でも、やっとの思いで見つけた職を、コミュ能力のなさから(自己解釈)いきなり切られることがある。
「でもよ……」
今思えば、自分の人生はいつだって、苦痛だらけだったことを思い返して、バカバカしくなった。
慣れっこじゃん。
無能と晒され、世間に脅されることにはもう慣れてるじゃん。
そう、慣れているはずなんだ。
「あれ……なんでだよ」
言葉では強がれていても心はまた別物だと、どこかで見た気がする。
本当にその通りだ。
別のところで弱いものほどほざく、と見た気もする。
結局のところ、弱さを受け入れられないから強がっていただけなんだ。
本当は、慣れてなんていないし、悔しいし、もっと強くなりたい。そんな自分がきちんといるんだ。
「そっか……そうなのか」
頬を垂れる涙を拭って、曖昧模糊の自分とお別れする。ごめんな、と笑顔で。
「ったく、おっさんの涙なんてサービスもくそもねぇ」
最後はいつもみたいに笑い飛ばして消すんだ。
つまらない人生でも、生きることに意味があるからね。
笑える明日のために、今を生きるんだよ。
やっと戻りつつある”自分”に安堵しつつ、目的を思い出す。
無駄な時間だったかもしれない。
でもいつかはここに至る。
だったら有意義じゃないか。
思考がすべて前向きになっていくのを感じて、現実に目を向ける。
「さぁて、やったるかっ」
今度は足元を見ることはない。人気のない道をまた奥へ奥へと進んで丘の上を目指す。
「ここからは、自分のために生きよう」
シリアス担当の思考回路を切断される。
そして、ギャルゲ攻略にいつもつかっているほうのそれのスイッチが勢いよくともった。
*******
丘の上に、地上層4階構成と思われる学校がそびえたっている。
近くで見ると思った以上に迫力がある。
全面が鉄筋コンクリートと強化ガラスで組み合わされた、なんともメタメタしい建物ではあるが、その強度は凄まじいだろう。
視線を屋上から手前に落としてみる。
人気のない校門、広い吹き抜け口、整備された花壇、奥に少し見える芝生のグラウンド……。
「矛盾してるよなぁ……人気ないのに整備されてる」
なんでだろう。理解に苦しむ。
ちょっと疑問に思ったが、直後には忘れてしまっていた。
「んっ!」
見るからに人、それも学生。
突然人が来るとどうすればいいのかわからなくなる。ましてや、初対面の人ともなれば、どのようにでるべきかわからない。
下手すると、処刑されることもあるわけで。
「ピンク色のシャツに水色のリボン。それから紺色のブレザーに白・灰の縦縞スカート」
はっ、と口を押えたが遅かった。暗い吹き抜けから正門に向かってくる彼女に日光が触れた瞬間、どうも反射的に口に出していて、同時にこちらは構えていた。
でも、自己防御をある程度極めたはずの自分ですら、適わない気がする。
女子生徒はこちらに気づくと何やら口ずさんで向かってきて、そこに纏わる殺意が恐ろしいからだ。
「あっ、えっう」
もうなにすればいいのかわからない。これがいわゆる威圧と言う奴かもしれない。
年下の美少女にある意味目力みたいなもので束縛されている。
ん……
「美少女……? あ」
ちょっと思考を逸らしたすきに両腕は警備員に掴まれていた。
「人気がない街にも、これだけがタイのいい男はいるのか……いてぇえええ」
けれど、彼らには伝わっていないらしく、手加減することもなくそのまま連行されている。
このままではまずい。
せっかくの機会だ。死に物狂いでここまでやってきて、どうして何もできないのか。
いや、できないはずがない――正しくは「やってやる」か。
会話の通じないことをいいことに無理やりに海パンを”脱がされた”みたいに演技する。
高難易度だが、そうするしかない。
「んしゃっ!」
ぽろり、とSEが流れるような気がした。
海パンは見事に数十センチずれて、少し膨れ上がった棒が露出したのだ。
警備員はそれに気づくと一斉に力を弱めたので、急いでその場から離れ彼女のもとへと駆ける。
