食事
お父さんキャラに困ってます。
どうやったら動いてくれるようになるのかさっぱり分かりません。
ガヴィネル王国へ帰ってきて二週間が経ち、熱が下がり喉の腫れも引いてきた。
朝目を開けて、陽の光の眩しさに目を細め、アルにおはようを言って体を起こす。これが最近の朝の習慣になった。
消えてしまうことを危惧するように、今では片時も私の傍を離れない。
「おはよう」
「おはようございます、殿下。お加減は如何ですか?」
「うん、いいね。気持ちが良い朝だ」
「そうですか」
アルが安心して笑みをこぼす。
最初驚いたアルの自然な笑顔も、最近慣れてきた。
と、アルがトンデモないことを言い出した。
「今日から食堂でお食事なさいませ」
「……食堂」
食堂とは、国王一家が食卓を囲むところである。
父様、母様、アンヌ、リュエル、リュイはみな、いつもそこで食事を摂る。
私は病気ということになっていたから今まで行ったことがなかったのだ。
「何だか緊張するね」
「さあ、お召し替えのお時間です」
今日はたくさん初めてがあるらしい。
さすがは王子、着替えるのにもお手伝いがいる。ミホロワの部下だった青年、名をストケと言うのだが、出世し人を使う立場にいる彼と部下の二人だ。
アルが、着替えの手伝いのため入ってきたストケと部下と入れ替わり、二人が傍に寄ってきたので私はベッドから立ち上がった。
「っ、殿下!」
しなだれかかってきた私を、ストケの部下の方がしっかり抱きとめてくれた。慌てたアルの声もしたが、目を回した私には何と言ったかわからない。
頭が強く揺らされたみたいにぐるぐるして立っていられなかった。ただしがみついているのがやっとで、めまいが治ると私はしゃがんでいて、部下とストケとアルとトルティが私の顔を覗き込んでいた。
「気持ち悪いですか?」
「ううん、大丈夫。平気。ちょっとめまいがしただけだよ。」
体温を計り脈を測り瞳孔を確認して大丈夫と判断したのか、トルティが私に言った。
「熱はありません。脈も正常です。無理をされなければ大丈夫でしょう。」
それを聞いてアルはほっと安堵のため息を吐いた。
「殿下、どうなさいますか。お部屋でも構いませんが…」
「行くよ。それじゃあいつまで経っても行けなくなるだろう。」
「殿下ももう子どもではないし、ご自分で言えるだろう。」
アルはまだ不安そうだったが、トルティの言葉もあってかさっさと立って着替える支度をし始めた後は黙って着替え終わるのを待っていた。
***
「本当に平気ですか?」
着替え終わって近づいてきた私にアルは何度も確認してきた。その度に平気、平気と言い続け、いつの間に食堂へ着いていた。
大きな観音扉を両側に立っていた使用人がしずしずと開き、中の人の視線が一様にこちらへ向いた。
何故かリュエルだけは椅子に膝をついて身を乗り出し絶望的な表情だったが、その他の人たちは普通に座って頭だけ向け、一瞬の間をおいてふにゃあと音がしそうに顔を崩した。
「おはようキルヴィ、今日はここで食べるのね!母さま嬉しいわ。さあさ、こちらへいらっしゃいな。好きなものをたくさん食べてね。何が良いかしら。これ?こっち?」
「エレヴィーラ、落ち着きなさい」
「そ、そうね。ごめんねさい、嬉しくてつい」
ぽっと顔を赤くした母様は両手で自分の頬をはさんだ。
「キルヴィ」
父様は私に会うのは、こちらに帰ってきて初めてだ。
「おはようございます、父様」
「……達者にやっていたか?」
言わずもがな、これは一年間のことを言っているのだろう。
頭をあげて顔を見せて、緊張したが微笑んで言えるよう頑張った。
「はい、良き家族のもとで大変よくして頂きました。」
「そうか」
あまり見ない父様の微笑に私も思わず笑顔になる。
父様との会話が終わってから、気になっていたリュエルの方へ視線をずらした。
