#1 ムービーは大画面・大音量で
それは、快楽への誘い。
近年多用されるようになった、シリアスなプロローグの長い作品もこの瞬間には前戯と一息つけることでしょう。
本作は極めて単純に説明すると、超能力バトルモノに分類されますが、このオープニングはそれを感じさせることのないリア充っぷりを披露してくれています。
体温はまだ上がりませんし、心の奥から自分のことを嘲笑う声が聞えてくるような気もしますが、そんなものは忘れましょう。
オープニングにはまだ早い。
私は、その言葉を未プレイのあなたに送ります。
【ひまじん沖田のプレイ日記 パート219-●●●● by まっちゃそふと-第一回 20●●/07/21】
だってさ。俺は前から、めちゃくちゃ楽しみにしてた新作なんだから。
キタイしてるぜ、まっちゃそふとさんよぉ!!
画面に浮かび上がる、二・三列の文章。その奥にある、色彩豊かで美麗なイラスト。
地を這うようにどん底を歩んできた一人の人生とは対照的に、華やかな女性に囲まれる主人公。
世の中に数多あるゲームジャンルの中で、俺がこの作品群を好きな理由はたった一つしかない。
それは俺が”男”であるということ。
同性愛を否定するつもりは全くもって無いが、しかし堪能したい人生となれば非現実的で妄想に溢れたこれらの美しい文学作品を除くことはできない。
本作は”ファン待望の新作! 帰ってきたのはイチャラブ?”と謎の謳い文句が付けられているが、それに関してコメントすることよりも………
『スポットライトが消えてしまった主役のように、”彼”はその場に崩れる。
その様子を見て、隣にいた凜がすたすたと教室に帰る。
そのまた隣にいた女子生徒はおどけながらも、最後には姿が見えなくなっていた。
「私はどうすれば……」
誰も”彼”を救おうとしない。
崩れたまま動かないからなのか。それとも演技だからなのか。もしくは、見えていないのだろうか。
「――そんなこと、分かってる!」
馬鹿で、変態で、存在感がまるでなくて、運動も人並み以下で。おまけに顔もそこまでよろしくない。そんな度し難くい男の子に、救いの手を伸べようなんて間違っている。自分らしくない。見返りを求めてるわけじゃないけど、この男には期待できない。
それでも、私は放っておくことはできない。
知っている。彼がよくプレイするのは”ぎゃるげー”というらしい。虚構空間に「これでもか」と愚かな欲望を敷き詰め、精神的充足感を得て快楽を憶える。”俯瞰的リア充ライフ”と私は認識しているが、本当にくだらないゲームだと思う。もっと、現実で楽しもうと思えないのか。
もっとも、”今の彼”には無理な話だろうけど。』
そこまでを聞いて、エンターキーを押す右手を離す。そして、視界が――三次元空間に引き戻される。
期待を返せ、というにはまだ早い。落ち着こう。この女の子はどうも、我々プレイヤーに対して少々痛いところを突いてくるようだ。
しかし、こうもシリアスな展開だとなかなかにボリュームのあるシナリオ構成になっていると思わざるを得ない。一種の文学作品としても、このジャンルのゲームを楽しめると思うのは俺だけか。
さて、本日はオープニングを見て終わろうか。
『でも。無理だと断じた私も、この生活を楽しめている気はしない。
もっと快適で、もっと美しくて、もっと柔軟で、もっと生きがいのある空間に行きたい。
”彼”と違うのはここ。
私は決して期待を抱かない。だから、その、”ぎゃるげー”にも興味はないし、私が転生できるとも思わないし、”彼”が私を惚れさせることも決してない。
「あーもう! いつになったら言い訳は治るんですか私!!」
人を決めつけて、未来を縛り付けて、自由を捨てて。
そんな行為に意味があるなら、人が生きている理由もきっとない。だから、断じていては「私自身」も否定してしまうことになる。
誰かのために踏み出す一歩。自分のために差し出す手。
本当は誰に問うこともなく分かっている最適解に身を委ねる。違う。最適なんかじゃない。狂っている相手には、私も狂ったように真正面からいくしかない。つまりは成り行き構わず暴れるのみ。
「私が、あなたを変えましょう。期限はそうですね―――ひとまず一か月後までにカノジョを作らせるということで」
錆びた巨像が肯定の意を示す……ように見える。
せっかくの狂っている人間に油をさすようで悪いけれど、自分に嘘はつきたくない。
「まずは自己紹介から。私の名前は――」
その前に、彼を起こす必要があることに気づいて、背中に右手を回して左手を添えつつ優しく。
なるべく彼の顔を見ないように、彼も不愉快でないように。
そのギリギリを攻めた。
「ありがとう……僕を救ってくれた麗しきお方……」
満面の笑みではないけれど、彼は満足げに私を見つめる。
それに対して私はぱっとでてきた返答を、そのまま口に出す。
「名前で呼んでいいよ。冬華、ふーゆーかって」
無意識に私は笑顔を作っていたらしい。』
「うぉおおおおおお」
突然の暗転に驚き、思わず声を漏らす。
正直、どこまでも謎なシナリオだが、これがまっちゃらしくて安心して作品にのめり込める理由でもある。
そういってるうちに大画面を覆い尽くしたのは
『むかしむかしあるとこにー(そいや)
ハルキと言う名の若者ありけりー(おりょりょ)』
画面に映し出されているのは二人の女の子。
ピンク色のシャツに水色のリボン。その上に、紋章の入った藍色のブレザーを羽織って、下は白と灰色が縦のラインで交互になっているスカートをはいている。
髪をだんご状に丸めた女の子が最初に声を張り上げ、そのあとの掛け声はその子より一回り小さいツインテ女の子が担当している。
よく見れば小さい子はリボンの色とシャツの色が逆。これは年下であることを意味しているのかも。
ますます興奮してきた自分をちょっと笑いながら、冒頭の自分とはかけ離れた勢いでエンターキーを押した。
『ちやほやすぴんどるーー』
OPが途中で切れる仕様だったのは、いったいどんなメリットがあるのか教えてほしい。
……それと、耳が孕みそうな素敵なハーモニーが手違いでバカデカい音量になったことは、おそらく初プレイ記念に飲んだ分が回ってきたことによる操作ミスだと信じることにする。
”ハルキ”「見てくださってありがとう!!!」
???「それしか言うことないのかしら!」
???「そいや! おりょりょ!」
”ハルキ”「いいから! 言いたいことは言うべきなんだ!」
???「んじゃ、遠慮なく言ってみる~。ハルキってばありえないほど変貌するけど、人格ごと別になっちゃったんじゃないの?」
”ハルキ”「……次回! 『リピート機能は必須です』お楽しみに―!」
???「ちょっとー!」
???「呆れを通り越して腹が減ったわ」