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従者セレンはお嬢様と共に旅に出た

ヘタレ従者セレンの過去と今のお話です








唐突に家を出たと思えば計画性の全くない旅行に出ようとするアシェルについていけないセレン。破天荒な彼 女について行く理由とか、馬車内の会話とか。

セレンは自分の女みたいな名前が嫌いだったけどアシェルが「名前なんてその人を呼ぶ時に必要な番号のよう

なもの、そんなものに好きだ嫌いだとか思うことは無駄だわ。別に名前で全て決まるわけじゃないのに鬱陶し いわよ」という明け透けない言葉に救われるてきな




僕が小さい頃に育った場所のことは今でもはっきり覚えている。

右も左も、どこを見ても灰色で薄汚れたコンクリートの壁に覆われた所々地面が剥げている道をいつも、いつも生きるために走っていた。道と言っていいのか分からないほどのものだったけれど。

もう何年も着続けて洗いすぎた寄れたシャツに裾の合っていない所々が破れたズボン。一年前まで履いていた靴は走るたびに擦れて踵や爪先がむき出しになり今はもう何処かの川辺に流れ着いていることだろう。


住んでいる家も、勿論親なんてものは生まれてこのかた存在した試しがない。気づいたらこの薄汚れた場所にいた。寝泊まりする場所は決まってない。それに、寝れればいいのだから場所なんて拘ったことはない。ナマモノが詰まったゴミ箱の隣だって、汚物などが集まりすぎて腐り落ちた場所がちらほら見える場所だって何処でもいい。とっくに鼻なんて機能していないんだから臭いなんて思ったこともない。ただ、座れてもたれかかるものがあるのなら、そこは僕の寝所になった。


一歩道を出れば世界が一転したようにキラキラ光ったものが多く存在していた。綺麗に着飾った貴族たちや商人たち、子供達だって綺麗な汚れ知らずの服を着て笑いながら駆け回っている。僕はいつもそれを脇道から眺めるだけだった。


あの人たちが食べているものは何なんだろう、あの子供が持っている物は何なんだろう、そんなことを思いながら過ごす毎日。そんな中僕は生きるために子供が零して行った食べ物を拾って食べたし、ある時は店に並べらえている林檎を盗む事だってあった。そこの店主が怒り狂って追いかけ回されるのを必死になって逃げる毎日。

そうする事でしか、生きる術を知らなかった。


ある日、僕はいつもの様に独りで外の世界をじっと見ていた。誰か何か落として行ったらいいのに。そんなことを思いながら。その時突然僕に影がかかった。なんだろう、今日もまた嫌味ったらしく雲ひとつないほどに晴れていた筈なのに。そんな風に思いながら顔をあげればそこには顔に皺が一杯でき、目尻が下がっている老婆がいた。


「……な、に…。」


久しぶりに出した声は掠れていて自分でも聞き取れないほどの声量しか出なかった。そんな僕に老婆苦笑して僕に向かって手を伸ばしてきた。僕は吃驚して自分に伸びて着た手を振り払った。


パシンッとなる音が、こんなに響くのを聞いたのは初めてだった。老婆はその振り払われた手を摩りながらもう一度僕に向かって伸ばしてくる。一体なにがしたいのか、僕には全く分からない。自然と寄せた眉間に大きな谷が出来たのを感じる。


「坊や、家族はいるのかい。」

「…いたら、こんな場所にいるわけないだろ。」

「そうかい、そう…かい。ねえ坊や。私の家に来ないかい。」

「…っは?」


いまこの老婆は何を言ったのだろう。家に来い?僕に?この老婆は目が見えてないのか?こんな汚れた僕に、そんな綺麗な服をきて汚れなんて一切見えない恵まれているこの老婆はなんと言ったんだ。


「…大丈夫か、ばあさん。何言ってんの。」

「おやまあ、心配してくれるのかい。私は真面目にいってるんだけどねえ。」

「し、心配なんかするわけないだろ!」


「そうかいそうかい。ほら行くよ坊や。」

「話を聞け!それに坊やなんて歳でもない!」

「私にとっちゃあどの子もガキだよ。ほら、ちゃっちゃか歩きなさいな。」

「っおい、腕を引っ張るな!」


何がなんだか分からないうちに僕はばあさんの家まで手を取られて連れていかれた。初めて感じた僕以外の存在に、こんなに暖かかったのか、と思ったら流れては来ないのに何だか涙が流れているようだった。


