ベテランメイドと王子様
今回、少し長めなのと、時間がよく飛びます。作者の拙文についてきてくださいますようお願い申しあげます。
キルヴィ殿下の成人を祝うパーティーが開かれると決まり、城の中は一気に慌ただしくなった。
まずはお客様に貸し出す部屋の掃除と家具の確認(主にリュエルによって破壊されてないかの)。
ホールの掃除。
カーテンの洗濯。
床に敷かれた絨毯の洗濯(とは言ってもウールなので水では洗えない。魔法に頼る)。
礼服の準備。
パーティーで出す料理の献立。
材料の収集。
飾りつけの発注 etc…
「あーだから違うってば!レースなんだからそのまま洗ったら引っかかっちゃうってわかんないの!?」
「そこ!窓は雑巾で拭いちゃダメ!」
「あぁ〜それ一人で持たないで!」
「はあっ!?この服しかないのに着れないとかほんとにやめて!痩せなさい!」
「発注した数が違う〜!!わたしが言ったのは2000個!!200個な訳無いでしょうがぁ!!」
休憩室に入ったセイラは、倒れこむように椅子に腰掛けた。
「あぁ〜もう何だってんのよ。今時の子はダメねぇ。」
ため息混じりに言った言葉が、いつかに聞いた言葉と重なる。
–––––はあ、もう何なのかしら。今の若い子は––––––
「ミホロワ先輩は、ダメとは言わなかった……あは、ダメねぇわたしったら。」
彼らも彼らなりに考えて努力している。
それをダメの一言で全てを否定してしまってはできることもやりたくなくならせてしまう。
先輩である自分がフォローすれば良いだけの話だ。
「でもねぇ、オバサンにこの仕打ちは無いんじゃないかなぁ。…でも先輩よりはまだ若いのか。ああ〜つくづく先輩って凄いなぁ」
笑ったら元気が出てきた。
勢いよく立ち上がって伸びをして、肩を回しつつ休憩室を後にした。
***
(頭痛い…)
来客用の部屋の掃除が粗方終わり後輩が道具を片付けるため散っていった後、セイラは壁にもたれて額に手を当てた。
内側から叩かれるようにがんがんと痛む。
(疲れが出てきちゃったかな。あ、でもカーテン洗ってる子たちの様子も見に行ってあげないと)
息を吐き出し、体を起こして歩き出した。
「……ぃ!––––つ」
一歩、一歩足を出すたび振動が頭に響く。
痛みに耐えかねて足を止め、額を指で揉んだ。
(調子が悪いってしんどい……––––––キルヴィ様は、常にこんな感じなのかな)
それを思うと切なくなってくる。
割れるような痛みと、胸をつく切なさで目尻に涙が盛り上がった。
「セイラ?」
誰かが自分に声をかけたのはわかったが、頭をあげるほどの元気が残っていなかった。
一歩踏み出し、視界がぐらりと傾いた。
***
目を覚ますと自分はベッドに寝かされていて、部屋には誰もいなかった。
「ああもう、今何時?やだわたしったらこんな時に!」
割れるようだった頭痛はもうすっかりなくなっている。
セイラは布団を跳ね上げ……
「あれ、服は?」
ブラジャー・パンティ・ガーターベルトとあられもない姿三拍子の揃った自分の格好にしばし沈黙し、
「……誰が脱がせてくれたのかしら」
男だったら回し跳び蹴り決定、と、後輩のメイドたちが聞いたら土下座をしそうな低い声でつぶやいた。
素早く服を着て廊下に出ると、窓から差す光は既にオレンジ色で、廊下全体をオレンジ色に染めていた。
「やけに静かね……誰もいない…の…」
(誰もいない?)