「ってか見られたり……したのか……」
うっかりしていたとはいえ、女の子の目があることを忘れてはいけなかった。
そもそも日本ならば露出した時点でアウトだがここはどうなのか。
そう思って彼女を見る。
『……』
なにやら口にしているのだが、全く聞こえない。声が小さいとか、そういうレベルではない。
警備員も確かに聞こえなかった。
『……』
何言っているのかわからないので、読唇してみる。
「ええと……へんたい、えっち、なにしてるの、ここはがっこうよ、それよりあなたはだれ、なんでかいぱんなの……」
最初の方の言葉は一体何を指しているのか。格好なのか、それともさっきのあれか。
「海パンしかないから海パン! それから俺も自分のこと分からん」
……日本語が通じている、ということでいいのか。
彼女は恥ずかしさと怒りの形相から一変、驚いた表情に変わる。
「なんで……声聞こえないんだ?」
彼女は読唇したのだろうか。それとも彼女には聞こえるのだろうか。
もう、何が何だかわからない。
頭を悩ませていると、脳裏を横切るものがあった。
「そうか……リピートすればいいんだな」
彼女が首をかしげているのを尻目に、目の前の設定を開こうとする。
……が、指はすぅっと空気を掠めるだけだった。
途端、彼女は笑い始めた。
上品な笑い。
口元を抑えて、少しだけ頬を緩める。
「はぁ……ってそうだったわ!!」
ここはギャルゲプレイヤーにとって崇高なPC環境じゃない。
どこかわからないが、リピートなんてできない。
「まぁ……かわええからええやろ」
うっかり全て口に出す。
素直な感想だけど、彼女もまた素直に反応してくれた。
至福。眼福。
生きてきたすべての意味が、楽園がここにはあるのではないか、と思えるほどに魅了される。
勿論、直後に忘れていた恐怖が訪れるのだが。
「ぎゃぉーーーー」
両脇をがっちり固められて、彼女と離れていく。
一方の彼女は、小さく手を振ってくれている。
それだけで、少しうれしかった。
だから今なら、ごつい人に連行されても許せた。
*********
何故か知らないが牢獄に気づいたら居た。
なんだここは、と思わせてくれない。
なにせ、どっからどうみても牢屋だからだ。
生い茂るツタが鉄の格子を彩るも、立ち込める生臭いにおいとあまりの暗さに死を連想させてくる。
「参ったなぁ……」
癒しがあれば生きていけるかもしれない。
癒し、癒し……あ。
反射的に声に出す。
「リピート機能は」
――ない、そんなことわかってる。
でも、
だからこそ、
「必須ですーーーーー」
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【PC画面】―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
悠葵:「必須ですーーーーー」
(字幕):「バッドエンド(?)」
(システム):「データをセーブしています……前回地点からリロードします」
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「ふぅ……」
デッドエンド(?)とデータに記入してPCを閉じる。
冷めたコーヒーを手に取り、口にする。
気付けばこんな時間だ。
「寝るとしよう」
寝袋を敷き、目覚ましをセット。
それから寝る前のトイレ。
済んだら今度はエアコンのタイマー。
「オールクリア、では」
■■はぐぅうぃーん、とチャックの音を立てて中に入ると、また同じ音を立てて閉める。
そうして、一日がまた終わる。
■■:「いやぁ、会社って寝心地悪すぎよなぁ」
悠葵:「いやそれアンタが悪いでしょ……」
冬華:「ゆ、ゆうきさん」
悠葵:「なにー?」
冬華:「へんたい」
悠葵:「……次回、『ルート分岐が細かすぎる件』をお楽しみに!!!」
■■:「今回も見てくれてありがとう、あと、悠葵ってルビ振ってなくてすまない……」
追記︰作者『改稿して済まない・・・タイトルに後編を付けました』