老婆に連れられて着いた場所は僕がいた場所からかなり離れて、周りには緑がずっと続いている閑散とした畑の真ん中に、ポツンと立った一軒家だった。煙突からは煙と共に程なく香る調子された食材の匂い。スンスン、

と鼻をならせて嗅いだ匂いに、僕の鼻はまだ死んでなかったのかと吃驚した。

そとはもう暗くなり始めていて、より一層明かりの灯った一軒家が目立って見える。


「さあ着いたよ、ここがこれから坊やの家だ。」


そう言いながら玄関のドアを開けて入ったばあさんの背中に続いて入った部屋はどれもが綺麗に整えられていてそして長年使っているのか年季の入ったものばかりだった。ソファーにかけられたシーツは所々縫い直されていて、部屋の真ん中にある背の高いテーブルは古い木と新しい木とが混ざって出来ているものだった。

スタスタとソファーに行き座ったばあさんに、僕はどうしていいのか分からずに玄関に突っ立ったまま呆然と立ちすくんだままでいた。


すると部屋の奥から服の上にきたエプロンで手を拭きながら少しだけ皺が出来始めた顔をもつ女が出てきた。


「お母さん、何処に言っていたんですか。急に居なくなるから驚きましたよ。」

「そんなに心配される年齢ではないつもりだけどねえ。ほら土産もんだよ。」

「なんですか、土産物とは。……あら、どなた?」


親しげにばあさんと話す人は呆れたようにばあさんを見ていたのち、言葉に反応してやっと僕の方へと視線をやった。最初はポカーンと口を開き、何故僕がいるのか分からないと言った風に眉を寄せて怪訝そうに問いかけてきた。しかし僕はどなたか、なんて言われたって名前なんてないのだから答えらるわれがないので、黙ってじっとその人を見返した。


僕に答える意思がないのを悟ったのか視線をばあさんに向けなおし、再度僕が誰なのか問いかけた。


「今日から私の孫さ。」

「孫?何突然言っているんですか。それに何処から連れてきて…。」

「そんなことはいいんだよ。ほら、坊や。そんな所に突っ立ってないでこっちに来なさいな。」


「なん、で…。」


このばあさんはさっき僕のことを孫と、言っただろうか。僕は生まれてから満足に食事も取れてない環境にいるから教養なんて全くない。だから僕の知っていることは外の世界の人間が話す言葉から見聞きしたものや、もう要らなくなったのか捨てられた本からの知識だけだ。最初は文字すら読めなかったけれど、何度も何度も読み、時々外の世界で行われている紙芝居などで読み方を習った。


その僕が持っている知識の中にある孫とは、自分の子供の子供を表す言葉じゃなかっただろうか。


「ほら坊や、早く来なさいな。…ああ、名前も決めなきゃいけないねえ。」

「はあ…、本当にお母さんは。…坊や、御免なさいね、でもそこだと外の風が当たって寒いでしょう。中に入って来なさいな。」


「…まご、って?」


僕は双方から向けられる視線に耐えきれずにとうとう、そっちに向かって足を運んだ。だんだん近づくに連れて、僕の身体が温まっていくように感じた。


「名前は、そうだねえ。」


ふとばあさんは窓の外を見た。そこにはまん丸と綺麗に光った月がいた。その光は全てを包み込むように優しくて、そとの冷たい風をものともしない暖かさを宿していた。


「今日は満月かい。…そうだねえ、セレネ…ああ、セレンなんてどうだい。」

「セレン、ですか。いいですねえ。今日の日にぴったりですわ。」


「セレン…?」

「ああ、そうさ。今日から坊やの名前は『セレン』だよ。」




そうして僕は、ここの家の孫になった。名前を貰った後、すぐに僕はばあさんの娘のメリダによって人生で初めての風呂、と言うものに入った。アワアワな真っ白なものに包まれてゴシゴシと洗われた僕はサッパリとした気分になった。風呂から出ればばあさんによってタオルでゴシゴシと少しだけ強めに拭かれて、少しだけ痛かった。けど、その痛さより、ここの暖かさが胸を締め付けたから心の方が痛かった。