セイラは足を止めた。
こんなに静かだったことは、今まであっただろうか。
(わたし、まだ夢を見ているのかしら)
そう思い頬をつねる。
「いひゃい……夢じゃないのね」
じゃあこれは一体どうしたことだろう。
(まさか……わたし死んじゃったんじゃ)
あの割れるような痛みは尋常ではなかった。
もしかすると大変な病気で、あそこで倒れた時に既に息絶えてしまっているのではないか。
(そんな–––––どうしよう)
まだまだやらなければならないことがたくさんあって、今死ぬのは困る。
キルヴィ殿下の成人式の支度が終わるまでは何としてでも生きなければ。
殿下の晴れ姿をみたら死んでもいい。
「–––––よし」
セイラはいつものように、フワフワの金髪をなびかせ颯爽と歩き始めた–––––と、
「終わったあーっっ!!!」
外で歓声が上がり、セイラの足はまた止まる。
窓の外には後輩メイドたちがおり、なにやら嬉しげに飛び跳ねている。
「みんなぁ〜!掃除はどうしたの〜っ!」
ピタッ、と一様に動きを止め、頭上をキョロキョロと見渡し、セイラの姿を見つけると、
「「「セイラせんぱーい!!!お掃除、終わりましたぁ〜っっ!!!」」」
満面の笑みで叫んできた。
「あの量、あなたたちだけで終わらせたの!?」
信じられない!という表情が向こうに見えたのか、後輩メイドたちはこそばゆそうに微笑んだ。
「先輩、倒れたって聞いて」
「申し訳無くって」
「先輩に、休んで欲しくて、私たちだけで、やろうって!」
「もう平気ですか?」
「あなたたち…やだ、泣きそう」
あはは、と笑いながら、だんだんその声も潰れて出なくなった。
後輩の一回り成長した姿を見たとき、全ての努力は無駄じゃなかったと思える。
「泣かないでくださいよぅ」
「あはははっ、先輩大丈夫ですか?」
「だ…じょぶ…じゃない!!」
泣き笑いしているセイラがおかしいのか、後輩メイドたちが声をたてて笑う。
それにつられるように、セイラも声をたてて笑った。
「–––––そう言えばあなたたち。わたしを部屋まで運んでくれたのは誰か知ってる?」
ひとしきり笑って、はたと思い出したので後輩に聞いてみることにした。「聞いたので」と言っていたためあまり期待はしていなかったのだが、
「知ってますよ」
後輩の後ろに立つひょろりとした青年がそう返した。
何故だか後輩メイドが一斉に避け、頭を垂れたのを不思議に思い遠視魔法を瞳の中に展開したところ、青年の顔によく知る面影を見た。
「––––––っ!!」
言葉にならなかった。
あまりに成長したためにすぐにわからなかったが、青年はまさしくあのキルヴィだった。
無意識に耳に集音魔法を展開する。
余談だが、ガヴィネルの人々は日常的に魔法を用いて身体能力を調節する為、秘密話も筒抜けなのだ。そのため噂が広がるのに一時間とかからない。
「久し振りだね、セイラ。驚いた?」
「–––––っ、は、い」
「僕の前でいきなり倒れるから、僕も驚いたんだ。さすがに運べなくてアルに頼んだのだけど。もう平気なの?」
「はいっ、お気遣い…感謝…しますっ」
「そう、良かった…」
涙で霞むキルヴィの美しい顔に汚れない笑顔が浮かんだのもつかの間、微笑みつつ顔を曇らせて足元をふらつかせた。
「キルヴィ様!」
後輩メイドの中でも比較的勤めて長い数人が慌てて駆け寄った。
「–––––ごめんね、ちょっと肩貸してもらえる?」
「は、はいっ」
「キルヴィ様、どうなさったのですか?」
「大丈夫、セイラ。今日はたくさん魔法を使ったからね。少し疲れただけだよ。」
大丈夫と言いつつ、キルヴィの顔色はかなり悪かった。
(どうして気がつかなかったの!)
