魔術師の国
新キャラ登場!!
アラビア語で、へサームは「鋭い剣」。
イフサーンは「善良」という意味です。
善良という言い方は他にもいくつかあるようです。
アーデルは「高潔」、ヘイダルは「獅子」。
どれも男性につけられる名前だとか。
ガヴィネル王国。
それはこの大陸において絶大な権力を誇る大国である。
魔術師の国とも言われるガヴィネルの軍事力は半端なものではなく、庶民の魔技ですら他国の騎士を超えると言われる。魔法騎士団は言うまでもないだろう。しかしそれ以上に他国の畏怖の念を集めるのは、その国においてなお桁違いと言われる王族の魔技だった。
「あぁ、気が重ぇ。何だって俺があんな化物どもに会いに行かにゃならんのかね。」
「ヘサーム、王族方の御前で言ったら首が飛ぶよ。」
兄王子・イフサーンが優しくたしなめる。
「わーってるよ」
へサームは輿の上でため息を吐いた。
イフサーンとへサームの母、女王シェヘラザードが治める “高潔なる獅子” アーデル・ヘイダルもまた他国に多大な影響を及ぼす大国だった。ガヴィネルの南東に位置する国で宝石や黄金の産出により大きな財を成した。アーデル・ヘイダルの王族の資産は世界一とも言われる。
さらに、過酷な環境下で育つためかヘイダルの国民たちは皆体格が良く、女性であってもひと蹴りで男三人を殺せる。
しかし、それはそれ。これはこれ。
魔法の前には何の力もひれ伏すしかない。
力があっても届かなければ無いにも等しい。
しかし今回の登城はいつもと違い、ガヴィネル王家の弱みを握るまたとない機会になりそうなのだ。
今回のパーティーの主役、ガヴィネルの第一王子キルヴィは生まれつき身体が弱く今まで表に姿を見せてこなかった。それが今回、成人を祝う盛大なパーティーが催されることとなった。
謎に包まれた存在で、今回のパーティーは長いこと患っていた病が完治した祝いの意味合いも強いらしいと言われている。そのため大陸諸国は第一王子の品定めの為、気合いを入れて贈り物を用意し、きらびやかに着飾って覇者の城へと向かっている。
ガヴィネルや、それ以外の国に威信を見せつけるのも重要なことだからだ。
「ようやくエレヴィーラの子が見れるわぁ。楽しみ♪」
へサームは、母がそんな理由で行くわけではないことは母が手紙を受け取ったその瞬間から知っていた。
手紙を読んだ直後からはしゃぎようが半端ではないのだ。
「キルヴィちゃん、元気になって良かったわねぇ〜」
朝からずっと、こんな感じだ。
「はぁ」
そんなこんなで、へサームのため息が止むことは無いのだった。
***
深い森が途切れ、突然視界が開ける。
覇者の城は、その名に相応しい出で立ちだった。
「おいおい、何だよこれ」
「すごいね、へサーム」
城を囲う壁の終わりが見えない。
その途中途中に石造りの四角い門が有り、絶えず外国の商人たちが出入りしているのだが、門に比べ人が小指の先ほどにしか見えない。
王都はその壁の中にあった。
つまりは城の中に街があるのだ。
そして王都の中央にそびえる石造りの塔が王の居城だろう。
ガヴィネルを含め、この辺りの地域によく見られる完璧な左右対称の建物で、中央の塔が一際高く、四隅にも塔が建っている。
「気持ち悪ぃ。なんであんなにきっちりかっちりしてんだ?」
「この地域の人々は左右対称であることに美を感じるんだ」
「へぇ」
「我々が、白い建物を好むようにね」
「……ここの奴は違うのか?」
「よく見てごらん。真っ白な建物なんて一つもないだろう?」
「……やっぱり俺ここの奴とは仲良くなれん」
「あははっ、文化の違いがあるからおもしろいんだろうに。まだまだお子さまだね」
「うるせ」
イフサーンを乗せた輿と並んで通ってもまだ余裕のある巨大な門をくぐり抜け、ヘイダルの王族一行は王都へと入っていった。
街はメルヘンという単語がよく似合う可愛らしい街並みだった。
クリーム色の壁に赤いトンガリ屋根が一番多く、たまに緑色の屋根の家があるぐらいだった。
道行く人々は、女性ならくるぶし丈のロングスカート、男性ならズボンにワイシャツ、ベストが多く、性別に関わらず頭に被り物をしていた。
風呂に入る習慣が無い国でこれは当たり前のことで、なるたけ埃や砂が髪の毛に付かないよう外気に触れさせないのだ。
「わあっ!!」
「見て、王家の行列よ!!」
「キラキラしてるわ!!」
ヘイダルでは黄金が当たり前のように出てくるので、王家の輿にもふんだんに使われている。そのため動く度に光をはね返しキラキラと輝くのだ。それがガヴィネル王国の人々には珍しいらしく、道行く人は足を止めて、豪奢な乗り物とそこに乗る高貴な人に眺め入った。
「あの右側の男の子、すごくかっこいいわ!」
「目が大きいこと!」
「すごく日焼けしてるのね」
「何言ってるの、あれが地の色なのよ」
「えぇっ、そうなの?」
「きゃ、こっち見た!」
主に女性が。
「おい兄上、手なんか振ってんじゃねえ」
「えぇ、だってみんなが振ってくれるから」
「威厳もくそもねぇじゃねぇか」
「こういうのは第一印象が大事なんだよ。ほら、へサームも笑って」
「誰がやるか!」
イフサーンは振り返らない女性はいないと言われるほどの美青年で、どこへ行っても女性が群がり道を通るのも一苦労なのだ。
(掻き分けるこっちの身にもなれってんだ)
かく言うへサームも、一部からは絶大なる支持を得ている。
鋭い目つきと笑わない無愛想さが痺れるのだとか。
そんな容姿なので自然と人が遠ざかり、掻き分けるのにさして苦労はしていなかったりする。
そう、軽く視線を投げかければ、
「……っ!」
たいていの人は恐怖で顔を背ける。
(ちょろいもんだぜ)
「かっこいいーっ!!」
「……………は?」
背けるどころか、イフサーンに向けるのと同じような反応が返ってきた。
「彼、すごくワイルドだわ」
「アレクセイ様を悪くした感じ?」
「そうそう!!」
「ああ〜わかる〜」
「いいわよねぇ〜」
「「「ねぇ〜あははははっ」」」
何かを共感しあった女性たちは、ひとしきり笑うと散っていった。
「良かったね、へサームかっこいいって!」
イフサーンは慣れたことなので無邪気に笑っているが、へサームは自分のアイデンティティを否定されたような気がして片頰をひくつかせた。
「……なんなんだこの国は」
魔術師の国、恐るべし。