多分ばあさんは、僕から流れるものを隠すようにしてくれたに違いない。

それが終われば、あの背の高いテーブルにつかされて、ホカホカと湯気の立つご飯を食べた。また僕から何かが流れていった。


それから僕は百姓になった。家の周りにある大きな畑たちを耕しては実になった野菜たちをとって食べたり売ったりする毎日。ばあさんとメリダは男手が出来て助かった、と僕が籠一杯に入れて来た野菜たちをみて嬉しそうに微笑んでいた。


僕が大きくなってきた頃、朝の畑仕事のあとに街の教会にいって周りの家の子供たちと一緒に勉強をするようになった。板に書かれた文字を読んだり、物の名前を教えて貰ったり。どんどん僕の持つ知識が増えていった。そして、ばあさんたちとは違う人間と触れ合っていくことでどんどん僕は礼儀、というものを覚えだした。


目上の人には敬語を、優しく紳士的に。そう教えられた。もともと家ではばあさんやメリダに人には、特に女の子には優しくするのが男としての務めだ、口すっぱく言われていたからシスターや牧師には怒られたことはなかったのは良かったことなのだろう。



しかし、人よりも早く物事を覚えて、そして牧師たちに可愛がられる僕の存在は、他の子供達にとっては嫌なものいがい何もないのだろう。


「捨て子のくせに生意気なんだよ!」

「お前いま拾われた家に住んでんだろ!」


とか、まあ事実だから言い返す気にもなれなかった。けれど、


「お前の名前、女っぽいんだよ!」

「セレンは顔も女っぽいし、本当は女なんじゃねえの!」

「セレンの名前は男にはおかしいぞ!」


「女男セレンー!!」


俺の名前を馬鹿にするのは、なぜかとっても許せなかった。


家に帰ればメリダが泣きそうな顔をして初めて僕の頬をぶった。他の子を叩いては駄目でしょう、と。そして、泣きながら今度は僕の身体を抱きしめた。メリダ、メリダ。泣かないで。今度からは誰も叩いたりしないから、泣かないで。僕は必死になって泣いたまま離れないメリダに向かって何度も声をかけたけど、メリダは離れなかった。

ソファーに座ったままこっちの様子を見るだけだったばあさんは、やっと口を開いた。


「セレン、お前はこの名前は嫌いかい。」

「何言ってるの、ばあさん。僕の名前を嫌いなんかならないよ。」


だって僕が初めて貰ったプレゼントなのに。嫌いになんかなるわけないよ。

そういえばばあさんは目尻に更にしわを増やして泣きそうな顔で笑った。メリダは落ち着いて来ていたはずの泣き声を復活させ、更に腕の力を強めて僕をギュウッと抱きしめて泣いた。





僕が大きくなるにつれて周りはどんどん変化していった。メリダは隣町の男性を婿に迎えて数年前に男の子を産んでいた。メリダの夫となった男は、メリダに似て優しそうに笑う男だった。そんな二人の息子も、優しそうな顔をしていた。メリダの息子がだんだんおおきくなってきたとき、ある日ばあさんは眠るように息を引き取った。幸せそうに眠っていたばあさんは、まだ生きているかのように見えたけど、握った手はもう冷たくなっていた。


ばあさんがいなくなった部屋はなんだか少しだけ温度が下がったみたいだ。必死に家事を一人でこなすメリダは気丈に毎日を送っている。夫も息子もそんなメリダを支えるように毎日を元気に生きていた。



そんな日に僕は協会の牧師から、ある就職先を勧められた。教会に通う子供の中でも優秀だった僕は貴族の使用人として住み込みで働く、というものだった。僕は迷うことなくそのままそれを引き受けた。メリダには寂しくなるとまた泣かれたし、本物の弟のように可愛がっていた弟には嫌だと泣いて離れなかった。メリダの夫は目尻に皺を溜めて寂しくなるけど、頑張れよ。と応援してくれた。