セイラは居ても立ってもおられずに、目の前の窓から飛び降りた。
「セイラっ」
叫んだのは、キルヴィではなく後ろから走って来たアルだった。
「何をしてる!」
「キルヴィ様が…」
「そんなことはわかっている!これ以上殿下に魔法を使わせる気か……って、はあ、手遅れか。」
「アアアアレクセイ様っ」
力の抜けたキルヴィの体を抱きとめたメイドたちが畏れ多さにおののき半泣きでアルに助けを求める。
「大丈夫だから、落ち着きなさい」
「は、はい…」
メイドたちが頬を赤くしてわずかに俯いた。
「あ、あの、私たち」
「殿下が助けてくださって」
「殿下が助けてくださらなければまだ終わってなかったかと」
「そのせいで…」
しゅん、として、後輩メイドたちは黙り込んだ。
「そういうことだったの…やっぱりわたしがいないとダメみたいね」
何故か嬉しそうに言うセイラを、後輩メイドたちは訝しげに見た。
「必要とされるのは嬉しいことよ?あなたたちだって必要とされてるからここにいるの。あなたたちがいなければこの城は回らないしわたしも何もできないもの。」
「「「せ、先輩!!」」」
「さ、早く残りの支度も終わらせましょう」
「「「はい!!」」」
キルヴィを背負ってセイラたちに背を向けて歩き去るアルの背中にセイラがきいた。
「そうだ、アル。わたしの服誰が脱がせたか知ってる?」
「………………知らん」
そっけなくそう言って、アルは足を早めそそくさと立ち去る。
(ふぅん、アルか……別に、あんただったら怒んないわよ)
セイラがクスリと笑う。
その頃、
(殿下だなんて口が裂けても言えんな)
アルがそう思っていたなどとは知る由もないのだった。
***
時間は戻り、休憩室。
「トルティを呼んで来ますからセイラをお願いします。」
「うん」
そう言ってアルは休憩室を出て、トルティが普段いる医務室へ向かった。
医務室は、キルヴィが何かあったらすぐに診れるようキルヴィの部屋の隣に設置されている。
「トルティ、いるか」
「アルかい?」
扉を開くと、トルティは椅子に座って薬学の本とにらめっこしていた。
「ああ。セイラが倒れてな。少し診て欲しいんだが。」
「セイラが?」
本から顔を上げ意外そうな顔をする。
「まぁ、ここのところ忙しかったからねぇ。無理してたのかな。」
あのセイラがねぇ、もう歳かね、と笑い、革の椅子から立ち上がった。
トルティは背が高く、アルのそれを超える。
髪がふわふわしていることでさらに高く見えるせいもあるだろう。
廊下を二人で歩いていると若いメイドたちが忙しなく、頭を下げつつ通り過ぎて行く。
「あのキルヴィ様が、もう成人なさるのか」
トルティが感慨深く呟いた。
「殿下だぞ」
「あぁ、そうだね。殿下だね。」
成人した王族を名前で呼ぶことは許されない。成人した後は正式にガヴィネル王国皇太子となり、地位も今とは比べものにならないほど高いものとなる。
「なんだか寂しい気もするねぇ」
「……そうだな」
宮廷医と護衛の二人からすれば雲の上の存在にも等しい。
二階に広くとられた使用人の休憩室の扉を開いたアルは、言葉もなく目の前の光景に固まった。
「アル、どうした……」
扉の陰から移動し中を見たトルティもまた黙り込む。
「あ、おかえりアル」
無邪気に微笑むキルヴィは、今しがた脱がせたらしいメイド服をハンガーにかけようと手にしていた。
「…………殿下、それは」
「これ?セイラのだよ」
「……殿下が脱がせたのですか?」
「うん。シワになるかと思って」
アルとトルティの質問にも淀みなく答える。
二人は顔を見合わせ、首を振った。
「セイラを異性と認識しておられないご様子……」
「……さすがに、気の毒になってきた」
「セイラには黙っておきましょう」
頷き合う二人を、不思議そうに眺めるキルヴィだった。
キルヴィ殿下、完全に女子になっておられます。そもそも女子を恋愛の対象とは見ていないのでした。