05 8月9日 ~ 9月3日(その1)
タマキの部屋に、3日に一度くらいのペースでかよっていた。
学校は夏休みだった。
一度だけ、タマキの要望で学校に行った。
研究室に行きたいと言っていた。
ボクは当然研究室には行かず、タマキの戻りをミンミンゼミと一緒に中庭で待っていた。
学内ではいつもの先輩と後輩だった。
けれど、学外へ出ればどう見ても恋人どうしだった。
タマキは、ゼミの合宿をキャンセルしてきた。
何度もデートをした。
映画を見に行った。
動物園に行った。タマキは得意のサンドウイッチを作ってくれた。
スーパーへ買い物に行った。
夜の散歩をした。ボクの部屋で朝まで過ごした。
あのラーメン屋さんに行った。店長に突っ込みを入れられた。
公園に行った。暑すぎてすぐに挫折した。
町の図書館に行った。涼しかった。
プラネタリウムに行った。やはり少しうとうとした。
ジャズ鑑賞会をした。
ボクが行きたいと思っていた店で飲んだ。タマキの肩を借りた。
花火をした。
遊園地に行った。
1日中ベッドにいた。
神社の縁日に行った。
疲れたときは昼寝をした。
少しケンカをした。
それから・・・。
魔法が解けるはずの日まで、時間はずいぶん早く過ぎていった。
さびしさを感じる暇がないくらいに。
きっとタマキが気を遣ってくれたのだと思った。
「全部、魔法のせいですよ」
タマキは言った。
* * * *
キミから届いた1枚目のポストカードは、タマキの魔法にかかってから2週間後に届いた。
『公演は順調』だと書いてあった。
『元気でいなきゃダメよ』と小さな文字で書き添えてあった。
タマキにもキミからのポストカードが届いた。
『31日はよろしくね』と書いてあった。
* * * *
その日になった。
ボクは歳をとった。
2月生まれのタマキと2歳差になった。そう言えばキミも2月生まれだった。
タマキは誕生日を祝ってくれた。
タマキお薦めのレストランに行った。
ワインを開けた。
ケーキを買ってタマキの部屋で食べた。
タマキは両手と同じくらいのサイズのうすい箱をくれた。
リボンがかけられていた。
「玉手箱です、先輩」
「開けるとボクはじいさんになるんだな」
「そうですね、おじいさん先輩の世話はたいへんですので、お帰りになるまで開けないでください」
「はい。了解です」
タマキに逆らうことはできないのだから。
「実は、先輩がお好きな『黒薔薇』も用意してあったんですよ」
「また今度で、いいかな」
「また来てくださるんですか?」
「タマキに命令されたら、逆らえないなあ」
「では、またあとで遊びにきてください」
もうすぐ魔法が解けそうだった。
「私、先輩がご自分のテーマ曲だっておっしゃった“エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー”がどんな曲だか調べたんですよ」
「有言実行だ」
「結論から言うと」
「うん」
「先輩のテーマ曲は変更することに決まりました」
「ええっ」
「まだ魔法は解けてませんから、先輩は私に逆らえません」
「そうですか」
「はい。メロディーは私も好きですが、自分の不幸を嘆くばかりの歌詞はいけません」
確かに、明るいとは言えなかった。“よくないことならなんでも、ボクの身に起こる”のだから。
「では、ボクのテーマ曲はどうなるのでしょうか?」
「私が時間をかけて決めてあげます。それまでは保留です」
「だったらボクも、タマキにふさわしい曲を探してみようかな」
「それは承認してあげます」
時計は9月1日の0時をまわった。
タマキが言った。
「・・・もしかしたら、私の不手際で、9月1日の15時頃までは、魔法が解けきれずに効果が続くかもしれないです」
* * * *
ゆっくりと目を覚ますと、タマキとボクはお昼にパスタを食べに行った。
14時55分の電車で、ボクは自室に戻った。
部屋に戻ると、ちょうどポストカードが配達されるところだった。
キミからの2枚目のポストカードは、『誕生日(その1)おめでとう』と書いてあった。
『ちょうどいい日につかなかったらゴメンね。もう少し、待っててね』と小さな文字で書き添えてあった。
魔法はすっかり解けたようだった。
* * * *
翌日の21時過ぎに、コール音が聞こえた。
ボクは受話器を取った。
タマキだった。
「先輩」
「なんですか、後輩」
「先日は、どうもありがとうございました」
「なんのことですか?」
「あれ? なんのことでしたっけ」
タマキもボクも、何かを忘れたらしかった。
「ボクの誕生日を祝ってくれたような気がするんだけど」
「夢でも見たんじゃないですか?」
「そうかな」
「そうですよ、先輩。『真夏の夜の夢』です」
「そうだとすると、このリボンが巻かれた箱はなんだろうか・・・」
ボクがパッケージを開けると、白煙が・・・出てこないで、CDが出てきた。
サッチモことルイ・アームストロングのベスト、コンピレーション盤だった。
「開けちゃったんですか?」
「うん、開けた」
「煙が出ませんでしたか?」
「CDが出てきたよ」
「でしたら、その箱は当たりの箱です」
「なるほど」
「・・・先輩、もしかしたら既にお持ちでしたか?」
「いや、このベスト盤は持ってないよ。ありがとう、タマキ」
「なんのことですか?」
「タマキ、話が進まないから、もういいよ」
「そうですね」
タマキはボクのまねをして苦笑いを浮かべたようだった。
「ところで先輩」
「何?」
「そのCDの8曲目に収録してある曲、ご存じですよね」
「お、“ホェン・ユーア・スマイリング(When You're Smiling)”、“君微笑めば”だ」
「はい」
「この曲がどうかしたのか?」
「先輩の新しいテーマ曲になります」
「そうなのか。ん? 発表されるタイミングがおかしいような・・・」
「気のせいですよ、先輩。単純に、実はあらかじめ決まってただけですから」
「デキレースだったとは。またボクをはめたんだな」
「はめたなんて・・・。ひとつ歳をとっても、相変わらずひどいですね、先輩」
「でも、なんでこの曲が?」
「自分で調べてみてください」
「了解。ありがとう、タマキ」
「どういたしまして、です」
本当はだいたい知っていた。
“あなたが微笑めば、世界中があなたと一緒に微笑むよ”。
とても素敵な曲だ。