私と目が合いぴくっと肩を震わせたリュエルがギ、ギ、ギ、ギ、と前を向き、椅子に腰を下ろした。
「だから言ったではないの、はしたないって。」
アンヌがゆるゆると首を振る。
「人のものを取ろうなんて卑しいですわ」
「ソ、ソンナコトシテナイデスワ」
「まあ!白々しい」
「姉様、まあ落ち着いて。リュエル、僕のあげるから」
私が、持ってきてもらった椅子に座る間もアンヌの小言は止まることなく、リュイは優しくリュエルを慰めるのだった。
(リュエル立場ないなぁ)
くすくす笑っていると、
「どうされたのですか?」
リュイが不思議そうに聞いてきた。
「いや、リュエルの方が妹みたいだなと思ってね」
「ふん、ほら見なさい。兄様もこうおっしゃっていてよ。わたしのタコさんウインナーを取ろうとするからよ」
「~~~~~~~~ぅう〜っ」
無表情の中にもどこか勝ち誇って見える笑みを浮かべるアンヌにリュエルは涙目になって唇を噛んだ。
「アンヌもお兄様もいじわるっ」
「普段の行いが悪いからだわ」
「~~~~~~~~~んがあぁぁっ」
確かリュエルは八歳のはずだが、そっくり返って駄々をこねる姿は五歳は幼く見える。リュエルの世話係はさぞ手を焼いていることだろう。
「リュエル、そんな大きな口あけて。可愛い顔が台無しだよ。」
私の言葉でリュエルはぴたりと動きを止めた。
「……」
「……」
「……」
「どうかした?」
次いでアンヌとリュイまでもが黙りこくる。
不安になってきてスプーンを持っていた手を置くと、アンヌはリュエルの頭をはたき、リュイは上目遣いに私を見た。
「リュエル、兄様になんてこと言わせるの!いい加減になさい!」
「申し訳ありません、兄様」
どれだけ周りを困らせてきたやら、すごい嫌われようだ。リュイにさえこんなことを言わせるとは。
「くくっ、リュエル、一体何をして、この言われようなんだ?」
「剣のお稽古への乱入、セルロワからの逃走、わたしの食事の横取りは毎日のこと、母様のアクセサリーの紛失、家具の破壊、身だしなみ、言葉遣い、罪状は挙げたらきりがありませんの」
なんともまぁ、わんぱく盛りの男の子のようだ。
散々なことを言われたリュエルはというと、顔を真っ赤にさせて噴火寸前の火山になっている。
「黙って聞いてればアンヌ!言ってくれるじゃあないの!覚えておきなさい、きっと仕返ししてくれる!」
「やってみなさい」
ふっ、と鼻で笑うアンヌ。
珍しく本当に口角が上がっている。
(なんか、私としょうたみたい)
仲が悪かった訳ではないがよくケンカをした。兄弟・姉妹の仲というのはなかなかに特殊なものだ。
よく知っているから、触れてはいけない一線は決して越えない。言っても許してくれるとわかっているから気兼ねなく言える。
親とは違う固い絆で結ばれている、それが姉弟なのだ。
精神年齢で言えば三十二の私は、何というか母性本能全開で眺めてしまっていた。
「……兄様?」
「お兄様、何ニヤニヤしてんのよ」
「兄様……僕も早く兄様のような大人になりたいです!」
「そうか」
「そう」
「そっか」
「「……」」
三人の温かい視線に、リュエルを除く二人が照れたように頬を赤くして俯いた。
「どしたの、二人共」
リュエルが不思議そうに二人を見やった丁度その時、私の朝ごはん、湯気を上げる麦とまめのお粥が運ばれてきた。
「いただきます」
両手を合わせ、頭を下げる。
もはや癖になっているこの動作に、皆は一様に首を傾げ、リュイが母を見て尋ねたそうにするのを首を振って止めているのがすこし見えた。
「たくさん食べてね」
「……はい」
自分とそう年齢のかわらない女性から、見守るような愛おしげな視線を向けられるのは面映いのだが、この時ばかりは私も親の愛情に包まれてみようかと微笑んだ。