僕は、幸せな人生を送っているな。あの薄汚れた世界が自分の生きる場所だったのに、いまはこんなにも温かい場所にいるんだ。



僕が使えることになった貴族の家は中々王国でも有名な侯爵家だった。初めは下働きだったけどどんどん仕事をして行くごとにする物が増えて生き、気づけばなんとお嬢様に仕える従者に任命された。旦那様はなぜ、こんな僕を選んだのかわからないけど、与えられた仕事は絶対こなすと決めている僕はこれまで以上に力を入れて従者という仕事をこなした。


お仕えすることになったアシェルお嬢様は誰もが想像するくらいに貴族のお嬢様はだった。我儘な子供でませた考えを持っている。しかし、僕の幼少期とは違い、何もかもがその全てを許された恵まれた人生だった。こんな子供もいるのか、と思うくらいで特に特別な気持ちなんて生まれないけど仕事だから僕はこのお嬢様に許されるまで仕えるんだろう、という気持ちで毎日を過ごしていた。

お嬢様に仕えて数年、突然お嬢様はお嬢様でなくなったように変わられた。我儘でませた子供、という印象が失くなってただ面倒そうに怠そうに過ごすようになった。けれど、その言葉や行動一つ一つに今まで感じられなかった遠慮や気遣いが見えてきて、最初は怖くて何度も悲鳴をあげたものだ。それは他の者たちも同じみたいだった。


しかし誰よりも一番お嬢様の近くにいるのは僕なんだから、誰よりも慣れるのが早いのは当たり前のことで、数日すれば怖さなんてなくなった。しかし、時々知らない言葉をつかうお嬢様には何度も苦労させられたけれど。


「あんたの名前ってセレンだっけ?」


初めてお嬢様に名前を呼ばれたのは、いつものありふれた日常の、ある昼下がりの一コマだった。お嬢様は今日の分のやるべきことを午前中に全て終わらせて自室で本を読まれていた。そんな彼女に僕はそっと紅茶をいれたり花瓶の水を変えたりしていた。


お嬢様が問いかけた言葉は何度も聞いたものだった。その後にいつも、女みたいだななんて馬鹿にされるのがセットだけど。


「女みたいな名前だと言われますか?しかし、これは、」

「は?なんでそんなこと言わなきゃなんないの?」


「え?」


そんな面倒な言葉言う訳ないでしょ、と顔全体に呆れを乗せたお嬢様は、あの日から度々見るようになった気だるそうにおっしゃった。


「…その、よく言われるので。」

「へー、そんな事うバカもいるのね。幼稚だわ。」

「…バッサリ言われますね。」


「だってそうでしょ。名前なんてその人を呼ぶ時に必要な番号のようなもの、そんなものに女のものだとか男のものだとかないわよ。それに、親につけられた名前を周りがとやかく言っても変わらないわ。別に名前で全て決まるわけじゃないのにぐちぐち言うのは鬱陶しいだけね。」


「…そう、ですね。」


なんとも明け透けない。ケチつけるでもない、慰めるでもない。ただ、自分の考えを音に乗せただけでそこに情など一つものっていない。


けれど、美しかった。まっすぐに自分を持っているお嬢様は誰よりも、何よりも真っ直ぐで美しい。本当に凄い人だ、と思った。









「お嬢様、そろそろ起きてください。朝が過ぎて昼になりますよ。」

「…うるさいわよ、セレン。眠いのよ。」

「…貴女が朝に起こしてくれとおっしゃったんじゃないですか…。」


「はー、しょうがないわね。取り敢えずどっかの街に行ってご飯を食べるわ。」

「はい、ではそのように伝えます。」



お嬢様は学園を卒業されたと同時に侯爵家を出られた。そして彼女は彼女のままに自由に旅することに決められた。本来なら侯爵家に仕える自分はお嬢様に雇われている訳ではないからついて行くのは間違っているだろう。

いつもは与えられた仕事を真面目にこなしていた自分がする行動とは掛け離れている。でも。


「ここでいいわ。ほら、行くわよセレン。」

「はい、お嬢様。」


あの日から、お嬢様に生涯仕えると決めた時から。彼女から離れるという選択肢は、存在していなかったのだから仕方がない。



「ところで、ここがどこかご存知なんですか?」

「全く知らないわ!」

「…そんなに威張る事ではありませんけど。」

「なに」

「ごめんなさい!いたいいたい、ちょ、やめてくださいよ!」


まあ脇腹を叩くのはやめて欲しいですけど。









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